第251号 温家宝首相の来日
>日々通信 いまを生きる 第251号 2007年4月15日<
発行者 伊豆利彦
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温家宝首相の来日
中国の温家宝首相が来日した。中国の首相として初めて国会で演説し、「日本の指導者が侵略を認め、深い反省とおわびを表明してきたことを評価し、実際の行動で示すことを希望する」としたうえで、「両国の戦略的互恵関係の新局面を切り開こう」と呼びかけた。
この演説で温家宝首相は「去年10月の安倍総理大臣の中国訪問は氷を砕く旅であったというならば、わたしの今回の訪問は氷を溶かす旅となるよう願っている」と述べた。
「中日両国の友好往来の時間の長さや規模の大きさ、それに影響の深さは、世界文明の発展に類を見ないものであり、いっそう大切にし、子々孫々にわたって伝え、大いに発揚するに値する」と述べ、歴史問題に触れて、「過去の侵略戦争の責任は、ごく少数の軍国主義者が負うべきだ。日本政府と日本の指導者は、侵略を公に認め、被害国に対して深い反省とおわびを表明しており、中国政府と人民は積極的に評価する。日本側が、態度の表明と約束を実際の行動で示すことを心から希望する」と述べた。
台湾問題については、独立は絶対に容認しないと強調し、日本側は「台湾問題の高度な敏感性を認識し、約束を厳守し、この問題に慎重に対処するよう希望する」と述べた。東シナ海のガス田開発問題については「両国は係争を棚上げし、共同開発する原則にのっとって、協議のプロセスを積極的に推進し、東シナ海を平和・友好・協力の海にすべきだ」と述べた。
そして、「中日両国の戦略的互恵関係の新たな局面を切り開くために、アジア及び世界の平和と発展のために、ともに奮闘努力していこうではないか」と呼びかけて演説を締めくくった。
(NHKオンライン 4月12日 12時14分)
http://www.nhk.or.jp/news/2007/04/12/k20070412000072.html
温家宝首相はジョギングや太極拳をして一般庶民と気さくに話し合い、農家ではトマトの苗木を植え、ユニフォームを着て学生たちと野球をするなど、庶民に溶け込む姿を見せた。こんな総理大臣の姿を見るのは日本人は初めてだったのではないか。
小泉首相も訪米時には派手なパフォーマンスをしたが、ブッシュの気に入ることに熱中し、また、プレスリーの遺族に対してとんでもない醜態を演じた。小心な安倍首相はキョロキョロした感じだった。今度の訪日で温家宝首相は庶民との交流につとめ、気さくで親しみやすい人間として日本人にアッピールしたと思う。
しかも、その演説は長い日中間の交流の歴史から説き起こし、最近の侵略戦争の50年に説き及び、「過去の侵略戦争の責任は、ごく少数の軍国主義者が負うべきだ。日本政府と日本の指導者は、侵略を公に認め、被害国に対して深い反省とおわびを表明しており、中国政府と人民は積極的に評価する。日本側が、態度の表明と約束を実際の行動で示すことを心から希望する」と述べた。
さらに、中国の近代化、改革開放に日本の援助と協力が貢献したことを評価し、今後の協力を訴えた。安倍首相は日本の過去の努力や反省が評価されたことに喜びをあらわし、財界も政界も歓迎した。スケールが大きく格調高い、バランスの取れた立派な演説だったと思う。ここに日中関係は新しい友好と親善の時代にはいっていくのだろう。
しかし、一般中国人の心には日本人に対する強い反感がしみこんでいて、それを溶かすのは容易ではないと思う。首相来日の直前にNHKBS1で香港フェニックスTVの 「“中日友好”は幻想に過ぎないのか?」と題する時事弁論会を放映していたが、日本人に対するはげしい不信が支配的だった。視聴者の声も70%が否定的な意見だった。温家宝首相の演説はこのような中国人の日本に対する反感を溶かそうとするものでもあったと思う。
中国人の反日感情について、それをひたすら政府の反日教育の結果だとして、中国批判に走るのは間違っていると思う。それは過去の歴史にもとづくものであり、また、最近の小泉首相の靖国参拝、過去の侵略戦争を美化する傾向などがそれを強化している。
日本人には中国人の反日感情に反感を抱き、反中的態度を強める傾向がある。現に中国人に対する侮蔑と反感をかくそうともしない石原氏が圧倒的多数で都知事に3選された。
