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10/10/2007

第267号 韓国で講演 帝国主義と文学

>日々通信 いまを生きる 第267号 2007年10月10日<

 発行者 伊豆利彦
 ホームページ http://homepage2.nifty.com/tizu

韓国で講演 帝国主義と文学

 6カ国協議は順調に進行し、朝鮮半島の非核化、米朝国交回復への展望も開けて来た。これを背景に朝鮮半島の南北首脳会議も開かれ、南北の和解と統一の方向が見えて来た。日本の植民地となったために分断され、同族相食む悲惨な戦争を強いられた残酷な歴史に明るい日差しが見えて来た。朝鮮半島の平和と安定は東アジアに新しい歴史を開くだろう。就任時に東アジア共同体の展望を語った盧武鉉大統領の就任演説が思い出される。
http://homepage2.nifty.com/tizu/tusin/tu@45.htm

 中国、アメリカ、ロシアそれぞれに未来に明るい期待を寄せている。米朝間の関係改善は戦争終結から国交回復へと急速に進んでいくものと思われる。日本だけが、この方向に不満なような歯切れの悪い態度が見える。テレビでは相変わらず悪逆無道の朝鮮を暴露する番組が放映されている。しかし、対朝強硬論者の安倍首相が無残な終末を迎え、後継の福田内閣は、対話を重視する方向を示している。対朝強硬路線一辺倒の安倍に引導を渡したのはアメリカだということだが、(掲示板7301.御影暢雄)日本も方向を転換してやがて日朝国交回復への努力がはじまるのだろう。日本の過去があらためて明らかにされ、その清算が求められることになる。拉致問題も両国間の信頼関係が回復することによって、進展をみることになると思う。制裁をふりかざす強硬な態度はなんら成果をあげることができず、いたずらに関係を悪化させ、問題をこじらせてきたに過ぎない。

 こんな時期に私の『戦争と文学 いま、小林多喜二を読む』のハングル訳が出版され、韓国日本語文学研究会で講演することになろうとは思っていなかった。

 10月12日に出発し、13日に全州大学で「帝国主義と文学 小林多喜二を中心に」というテーマで講演する。いま、強制連行や従軍慰安婦が問題になっているが、こうした人間性を蹂躙する強制労働は日本の帝国主義的発展の土台であり、朝鮮や中国の人民に対してだけでなく、ひろく日本人労仂者に対しておこなわれた。

 今度の時津風部屋の少年弟子に対する集団リンチ殺人事件はかつての軍隊の内務班の初年兵いじめを思い出させる。監獄部屋から逃亡を企てた労仂者がつかまると残酷なリンチを受けた。売春行為の強制から逃げ出した少女も同様だった。

 多喜二の小樽の築港建設工事現場の近くに育ち、逃亡した労仂者がどんな目にあうかを知っていた。また、不幸な境遇の少女に対する愛を通して、日本の暗い現実を知り、その救済のために尽力し、その悲惨な境遇を「最後のもの」「師走」などの作品に書いた。また、監獄部屋の労仂者については「人を殺す犬」(小樽高商校友会誌第38号 1926年8月稿)を書いた。

「人を殺す犬」の改作「監獄部屋」には次のように記されている。

>築港が埋立された、倉庫が立つ、レールが引かさる、文化が開けると云う。然しそこには、「監獄部屋」によって、封建時代の「人柱」のそれが、一分一厘も違わずそのままそっくりより巧みな近代的な方法でちアんとなされているのだ。鉄道が開通した、国道が開けた、そう云って提灯行列でもする、だが然し、そこの土には生きた人間の血と骨が、うずめられているのだ。

>文明だ、進化だと云う--(その実誰の文明だ、誰の進化か!)が、その底にいて、そいつを支えている人柱が、誰でもない「プロレタリアート」なのだ。文字通りそうなのだ。自分等のものゝ為でもないのに!

