第170号 2005年9月20日 アジアの新時代
六カ国協議が共同声明を出して、新しいアジアの展望が生まれた。
中国の努力が新しいアジアを開いた。
アメリカもそれを認めている。
これはアメリカのアジア政策の転換を意味する。
米朝関係は急速に発展するだろう。
米ソ対立の冷戦構造が崩壊した以上、核問題が解決すれば対立する理由はなかったのだ。
コイズミ政権も平壌宣言に従って国交回復を急ぐだろう。
拉致問題を煽りたて、事態を紛糾させたマスメディアには、いまもあれこれ事態の進展を妨げようとする動きがあるが、これも空しいと思う。
国交回復なしには拉致問題の解決はない。
拉致問題の解決なしには国交回復はないとして、拉致犠牲者の家族に経済制裁の拳をあげさせた勢力は何なのか。
この勢力にふりまわされ、政治の道具にされた犠牲者の家族が気の毒である。
しかし、いま、すべては新しい動きにのみこまれていく。
あらためて、拉致問題を政治の道具にした政治家やマスメディアの責任が問われる。
マスメディアがふりまいたどす黒い反朝意識は日本国民の心に残りつづけている。
しかし、南北朝鮮の対立反目も、いまの日本の比ではなかった。それが、急速に克服され、新しい南北関係を生み出している。
日本の対韓感情も急速に変わった。
対中感情も戦時から戦後へ、そして革命後、文革時代とそれ以後と変遷した。
なによりも大事なのは各国人民の交流である。
戦前の日本では米英人との直接的な交流は少なかった。
戦時中は毛唐とさげすみ米鬼、英鬼と罵った。
中国人に対してはチャンコロと呼び、国を奪われて日本に流出してきた朝鮮人に対しては、その貧しさの故に差別と侮蔑の意識をはびこらせた。
民族的偏見ということを思う。
しかし、いまは人民間の交流が容易になり、盛んになった。新しい国際感覚がうまれてもいいはずだ。
しかし、若い世代はアメリカに対してはべたべたなのに、アジアに対しては意外に無知であり、差別と偏見のとりこになっている。
これはなぜか。
対米従属の日米安保体制が生んだコンプレックスなのだろう。
この対米従属と対アジア蔑視の偏見が、これからのアメリカの対アジア政策に使われるのかも知れない。
アメリカは今後、対中関係をますます強化することになるだろう。
朝鮮に対しても、積極的に交流をすすめることになるだろう。
日本の価値は当然低下せざるを得ない。
さらに、アジアの米軍も縮小されるだろう。
そのかわり、日本の反アジア意識を利用して、日本の軍備を強化し、アメリカにかわってアジアにおけるアメリカの代理人に仕立てていこうとするのであろう。
<アジアの問題はアジア人の血で>というアメリカの理想を実現するためには、日本がたえず、アジア諸国といざこざを起こし、それをテコにアメリカから最新兵器を購入し、憲法改正を実現することが必要だ。
アメリカは中国なしにはやっていけない国なのだ。しかし、アジアが中国を中心に結合して経済的に発展し、平和がつづくことは望まないのだ。そこに、日本の役割がある。
日本はアメリカに従属して今日の<繁栄>を実現した。
しかし、いま、アメリカが軍事だけにたよる<張り子の虎>になり、軍事的にも、内政的にも追い詰められると、政策の転換が求められ、対日政策もかわらざるを得ない。
アジアと世界の変化のなかで、日本はいまその選択を求められている。
憲法改正して、アメリカのかわりに、アジアの憲兵として、アジア諸国におそれられる軍事大国になるか。
憲法を守り、平和な文化国家として、アジアの文化的経済的発展をささえ、アジア諸国の信頼と尊敬を得る道を歩くか。
九月十八日は日本の関東軍が柳条湖で鉄道を爆破して、それを口実に満州各地に軍を展開し、満州支配の突破口にした日だ。
一九三一年、七十四年昔のことである。
<九・一八を忘れるな>
中国人はその日を忘れていない。
隣人がその祖父を殺された日として記憶しているのに、殺した家の孫がその日を覚えていないばかりか、いまもそれを記念するのは我が家に反抗するものだと罵り、その殺人者を祀る行事をこれ見よがしにおこなったらどうなるか。
漱石の「明暗」に次のような言葉がある。
彼女は前後の関係から、思量分別の許す限り、全身を挙げてそこへ拘泥らなければならなかった。それが彼女の自然であった。しかし不幸な事に、自然全体は彼女よりも大きかった。彼女の遥か上にも続いていた。公平な光りを放って、可憐な彼女を殺そうとしてさえ憚からなかった。
彼女が一口拘泥るたびに、津田は一足彼女から退ぞいた。二口拘泥れば、二足退いた。拘泥るごとに、津田と彼女の距離はだんだん増して行った。大きな自然は、彼女の小さい自然から出た行為を、遠慮なく蹂躙した。一歩ごとに彼女の目的を破壊して悔いなかった。彼女は暗にそこへ気がついた。けれどもその意味を悟る事はできなかった。彼女はただそんなはずはないとばかり思いつめた。そうしてついにまた心の平静を失った。
11月には中国で小林多喜二の国際シンポジウムが開かれる。
日本の中国侵略戦争に反対してたたかい反戦作家のシンポジウムを中国で開く意味は大きいと思う。
その成功のために努力したい。
皆さん、お元気でお過ごしください。
伊豆利彦 http://homepage2.nifty.com/tizu


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