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01/02/2006

第188号 2006年1月1日 また正月が来た

 >>日々通信 いまを生きる 第188号 2006年1月1日<<

また正月が来た

謹賀新年 2006年元旦

元気で新年をお迎えのことと存じます。
私もメルマガ「日々通信」を発行するなどして、夫婦ともどもなんとか元気に過ごしています。
憲法改訂をめぐって緊張した年になると思います。
今年は80歳になりますが、こんな時代をむかえるとは想像もしていませんでした。
「通信」は187号に達しました。ホームページからご覧いただければ幸いです。
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 今年は多事だった。
<日本は亡びるよ>という「三四郎」の広田先生の言葉が身に沁みる年だった。
いろいろあるなかで、ふとしたことから<戦争を語り継ごうML>に参加して、私より年上の方々の戦争体験を聞く機会が多かったことも、私にとって、大事なことだった。
新年のメール受信トレイをあけたら、次のメールがあった。

K様 播翁@兎木村繁次郎です。昔経済学者が言うていました、自由経済社会では、消費大が一番、その最たるものが、戦争とか。もう後30日くらいで、貴方と私も同じ日「2日違い??」八十六歳・・遠慮なく・・お迎え来るまで、生き続けましょうや。名解説のメール有難うございました。では、好いお年をお迎え下さい。
E-mail sksk@nike.eonet.ne.jpURL-
http://www.eonet.ne.jp/~skk/

Kさんのメールは次のようなものだ。

ともかくもこの60年間日本国内では戦争がなくおめでたいとゆうべきでしょうか。
なぜ戦争が起るのか、私はおもいます。戦争は儲かるからでしょう。
自国内でなく外国を戦場にすれば軍需産業は儲かるし好景気が期待できます。
日本も日清日露第一次大戦でうんと儲けました。
兵士や下級将校の犠牲も好景気で打ち消されました。
イラクの紛争も油が欲しいから、日本もおこぼれにあずかろうと!
    
木村さんはシベリアに抑留された経験がある老人である。ホームページを開くと、多彩な活動が展開されている。

求めがあれば出かけて語り部として戦争体験をかたっているそうだ。

◇◆木村さんのメールを見ていると、漱石の「点頭録」を思い出した。
いろんな形で、これまで何度も書いているが、漱石は1916年の正月に「また正月が来た」という文章を序文にして、第1次世界大戦を論じた「点頭録」を『朝日新聞』に連載している。

a また正月が来た。振り返ると過去が丸で夢のように見える。何時の間に斯う年令トシを取ったものか不思議な位である。

b 近頃の私は時々ただの無として自分の過去を観ずる事がしばしばある。……一生は終に夢よりも不確実なものになってしまう。

c 驚くべき事は、これと同時に、現在の我が天地を蔽い尽して儼存しているという確実な事実である。一挙手一投足の末に至る迄此「我」が認識しつつ絶えず過去へ繰越しているという動かしがたい真境である。

d 年頭に際して、自分は此一体二様の見解を抱いて、わが全生活を、大正五年の潮流に任せる覚悟をした迄である.

e 多病な身体が又一年生き延びるにつけて、自分の為すべきことはそれ丈量において増すのみならず、質においても幾分か改良されないとも限らない。・・・・ 自分は出来る丈余命のあらん限りを最善に利用したいと心掛けている。

f 寿命は自分の極(き)めるものでないから、固より予測は出来ない。自分は多病だけれども、趙州の初発心の時よりもまだ十年も若い。たとい百二十迄生きないにしても、力の 続く間、努力すればまだ少しは何か出来る様に思う。それで私は天寿の許す限り趙州の顰みにならって奮励する心組でいる。古仏と云われた人の真似も長命も無論わが分ではないかも知れないけれども、羸弱(るいじゃく)なら羸弱なりに、現にわが眼前に開展する月日に対して、あらゆる意味に於いての感謝の意を致して、自己の天分の有り丈を尽そうと思うのである。自分は点頭録の最初に是丈の事を云っておかなければ気が済まなくなった。

◇◆<一切は無である>とはどういうことだろう。年末に私は偶然のことから、柳沢桂子さんの「般若心経」についての話をテレビの再放送で見た。

NHKはこの番組について次のように紹介している。
 ~生命科学者・柳澤桂子~ 
『あなたも宇宙のなかで粒子でできています 宇宙のなかの他の粒子と一つづきです……あなたという実体はないのです あなたと宇宙は一つです……』

