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05/07/2005

第150号 2005年5月7日 ベルリン陥落の日に

5月7日はベルリン陥落の日だ。
宮本百合子1945年5月10日、獄中の夫にあてて、

「今メレジュコフスキーの『ミケランジェロ』を読んでいて、ルネッサンスという人間万歳の時代においても、法王やメディチや我がままな権力に仕えなければならなかった偉大な人々の苦悩に同情を禁じえません。ミケランジェロの憂鬱は、彼の大いさに準じて巨大に反映したルネッサンスの暗さね、明け切れぬ夜の影です。この頃しみじみ思うの。未来の大芸術家は、記念すべき時代の実に高貴な人間歓喜をどう表現するだろうか、と」

「ミケランジェロが彼の雄大さで表現し得なかった歓喜が現代にあるということは、神さえ無垢な心におどろくでしょう」

と書いた。表面はミケランジェロについて書いているこの手紙は、検閲官には理解できない暗号的表現で、ベルリン陥落の喜び、ファシズムに対する民主主義の勝利、日本軍国主義の終末の時が間近に迫ったことの喜び、この人間解放の歓喜の時代に、なお獄中にある顕治やその同志たちの苦悩を思う心を表現したのであった。

 戦後に書いた自筆年譜はこの時代について簡潔に、そして明確に伝えている。

「一月三十日から東京に本式の空襲がはじまり、五月には顕治が収監されている巣鴨拘置所だけを残して周辺が焼野原となったが、空襲の時、他の被告の監房の鎖ははずされたが、治安維持法被告の非転向者の監房は外からかたく錠をかけられた。」

六月に顕治は網走に移されるが、

「この空襲と宮本の網走行の異常な伴奏として五月二日のベルリン陥落つづいてドイツ無条件降伏が伝えられた」

「日本のどんなに多くの人間がその頃胸をとどろかせて朝々の新聞を拡げたろう。新聞には地図入りでベルリンに迫るソ連軍と連合軍の進路が示された。北フランスでどんどんと追い払われてゆくナチス軍の敗退の足どりがしるされた。レニングラードの市民の英雄的な闘い、遂に陥落しなかったモスクワ。ひとつひとつの民主的人民の勝利の勝利の前進が日本の狂気のようなファシズム下の生活の中へもひびきわたってきた」

[宮本百合子 歴史を生きる人生と文学 
 http://homepage2.nifty.com/tizu/sengo/miyamotoyuriko.htm
 から引用]

1945年の5月をこのように生きた人々がいるということに感動する。

「平和新聞」に連載中の「文学に見る戦争と平和」に郷静子の「れくいえむ」について書いた。
 
 五月二十九日午前、数時間の空襲で、横浜の街は大半が焼き尽くされた。遠く見えた丘陵がすぐ目の前に見えた。その間の平地にあったおびただしい家々は焼かれ、そこに住む人々多数の命と生活は無残に奪われた。
 出勤途上だった節子の父はこの空襲で焼き殺された。母は必死になって死体をさがしたが見つからなかった。その母も一ヶ月後、配給ものをとりに行って、小型戦闘機の機銃掃射で撃ち殺された。

人々は次々に死んで行った。
「れくいえむ」には次のように書かれている。

人々は、まったく唐突に、その日常生活の場から去っていった。さよならと川崎駅のホームで手を振って別れた友が、その夜、焼夷弾に焼かれて死んで行くのであったし、工員だけの特配の冷凍みかんを少女達に分け与えてくれた親切な工員にも召集令状が釆て、ある朝、その作業台にその姿はなかった。一日が始り、おはようといい交わす挨拶にはまた逢うことが出来た喜びがあふれ、夕方、さよならと見交す瞳には、これが最後かも知れぬ哀惜の情がこめられるのである。

敗戦で勤労動員が解除され、その解散式で社長が天皇陛下に申し訳ないと涙を流したとき、節子は

私は、天皇陛下に、お詫びすることは何もありません。私は申しわけないことなどしておりません。どうして無条件降伏などをするのですか。本土決戦をするのではなかったのですか。一億玉砕するまで戦うのではなかったのですか。

と言う。

5月は沖縄決戦の日々だった。東京大空襲の日々だった。

百合子の自筆年譜を読み、荷風の「断腸亭日乗」を読み、いま、あらためて堀田善衛の「若き日の詩人たちの肖像」を読んでいる。
同じ日を、人々はさまざまに生きた。そのことについて、考えてみたい。

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