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07/23/2005

第157号 2005年7月23日ロンドンで再び同時爆発事件が発生

  >>日々通信 いまを生きる 第157号 2005年7月23日<<

ロンドンで再び同時爆発事件が発生した。

今度も前回と同様の手口だったが、爆薬の規模も小さく、失敗もあったようで被害は前回を下回っているらしい。
しかし、爆発事件が連続しておこり、今後それが他地域にも拡大しておこるだろうというよとが、ロンドン市民だけでなく、世界中の不安を呼び起こしている。

この自爆攻撃の容疑者は貧しいアラブ人が集まって暮らす地域出身の英国国籍を持つ者だという。
貧富の格差が拡大し、飢えに苦しむ人々、故郷を奪われ、住む家もない難民が激増していることが、この自爆攻撃の根底にはある。

ブッシュ大統領の自賛にもかかわらず、イラク戦争はアラブ人民の生活を破壊し、大量の難民を生み出した。それが自爆攻撃の多発を生んでいる。

若い自爆攻撃志願者があとからあとから出てくるのはなぜか。
ブレア首相は<悪の精神>が彼らを駆り立てるのだと言っていたようだが、<悪の精神>とは何なのか。
こんな馬鹿げたことを平然という精神はそもそも何なのか。

イラク戦争以後それは激増し、いま、世界的に拡大しているのだ。
かつてはなかったことがいま次々におこり、世界を脅かしている。

英国警察は新たなテロ対策を発表している。監視が強化され、市民の人権が制限される。特に、アラブ人、その他の貧しい移民達がきびしく取り締まられる。
しかし、それで自爆攻撃をなくすことができるだろうか。
こうして警察国家と化した世界の諸都市で、ますますテロが蔓延することになるのではないか。
世界の歴史は一つの曲がり角を曲がり、解決する見込みのない混乱と破壊と破滅の道をたどりはじめた。

罪のない市民、さらには同胞たちをも巻き添えにする<テロ>は許されないという声があがっている。
しかし、それを<悪の精神>と呼び、その絶滅をよびかけたとしても、それは決してなくならない。

彼らを非難し、彼らを取り締まり、彼らの絶滅を呼びかけるものは誰か。
それは彼らから故郷を奪い、生活を奪い、希望を奪ったものたちではないか。
彼らの同胞を大量に殺戮し、大量の難民を生み出しているものたちではないか。
残酷というなら、その侵略者たちの残酷は彼らに何倍するだろう。
その残酷な侵略者、この世界の支配者に対する反抗、この不正、不義、邪悪な世界を破壊しようと彼らはするのだ。

一瞬にして何十万という人の命を奪い、生き残った人々を、家もなく、食もなく、原爆症に苦しみながら、あてもなくさまよわせた国が、そのことを謝罪することもなく、正義と人道を説き、いまも核兵器の生産に飢えた人民から奪い取った多額の資金を注ぎこんでいる。
その正義とは何か。その人道とは何か。

<正義と人道の文明>に故郷は破壊され、多数の同胞が命を奪われ、住む家も、職業もなく、難民として路頭に迷わされた彼らは、<正義と人道の文明>に抗議し、反抗し、これを破壊しようとする。

彼らは核兵器もなく、爆撃機もなく、ミサイルもなく、<文明>の兵器を何一つもたぬ故に、我が一身を犠牲にし、我が身を武器にし、我が身を殺すことによって、戦おうとするのだ。

彼らは生活がなく、希望がない故に、ただ、<神>だけが真実の生活であり、希望であるのだ。
彼らは<野蛮>で<残酷>だろうか。
しかし、それを<文明的>で<慈悲深い><文明世界>が非難することはできない。
いまは、<文明>そのものの<野蛮>と<残酷>を<文明世界>が自覚すべきときだ。
それが、すべての出発点だ。
そのことによって、はじめて、あらゆる<野蛮>と<残酷>を否定することができる。

<文明世界>の一員として、その恩恵を受けて、彼らから見れば贅沢極まる、犯罪的な生活をしていて、それがいかにして可能であろうか。

いま、エジプト東部のシャルムエルシェイクで同時爆発がおこったという報道がはいった。
こうして、世界の不安は拡大する。

このままでは、日本もついにそれをまぬがれないのであろう。

<悲劇は来た>という「虞美人草」の言葉を思い出す。
これを<自虐的>と罵倒する元気のいい連中が、知らずして、破滅の道へ、日本を駆り立てようとしている。
彼らの愛国心を疑うものではない。
しかし、「三四郎」の広田先生は「日本は亡びるね」「囚われちゃ駄目だ。いくら日本の為を思ったって贔屓の引倒しになるばかりだ」と言った。

