第159号 2005年8月2日 変化の理
>>日々通信 いまを生きる 第159号 2005年8月2日<<
金正勲さんの掲示板(日本語)に「平壌所々」が掲載された。
http://home.naver.com/k6738157/
ピョンヤンも変わった。
韓国も変わった。
私が30年前に朝鮮(共和国)を訪問したときは、南北は不倶戴天の関係だった。
ありとあらゆる中傷、悪罵、デマが飛び交っていた。
しかし、いま、東アジアサッカー大会の応援風景を見れば、南北の心の統一は日に日に進んでいるように見える。
もはや、韓国は共和国の軍事的脅威におびえる必要はない。
アメリカが北を攻撃する理由もない。
もし、それをするなら、韓国人民を敵とすることになるだろう。
漱石に寺田寅彦に宛てて、次のような戯文を書き送ったことがある。
Dynamic Low on Mr.K Natume 寺田寅彦宛書簡 M38・2・7
「漱石が熊本で死んだら熊本の漱石で。漱石が英国で死んだら英国の漱石である。漱石が千駄木で死ねば又千駄木の漱石で終わる。今日まで生き延びたから色々の漱石を諸君に御目にかけることが出 来た。是から十年後には又十年後の漱石が出来る。俗人は知らず漱石は一個の頑塊なり変化せずと思う。此故に彼等は皆失敗す。漱石を知らんとせば彼等自らを知らざる可からず。這般の理を解するも のは寅彦先生のみ」
Dynamic Low on Mr.K Natume
変化の理論は自然の基本的法則だ。
漱石は<自然の理>ということを強調したが、それは<変化の理>だった。
栄えるものは滅びる。
「我が輩は猫である」に次の言葉がある
ケートは窓から外面を眺める。小児が球を投げて遊んでいる。彼等は高く球を空中に擲つ。球は上へ上へとのぼる。暫くすると落ちて来る。彼等は又球を高く擲つ。再び三度。擲つ度に球は落ちてくる。何故落ちるのか、何故上へ上へとのみのぼらぬかとケートが聞く。「巨人が地中に住む故に」と母が答える。「彼は巨人引力である。彼は強い。彼は万物を己れの方へと引く。彼は家屋を地上に引く。引かねば飛んでしまう。小児も飛んでしまう。葉が落ちるのを見たろう。あれは巨人引力が呼ぶのである。本を落す事があろう。巨人引力が来いというからである。球が空にあがる。巨人引力は呼ぶ。呼ぶと落ちてくる」
日本の政治家やマスコミはこの変化の理論を知ってるだろうか。
小林多喜二も 「昨日まで歴史が進展して来た事を認めながら、もう今日で歴史が永久に停まってしまったように信じる連中がある。」 <十三の南京玉>と述べた。
たとえ<変化の理>を知らなくても変化は避けられないのだ。まして、日本人は<革新>とか<改革>という言葉が好きだ。
しかし<自然の理>に逆らう<革新>や<改革>は破滅に至る道なのだ。
昔、新体制が問題になったとき、国を挙げて熱中したのだった。<バスに乗り遅れるな>とはそのときの流行語だった。
いまの日本の改革、改憲は<自然の理>に従うものなのか、それとも逆行するものなのか。
発行者 伊豆利彦 http://homepage2.nifty.com/tizu/


Comments
横田めぐみさんは、朝鮮人に拉致されたときにどう感じて、どう生きていったのだろう。
まだ幼い少女が、見知らぬ男たちに突然袋に無理やり入れられ、船に乗せられて見知らぬ言葉も通じない国へ連れて行った。
そして常時監視されながら生きていった・・・
まったく、朝鮮人のやることにはぞっとさせられます。
このような究極的な状況の下で、人間がどのように生きたのか。
また、このような卑劣きわまる悪逆非道の行為をしでかす朝鮮人とは一体どういう人間なのか。
いやこのような連中を人間と呼ぶ値打ちがあるのか。
そもそも人間とは何か。
こういう問いに答えを出すことこそ、現代の文学者の務めではありませんか。
Posted by: | 08/10/2005 at 10:26 AM
北朝鮮住民270万人、食糧支援受けられない危機へ
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=66219&servcode=500§code=500
