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02/24/2008

第274号 新しい風

>日々通信 いまを生きる 第274号 2008年2月24日<

 発行者 伊豆利彦
 ホームページ http://homepage2.nifty.com/tizu

新しい風

アメリカの大統領選挙は予想通り民主党が圧倒的に優勢のようだが、民主党の予備選では、戦前、圧倒的優勢を伝えられたクリントンに対して、無名に近かったオバマが驚くばかりの勢いで支持を拡大し、いまや、勝利を確信させるほどになった。

 クリントンはオバマは演説だけだが自分には経験と政策があると自信にみちた調子で叫んでいるが、劣勢を自覚するからか、この頃は何となく焦燥感が目立つようだ。

 オバマをささえるのは若い層の支持で、まだ十八、九の若い女子学生が彼のために家々を戸別訪問して熱心に勧誘している姿に感動した。路上で彼のポスターを見せられ、今度は自分が道行く人に手渡す大学生、changeと呼びかけるオバマは、この世界を帰るのは皆さんだと呼びかける。彼の支持者は運動者に変わり、日増しにふえていく。ここには新しい時代をつくる若い力の勢いがある。

 クリントンは選挙がながびき激化するとともに選挙資金が欠乏し自己資金を五百万ドル提供したという。これに対してオバマの選挙資金は運動の中でふえていく。この事実がオバマの勝利を確信させる。そしてアメリカは若い力が再生させるという思いを抱かせる。

 日本はどうだ。日本の大学生は政治への出口をうばわれ、生きる目標を見うしなって、ただただ就職活動とバイトや空虚な遊びに明け暮れているというのが一般的なようだ。最近の調査で、ほとんどまったく本を読まず、一日に一時間も勉強しない大学生が大部分だということが報告されていた。

 受験勉強以外に勉強があること、本を読む喜びを教えられなかった小中高の教育がなんともみじめな大学生を生んだ。私たちの学生時代は戦争末期から戦争直後の数年だった。間違いも多かったろう。しかし、自分たちが時代をにない未来を開くのだという自負は強かった。未来は青年のものだという言葉は私たちのものだった。そういう時代は1970年代前半くらいまでだったのではないか。

 アメリカの選挙を見て思うことは、アメリカは選挙運動が日本にくらべてはるかに自由だということだ。今の日本の選挙は禁止事項があまりにおおい。民主主義の基本は選挙だと思うが、いまの選挙はがんじがらめで一般の選挙民は何もするなといわれているようだ。戦後間もなくの選挙は自由だった。私たち学生も自分の支持する候補者名を連呼してまわった。小さな子供まで候補者の名前を聞き覚えて一番元気のいい候補者名を連呼したりした。いまはなぜ困難に禁止だらけなのだろう。選挙が不自由になると比例して民主主義が後退しているのではないか。

 1960年安保の時は子供たちまで安保ごっこをして「安保反対」「安保反対」「岸を倒せ」「岸を倒せ」と叫んでいた。当時はいまにくらべてはるかに若者に活力があったのではないか。中高生の政治活動だけではなく。政治・社会についてのクラブ活動や学校間の交流が抑圧されるとともに青少年たちの、社会に対する関心や活力がうしなわれた。大学の多くは自治会活動さえ崩壊した。大学祭はたこ焼きやなんぞお祭りの露店のようなものが多くなり、まともに社会問題を取り上げるものは少なくなった。こうして大学生の幼稚化が急速に進んだ。米ソ対立が激化し、日本が対米従属をますます強めて、めざましい経済的発展をとげた時代である。

 高度経済成長からバブルへ、そしてバブルが崩壊し、若者たちの就職氷河期といわれる時期がやってきた。企業はリストラとよんで正規社員の大量馘首を強行し、非正規社員やパートタイマーに切り換えて、低賃金で収益をあげ、長期の好況がつづいているというが、国民一人一人の経済は悪化しつづけている。年金も健保も崩壊し、ネット難民やホームレスの増加も目立ち、日本の若者は未来の希望をうしなっている。

 石川啄木は「時代閉塞の現状」(1912年)に次のように書いた。

 我々青年を囲繞(いぎょう)する空気は、今やもうすこしも流動しなくなった。強権の勢力は普(あまね)く国内に行わたっている。現代社会組織はその隅々まで発達している。――そうしてその発達がもはや完成に近い程度まで進んでいることは、その制度の有する欠陥の日一日明白になっていることによって知ることができる。戦争とか豊作とか饑饉とか、すべてある偶然の出来事の発生するでなければ振興する見込のない一般経済界の状態は何を語るか。財産とともに道徳心をも失った貧民と売淫婦との急激なる増加は何を語るか。はたまた今日我邦(わがくに)において、その法律の規定している罪人の数が驚くべき勢いをもって増してきた結果、ついにみすみすその国法の適用を一部において中止せねばならなくなっている事実(微罪不検挙の事実、東京並びに各都市における無数の売淫婦が拘禁(こうきん)する場所がな
いために半公認の状態にある事実)は何を語るか。

 仕事をうばわれ、住むところもうしなって、追いつめられた若者たちの間に、平和より戦争の方がましだという声さえあらわれていると、自ら職のない不安定な日々をすごし、右翼になったりもした雨宮処凛は伝えている。どん底を経験した雨宮は小林多喜二の「蟹工船」をいまの若者の現実そのままだと語り、当時といまの違いは当時は若者たちがさまざまにむすびつき、たたかいに参加して時代を動かす力になったが、いまは一人一人が孤立してみじめな暮らしを強いられていることだと指摘して、新しい結集を求めて活発に発言し、活動している。
 http://www.magazine9.jp/karin/080116/080116.php

 このような動きは次第に強まり、マンガ「蟹工船」が若者たちの間にひろがり、小樽商大(多喜二の母校)と白樺文学館小林多喜二ライブラリーが募集した若い人たちの「蟹工船」についての評論には多くの応募者が集まった。応募者はみな自分たちの生活、現代の生活と「蟹工船」の労働が類似していることを語り、新しい結集についてのきたいを語っていた。雑誌『すばる』や『毎日新聞』などではこのような動向を新しい時代の動向として伝え、最近では多喜二の死を記念して『朝日新聞』が「『蟹工船』重なる現代 小林多喜二、没後75年」と題する特集を組んでいた。
  アサヒコム2008年02月14日ひと・流行・話題
  http://book.asahi.com:80/clip/TKY200802140098.html

 ブッシュの自滅的戦争も終末に近づき、世界の歴史は変化しはじめた。サプライム金融の破綻もあり、変化を求める動きは世界に広がっている。世界経済はアメリカと密接に結びついているが、EUユーも中国・インドも、アメリカとの関係を維持しながらもアメリカ離れの道を探っている。日本はあいまいな態度だが、結局はいままでのような対米従属ををいつまでもつづけることはできないだろう。日本も変わらなければならないのだろうが、狭い世界に閉じ込められてきた日本の若者たちははたしてはっきりした展望を切り開くことができるだろうか。

 2月はたちまち過ぎて行こうとしている。春一番が吹き、梅の花もいっせいに咲き始めた。歴史は急激に動こうとしている。学校は学年末で多忙なことだろう。杉花粉の季節だ。皆さん身体を大事にしてお過ごしください。私は風邪をひいたり、胃をこわしたり、酒もタバコもやめてしまって、通信の発信もすっかりおくれて心配をかけた。春になれば元気になると思う。ご安心ください。

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