私の「戦争と文学--いま、小林多喜二を読む」が日本図書館協会の選定図書にえらばれた。ご一読いただければ幸いである。

いよいよ梅雨明けだ。
暑さに負けず、元気でお過ごしください。

    伊豆利彦 http://homepage2.nifty.com/tizu

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Comments

パソコンの故障で、「日々通信」やブログ「ニュースへのコメント」を送信できなくンあった。

当分、ブログのコメント欄や、ホームページの掲示板を利用して、通信をしたい。

なお、イーメールも送受信ができないので、会合の連絡等はファックスもしくは掲示板で行ってください。

新掲示板2に次のような記事を五十嵐仁氏の記事に関連して、掲載した。

いま、戦争は新しい段階に入ったのではないか。
アメリカの同盟国国民はテロの恐怖と同時に、ますます強化される監視体制のために自由と人権を奪われることになる。

武装勢力は次第に攻勢を強めている。
自国の残虐を棚に上げて、ひたすら彼らを非難することは、戦争をやめさせるものではなくて、それをあおりたてることになる。

<お前が馬鹿なら私も馬鹿だ。>と漱石は言った。
牛の角突き合い、先にへばるか、私はアメリカの同盟国だと思う。

文明国はあまりにももろいのだ。
電力、交通、通信、複雑であればあるほど、それは平和を前提にしてしか成り立たない。
トイレ一つだって、送電線が破壊されたらどうなるか。
東京の周辺に3000万も密集して便利な暮らしををしているわけだが、不自然極まる。

彼らは失うべきものを持っていない。
あまりにも悲惨な生活を強いられている。
自爆テロ志願の若者が続々と現れる現実をどう考えるか。

ロンドンでは英国籍のアラブ人が容疑者とされた。
さらには、犯行にかかわりのないアラブ人が射殺された。
多くのアラブ人が拘留され、取り調べを受けているが、その多くは直接関係がない人々だと思う。
彼らはどんな取り調べを受けているか。

彼らの戦いを歓喜しているものがいるという事実を忘れてはならない。
それらの貧しい人々がやがて、非アメリカ的として弾圧されることになるだろう。

そして、やがて、いまの文明社会で抑圧され、搾取され、人権を蹂躙されている人々が、戦争反対の戦いに立ち上がるだろう。

私はいま、堀田善衛の「海鳴りの底から」を読んでいる。
追い詰められた切支丹はなぜあのような戦いをしたのか。
日本全国の武士勢力を相手にして、彼らは頑強に戦った。
この戦いには、関が原以来の戦いで敗者となった豊臣方の浪人が全国から集まって来て、幕府方の軍勢と戦ったという。

あの時は島原に立てこもって戦ったのだ。
いまは、世界各地で、ばらばらに戦うこれまでになかった武装ゲリラ戦争だ。
反乱者たちはあらゆる弾圧にもかかわらず、次第にそん勢力を増すだろう。
そして、文明国民は悲鳴をあげる。

この戦争を集結させるものは、アメリカをはじめ、世界人民の非武装デモの力だと思うが、その先頭に立つのはやはり、アメリカだろうか。

いまは民主主義の価値が試されているのだ。

Posted by: 伊豆利彦 | 07/26/2005 at 12:12 PM

今もイラク戦争は続いている

ロンドンに続き、エジプト休養地でも爆弾テロ事件が発生した。
死亡者は80人を越えている。
病院に後送されている負傷者が100人を上回っているようだから、犠牲者はさらに増えるだろう。

連鎖爆弾テロの被害者らは、暴力とは何の関係もない普通の市民である。
武力で平和を脅かす主体の主張がいくら合理的で、一理あるものだとしても、一旦人間の生命を脅かし、犠牲の結果を齎した以上、それは犯罪である。

なぜこのようなことが続くだろうか。
なぜ戦争のない平和の時代を、我々は生きていけないだろうか。

爆弾を積んだ車がホテル保安区域を越えて突進、爆発が発生したというから、いわばアラブでよく見掛けるやり方である。
今度のテロの背後にも、やはりアルカイダ団体が存在しているらしい。
直接攻撃はしなかったといえども、そのアルカイダと深く繋がりを持っている連帯組織によるテロであることは間違いないのだ。

どうしてアルカイダ団体と繋がりを持っている連帯組織は増える一方であろうか。
そして、彼らはどうして憤怒を自爆攻撃で表現するのか。

自分の命を犠牲にし、他人を殺そうとするのだから、他人はかならず死んでしまう。
恐ろしいことだ。
しかし、彼らはそのような恐ろしいテロに自分なりの名分を立て、それが如何に一般市民の多大の犠牲を払う凶悪な殺戮であっても、実行しなければならない役儀のように思い込んでいるに違いない。

何が彼らにそのような名分を立たせてやるのか。
何が彼らに宗教よりテロイデオロギーに信念を持たせてやるのか。

考えてみればイラク戦争はアラブで反米意識を鼓吹させた。
「貧富の格差が拡大し、飢えに苦しむ人々、故郷を奪われ、住む家もない難民が激増している」背後には軍人と市民を区分しないアメリカ軍の無差別な攻撃があった。

彼らは父母兄弟が惨たらしく死んでいく現場を直接目撃した。
生と死の境をさ迷い、次々と死ぬ方へ自分の命を投げ出すイラクの若い青年達にとって、生きていること自体が如何に辛かったかいうまでもない。

軍人でもない彼らにははじめから戦術、戦略はなかった。
武器もなかった。
対抗する力もなかったのだ。

自爆攻撃は流行のように広がる。
今世界各国で頻発する自爆攻撃は彼らによるものである。
今もイラク戦争は止まず続いている。

Posted by: 金 正 勲 | 07/24/2005 at 10:29 AM

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