「監獄部屋」の逃亡した労仂者は土佐犬をけしかけられ、食い殺される。犬に殺される労仂者のことは『蟹工船』でも書かれており、この作品をあまり残酷なので出せないと言った教授に対して、
「これを出す出さないなんて、些々たることだ。出したからって、出さないからって、「現実にある」事実をどうする積りだ。」と述べている。

 『蟹工船』では次のように書いている。

>――内地では、労働者が「横平(おうへい)」になって無理がきかなくなり、市場も大体開拓されつくして、行詰ってくると、資本家は「北海道・樺太へ!」鉤爪(かぎづめ)をのばした。其処(そこ)では、彼等は朝鮮や、台湾の殖民地と同じように、面白い程無茶な「虐使」が出来た。然し、誰も、何んとも云えない事を、資本家はハッキリ呑み込んでいた。「国道開たく」「鉄道敷設」の土工部屋では、虱より無雑作に土方がタタき殺された。虐使に堪(た)えられなくて逃亡する。それが捕まると、棒杭にしばりつけて置いて、馬の後足で蹴らせたり、裏庭で土佐犬に噛み殺させたりする。それを、しかも皆の目の前でやってみせるのだ。肋骨が胸の中で折れるボクッとこもった音をきいて、「人間でない」土方さえ思わず顔を抑えるものがいた。気絶をすれば、水をかけて生かし、それを何度も何度も繰りかえした。終いには風呂敷包みのように、土佐犬の強靱(な首で振り廻わされて死ぬ。ぐったり広場の隅に投げ出されて、放って置かれてからも、身体の何処かが、ピクピクと動いていた。焼火箸をいきなり尻にあてることや、六角棒で腰が立たなくなる程なぐりつけることは「毎日」だった。飯を食っていると、急に、裏で鋭い叫び声が起る。すると、人の肉が焼ける生ッ臭い匂いが流れてきた。

 土地を奪われて日本に連れてこられた朝鮮人労仂者はさらに残酷な待遇を受けた。『蟹工船』には次のように書かれている。

>皆は朝は暗いうちに仕事場に出された。そして鶴嘴(つるはし)のさきがチラッ、チラッと青白く光って、手元が見えなくなるまで、働かされた。近所に建っている監獄で働いている囚人の方を、皆はかえって羨しがった。殊に朝鮮人は親方、棒頭(ぼうがしら)からも、同じ仲間の土方(日本人の)からも「踏んづける」ような待遇をうけていた。

『蟹工船』は北洋の蟹工船でおこなわれた過酷な帝国主義的搾取の実態をなまなましく描き出している。蟹工船は元来ソ連の領海侵犯の危険を犯す侵略的漁業であった。それ故、駆逐艦に護衛されなければならなかったのである。監督浅川は始めて姿を現した時から「一会社の儲け仕事と見るべきじゃなくて国際上の一大問題なのだ」と演説し、「日本帝国の大きな使命のために、俺達は命を的に、北海の荒波をつッ切って行くのだ」と強調する。「貴様等の一人、二人が何だ。川崎一ぱい取られて見ろ、たまったもんでないんだ」と言って、漁夫や雑夫の健康と生命を無視して「虐使」し、これに堪えぬものには残酷なヤキを入れて見せしめにした。さらに、難破しかけた秩父丸のSOS信号を無視するなど、無法と暴虐の限りをつくして資本の利益を追求するが、それらはすべて「国際競争」とか「国家的使命」や「国家的利益」を強調することで合理化された。「日本帝国のためどんなものでも立ち 上がるべき秋」であり「人情味なんか柄でもなく持ち出して、国と国との大相撲が取れるか!」と言うのである。

 多喜二は蟹工船の現実を決して孤立した〈異常な〉世界として描かず、日本資本主義の発展を根底において支え、その矛盾が集中している最底辺の一般的な現実であり、日本資本主義の本質を暴露するものとして描いた。この前近代的、半植民地的な苛酷な労働と搾取こそが、日本の帝国主義的発展を推進する原動力だった。そこに日本の資本主義の脆弱さがあり、その苛酷な軍隊制度と残虐な侵略主義の根源がある。
(拙稿 「『蟹工船』と『不在地主』」参照)

 土地を奪われた農民は移住民となって後から後から津軽海峡を渡り、北海道の奥地へ吸いこまれていった。「雪の平原を歩いてゆくとき、その一人一人の足に、然し矢張り重い鎖が不気味に引きずられていたのを、ドン百姓の子供は母親の骨っぽい背に感じていた」と多喜二は書いている。朝鮮半島からも同様にして土地を奪われた多くの人々が朝鮮海峡をわたり、津軽海峡をわたって来たのだ。
(拙稿「若き多喜二の彷徨と発見」参照)