朝鮮の人民数百万人が飢え死にしそうだというのに、文学者というのはずいぶん暢気なものですね。
これでは「文学は死んだ」といわれるのも当然です。
いま、朝鮮では独裁者金正日のもとで、権力者はほしいままに豪勢な生活をし、庶民は惨めな暮らしを強いられている。
庶民の中でもっとも弱いものから順に餓死している。
こういう状況の下で、朝鮮は人肉食をはじめとして飢餓と食べ物の奪い合い、権力者へのへつらい、嘘と裏切り、弱いものいじめ、殺人強姦暴力など、人間のあらゆる悪が凝縮した社会になっています。
そういう究極的な生き地獄の中でゴキブリのように生きている朝鮮人たちの姿を描いてこそ真の文学といえるのではないでしょうか。
Posted by: | 08/08/2005 at 10:33 PM
統一の扉は開く
8月15日解放記念日を祝う意味として、朝鮮共産党責任秘書であったキムチョルスなど社会主義独立運動家らに政府から褒章を授与する事が決まった。
二、三年前までは考えられないことである。
まさに<変化の理>は時代の流れであろう。
南北の人々は同じ民族である。
南北の土は同じ土ある。
同胞が同じ空と土の下で呼吸するのは当然なことである。
一体誰が38度線をひいたのか。
一体何が同胞を別々に隔離させたのか。
そして、懐かしさに涙まで乾いてしまった日々、その歳月を過ごしてきた我らにとってイデオロギーは何であったのか。
実はソウルもピョンヤンも最近になって変わったわけではない。
だいぶ前からソウルもピョンヤンも変わりつつあったのであろう。
なぜそれに気づくことができないまま暮らしてきたのか。
何が我々の眼を盲目にし、我々の耳を塞いでいたのか。
私は掲示板に「平壤所々」の写真を掲載しながら次のように記しておいた。
次の写真はインタネットサイトからコピーしたものである。
先方の立場を配慮し、インタネット住所を公開することはできない。
ここにその写真を公開したのは、南北関係を慎重に考えるための目的であって、北朝鮮の思想をほめたたえる目的ではないことを断っておく。
今の南北の現実はこの文章に刻み込まれている。
なぜこのような文章を述べなければならないのか。
どうしてこのような文章が必要なのか。
勿論北朝鮮は、経済的に克服していかなければならないところが一杯ある。
そもそも主体思想というのが科学進展に結ばれる時点があったのかと言われると北の権力者はどう答えるだろうか。
それで、そのため、北の国民も土も敵視され、南北の絆が緩んでしまったとしたら、そこに問題はあったはずだ。
韓国の独裁政権のイデオロギー政策もその意味から見て北と全然変わりはなかっただろう。
しかし、そのイデオロギーに埋もれた暗い陰を撃退できず、喜びも悲しみも分かち合えなかったから、如何に悲惨な運命を歩んできたのだろう。
発展を発展として、繁栄を繁栄として受け入れず、お互いに蔑視し、工作政治で一貫してきたのではないか。
どうすれば民族の同質性を回復するだろう。
如何にすれば祖国の血を分かち合えるだろう。
たしかに時代は変わっている。
そして、どう言われてもソウルもピョンヤンも変わった。
キンチョルスが韓国の政府から表彰を授与することになった時代である。
しかし、変わっていないところもまだまだある。
漱石の「明暗」に登場する小林は、津田からもらった紙幣三枚を原に出し、
「さあ取り給へ。要る丈取り給へ」と言っていた。
全ての政治家も権力者もこのような気持ちにはなれないだろうか。
その気持ちになれたとき、はじめて南北統一の扉は開くかもしれない。
「無等山に登って歌う白頭山歌」を参考していただきたい。
http://nbbs.naver.com/nmulti/h_read.php?board_id=k6738157_0&nid=2017&page=1
「無等山に登って歌う白頭山歌」を参考していただきたい。
http://nbbs.naver.com/nmulti/h_read.php?board_id=k6738157_0&nid=2017&page=1
Posted by: 金 正 勲 | 08/07/2005 at 07:44 AM