 日本人に最も身近な仏教の教典「般若心経」を現代語に訳した「生きて死ぬ知慧」。昨年秋の発売後、中高年を中心に大きな反響を呼び、ベストセラーとなっている。

 執筆したのは、生命科学者の柳澤桂子さん(67)。第一線で活躍する研究者だった31歳の時、突然全身に強い痛みと吐き気を伴う原因不明の病に冒され、以後36年に渡り病との闘いを続けている。

病床に伏す孤独な日々の中で柳澤さんの心を救ったのが般若心経。わずか262文字の中に仏陀の教えのエッセンスが凝縮されているが、「自我を捨て『空』になれ」という核心となる概念は難解だった。

柳澤さんは、般若心経を繰り返し読み思索を重ねた末に、科学者ならではの視点から「空」を「粒子」という言葉を用いて大胆に解釈した。

 番組では、柳澤さんへのロングインタビューと般若心経に詳しい禅宗の僧侶との対談を軸に、今回の本の中で象徴的な部分に注目して、そのような解釈をするに至った背景とプロセスを描いていきながら、柳澤さんのたどり着いた般若心経の世界とはどのようなものか、なぜ柳澤さんの般若心経の現代語訳が現代人の心をとらえたのか探ってゆく。

◇◆漱石の根柢には無の思想がある。自己が無であると観ずることによって、自我にとらわれる苦痛から解放される。しかし、同時に「我」はそのことによって、自由な存在として、自己を無にして、宇宙の一粒子として働きはじめるのだ。宮沢賢治の<宇宙の微塵となりて>という言葉を思い出す。近代思想は<自我>の思想だった。これを否定して人間は自由になる。世界大戦の最中に漱石は「点頭録」で悲惨な戦争の現実をあばき、ひたすら「力」を頼む「力の思想」を批判し、戦争で殺傷力を競い合う姿を滑稽にすら思うと書いている。

漱石が「点頭録」を発表したのは1916年の新年で、その年の12月に世を去った。

「点頭録」については次を参照されたい。
漱石と二十世紀  
第十回 『点頭録』と『明暗』 世界大戦と軍国主義の時代に
http://homepage2.nifty.com/tizu/souseki20seiki/10tentouroku.htm
◇◆今年は現代に生きる漱石と戦争、二葉亭・漱石・啄木の問題、小林多喜二、広津和郎の問題につけ加えて、宮沢賢治、島崎藤村の問題などについて考えたい。

◇◆今年は新年に家族が11人集まった。
もう孫たちも一番下が高校3年で受験直前である。
長男の長男は去年結婚して、今年は夫婦で参加した。
少子化問題がいまの重要問題だが、我が家では二人の子供がそれぞれ三人ずつを育てている。
家族はやはり子供たちを産み育て、繁栄することを望むのが自然だろう。
<生めよ、殖えよ、地に満てよ>と旧約聖書にある。

日本の人口が減少した方がいいという考えもあるが、それは日本は滅亡した方がいいという考えに連なるのではないか。
それはそれでもっともな意見だが、やはり、自然ではないだろう。
もちろん、さまざまな家族があり、民族があるだろう。
亡びる家族も民族もあるだろう。
そして、ついに日本も亡び、人類も亡びる。
しかし、なお、いまに生きる私は愚かにも日本の繁栄を望み、人類の永続を望むのだ。

皆さんのそれぞれのさまざまな家族の繁栄とご多幸を祈る。

  伊豆利彦 http://homepage2.nifty.com/tizu

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Comments

2006年の念頭の188号からコメントさせていただきます。伊豆様は、私よりも10年先輩でいらっしゃる,生涯文学で教鞭をとられ、漱石先生に大変お詳しいので、とても私など技術者として生涯を送って来たものにはただただ勉強させていただくに過ぎませんが今年70になりますので、漱石の晩年のように、まだ多病ではありませんが一生を省み見て自分はなんであったかを感ずるのは共通したものがあります。柳沢先生の心境にはとても程遠いのですが、いずれ年をとっていくうち少しは理解できるのでしょうか。漱石先生の晩年の言葉に感謝の言葉(これは伊豆様にもつうずるのですが)に感動しました。

Posted by: 青木 忠 | 02/08/2006 at 12:56 AM

おめでとうございます。新年より素晴らしい通信がきまして、私の記事が、少し、持ち上げで・・でも嬉しいこと・・私の記事は何時も辛口・・論争もします・・その中から、何かを、平和への。又戦争を語り継ぐとかに・・しらず知らずに、利用される・事を・念ずるや折なるものがあります。今後とも、良い通信を下さい。

Posted by: 播翁@兎 木村繁次郎 | 01/02/2006 at 01:36 PM

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