 私が話したいのは、日本の帝国主義が小作貧農の極度の貧困と搾取の土台に立っていること、この帝国主義的搾取が被侵略民族に対する民族差別と結びついてもっとも残虐な虐使の体系をつくりだしたことである。この真相は隠蔽されて、だれもがそんなことはあり得ないと思っていた。この隠蔽された真相をあばきだすのが多喜二らの文学の仕事であり、それが日本の帝国主義に対する文学のたたかいであり、国家権力のはげしい弾圧を受けなければならなかった。 
 
 対支干渉戦争反対、田中反動サーベル内閣打倒の全国的な闘争が展開されようとする日の早朝に全国的におこなわれた一斉検挙、組合幹部や共産主義者に対する言語に絶する過酷な拷問の実態をまざまざと描き出す「一九二八年三月十五日」から、多喜二はプロレタリア文学作家の道を歩きはじめ、1933年2月、スパイの手引で検挙され、その日のうちに拷問で殺された。

 多喜二の時代は遠い昔のことだ。あんなひどいことはもうおこらないと多くの人は思っている。私もそう思っていた。しかし、いまのワーキングプアの問題、過労死や自殺者が出るような過酷な労働、おにぎりを食べたいと日記に書き残して飢え死にした人、こんな事実は、形をかえてそれがいまもあると考えないわけにはいかない。

 アブ・グレイブの捕虜虐待は、多喜二らを無法で逮捕し、拷問したあの治安維持法下の日本を思わせる。その捕虜たちは突如闖入した米兵によって、ほとんど証拠もなしに、テロリスト、もしくはテロリストと関係があると疑われて拘束されたのだという。戦時であるという理由で、そしてイラク人であるという理由で、人権が蹂躙される。米本国でもアラブ系移民や留学生に対して同様の無法な取り調べがなされたと伝えられている。テロリストと認定すれば人権を無視してもいいということが公然と言われている。かつて日本の警察はおまえら非国民は殺したっていいんだと言い、そしてその通りに多喜二らは拷問で殺された。

 同じ日本の警察権力や憲兵が朝鮮人や中国人、アジアの人々を弾圧し、殺戮した。日本帝国主義は日本と中国、韓国・朝鮮そしてアジアの人民の共通の敵なのだということを、韓国で講演することになって、あらためて強く思った。

 多喜二の死に際して贈られた魯迅の言葉を記しておく。

<日本と支那との大衆はもとより兄弟である。資産階級は大衆をだまして其の血で界(さかい)を描いた、又描きつつある。
 しかし無産階級と其の先駆達は血でそれを洗っている。同志小林の死は其の実証の一つだ。
 我々は知っている、我々は忘れない。我々は堅く同志小林の血路に沿って前進し握手するのだ。>

 
10月9日、NHKのBS特集民主主義<米国 闇へ>でアフガニスタン バグラム基地で拷問によって虐殺されたディラウォルを中心に、アブグレイブ、グアンタナモでどんなに残虐な拷問をおこなっているかをなまなましく描き出していた。鎖で天井から逆さ吊りにする、眠らせない、真っ裸にする、袋をかぶせて、視覚も聴覚もうばう、女性兵士に性的暴行を加えさせる等々、眼をおおうような、ありとあらゆる暴行だ。これがアメリカの民主主義か。そして命令を下した上官や指示したラムズフェルド、チェイニー、ブッシュは罰せられない。これは明らかに人道に対する罪であり、戦争犯罪だ。日本人の捕虜虐待は死刑になった。しかし、治安維持法違反者に対する残虐行為、多喜二やその他の共産党員を殺した特高の犯罪者は罰せられていない。

多喜二の文学はいまも生きている。ただ、多くの人々にこの現実が隠蔽されているだけだ。それなら、この隠蔽された真実をあばきだす仕事は。いまも文学が文学であるために、報道が報道であるために、必要な条件なのだろう。BS特集民主主義に期待する。

NHKのBS特集民主主義の日程については次を見てください。
http://www.nhk.or.jp/bs/bs1.html#korekara

いよいよ秋らしくなった。韓国の秋を楽しんで来たい。みなさんも秋の日を元気でお過ごしください。

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Comments

啄木を調べていたら、大変なホームページに出会ってしまったようです。少しずつ読ませていただきます。

Posted by: 岐阜市 木谷 | 10/16/2007 at 01:03 AM

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