この石原氏が製作総指揮・脚本を担当した「俺は、君のためにこそ死にに行く」という映画が公開される。石原氏は特攻で死んで行った若者たちを讃美し、「すばらしいできばえ。愛する人を、守るために身を犠牲にしたすばらしい若者たちがいたんだ。今の若い人たちに見習って欲しい」というようなことを言ったという。
石原氏が知事をしている東京都の新設校、東京都立永福学園養護学校では教室内に日の丸を常時掲示するということだ。
『朝日新聞』は次のように伝えている。
校訓や都のシンボルマークとともに、国旗が入っているプレートを、すべての普通教室正面の壁に固定する。都教委指導企画課は「こうしたケースは都立校では初めて聞いた。都教委としては日常的な掲示を指導したことはない。学校長の裁量の問題だ」としている。
都教委によると、国旗入りのプレートは30ある普通教室のすべてに設置された。「誠心誠意」という校訓の左に国旗、逆側に都のマークが描かれている。「組織への所属意識の醸成に必要な施設設備」として、学校予算で設けられたという。
(アサヒコム 2007年04月05日)
http://www.asahi.com/national/update/0404/TKY200704040333.html
この東京都教育委員会は「君が代」斉唱時に起立しなかったなどとして、教員35人を懲戒処分したと発表した。このうち町田市立中教諭の根津公子さん(56)は、懲戒免職に次ぐ停職6カ月の処分を受けた。
(アサヒコム 2007年03月30日19時37分)
http://www.asahi.com/edu/news/TKY200703300300.html
<国を愛する態度>を教育の基本に据える新教育基本法のもとで日本の教育はどうなるか。<国を愛する>ということは<排外的>になりがちだし、<国のために死ぬ>ことを美化しがちだ。
教育基本法の改悪にもとづいて教育再生関連3法案が審議される。問題があれば、すべて教育のせいにして、教育に関する素人論議が沸騰する。これを利用して戦後教育が養って来た大事なものが破壊される危険がある。
愛国心や日の丸・君が代の強調が戦後教育批判と結びつき、それは戦前の歴史や戦時下の教育を美化する傾向を生みがちだ。戦後教育にはいろいろ問題があるかも知れないが、それがもたらした基本的なものはしっかりと確認しておく必要がある。
温家宝首相の来日に日中関係の転機を求めるとしても、検討すべき課題が山積している。温家宝首相はそれを知りながら、「日本政府と日本の指導者は、侵略を公に認め、被害国に対して深い反省とおわびを表明しており、中国政府と人民は積極的に評価する。」と述べたのであろう。
安倍首相は従軍慰安婦問題についても、直接的強制とか間接的強制とかと言い立てて、軍の関与や強制性をあいまいにする発言をして、中国・韓国のみならず、アメリカからも強い批判を浴びている。沖縄の集団自決についても歴史教科書の記述は軍の関与をあいまいにするものに改められた。
政治家としての安倍氏は個人の信念に反する言動をしているようだ。その矛盾がどのような形であらわれてくるか。
<歴史認識>の問題は政治の問題ではない。最近の学校教育では現代史についてまともに教えられない場合が多く、この歴史に無知な若者たちに、これまでの歴史を全否定し、戦争を美化するような愛国的な歴史知識がマンガ本などを通じて注入されている。外交的にぼかされた<歴史認識>の問題は、これからの教育の中心的課題となるのだろう。
石川啄木は1912年(明治45年)4月13日、27歳でこの世を去った。代用教員として出発し、生涯、教育と青年の問題を追究しつづけた啄木の言葉は、百年近く経ったいまも切実な命をもって生きている。
漱石もまた生涯を通じて教育を論じ、青年の問題を追究しつづけた。啄木を愛し、漱石を学ぶ私もいまの世について発言し、特に教育について論じないではいられない。
春はいま盛りだ。
酔生夢死という言葉がある。いまの私はそれを否定するつもりはない。しかし、この世の些事にとらわれて、なかなか花見に我を忘れることもできずに、老いの繰り言を書きつづける。若いみなさんの参考になれば幸いだ。
春はきぬ
春はきぬ
さみしくさむくことばなく
まづしくくらくひかりなく
みにくゝおもくちからなく
かなしき冬よ行きねかし
島崎藤村『若菜集』の詩の一節だ。戦後間もなく藤村に熱中して、これらの詩句を口ずさんだ頃のことが思い出される。
みなさんにもそれぞれの青春の思い出があろう。
元気で、この短い春の日をお過ごしください。


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