第277号 侵略か解放か
>>日々通信 いまを生きる 第277号 2008年5月5日<<
侵略か解放か
発行者 伊豆利彦
URL http://homepage2.nifty.com/tizu/
『こころ』
「悪い人間という一種の人間が世の中にあると君は思っているんですか。そんな鋳型に入れたような悪人は世の中にあるはずがありませんよ。平生はみんな善人なんです。少なくともみんな普通の人間なんです。それが、いざという間際に、急に悪人に変るんだから恐ろしいのです。だから油断ができないんです」
「文芸と道徳」
有体に白状すれば私は善人でもあり悪人でも――悪人と云うのは自分ながら少々ひどいようだが、まず善悪とも多少混った人間なる一種の代物で、砂もつき泥もつき汚ない中に金と云うものが有るか無いかぐらいに含まれているくらいのところだろうと思う。
「私の個人主義」
事実私共は国家主義でもあり、世界主義でもあり、同時に又個人主義でもあるのあります。
漱石は1910年夏、胃腸病院入院中の断片に次のように書いている。
「アルismヲ奉ズルハ可。 他ノismヲ排スルハlifeノdiversityヲunifyセントスル智識欲カ、 blindナル passion[yuouthful]ニモトヅク。さう片付けねば生きてゐられぬのはmonotonousナlifeデナケレバ送レヌト云フ事ナリ。 片輪トモ云ヒ得ベシ。lifeハactionニテdeterminateナリ思想(感情)ニ於テindeterminateナリ。 indeterminateナルハ茫漠ナル故ニアラズ。 アラユルalternativeヲ具備スル故ナリ」
あるイズムを奉じるのはいいが、他のイズムを排するのは生の多様性を統一しようとする知識欲か、(若い)情熱にもとづく。そう片づけなければ生きていられないのは単調な人生でなければ送れぬということだ。障害があるともいうべきだろう。生は行為で決定的だ。思想や感情は非決定的でさまざまである。非決定的なのは茫漠たる思考のためではない。あらゆるもう一つの考え方を具備しているからである。
昔、日本人はすべてに一様な考え方を強制されて、多様な考え方を許されなかった。いまでも黒か白か、善か、どちらかにきめてしまわなければ気がすまぬものが多い。事物は、多面的に、さまざまな角度から考えることが必要だ。チベット問題は私たちの思考を多面的にし、歴史に対する態度を深めてくれる。
1950年にチベットは中国に侵略されたというが、中国は人民民主主義の発展として、ダライラマを頂点とする農奴制を変革し、奴隷解放を実現したのだということもできると思う。この革命にはチベット人民も参加していて、チベット自治政府の幹部はチベット人だ。台湾に逃亡した国民党政府と同様に、ダライラマとともにインドに逃亡したのは10万の地主階級で、100万の農奴が解放されたのだという。アサヒニュースターのパックインジャーナルで田岡俊次がダライラマが中国に帰ってくるときは、この10万の奴隷主たちも帰って来ることになるので、問題は単純ではないと述べていた。中国から亡命したダライラマ一派はアメリカのCIAから資金を供与されていたという。ウィキペディアには「ダライ・ラマ14世側はCIAから170万米ドルにのぼる資金援助を1960年代に受けていたことを認めた。」と記されている。
(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%9E14%E4%B8%96#CIA.E3.81.A8.E3.81.AE.E9.96.A2.E4.BF.82)
CIAといえば、今度の聖火妨害の先頭にたつ国境なき記者団もCIAから資金を供与されているとウィキペディアには記されている。アメリカと中国は経済的に深い結びつきがあるが、米中対立もまた根深いのだ。<自由と民主主義>はアメリカの金看板だ。この旗を立てたGPOやマスメディアはもちろんアメリカの政治的、経済的支配下にある場合が多いことは断るまでもない。こうしてみると、今度の騒ぎを単純にチベット人民の抗議とだけみることはできないと思う。参考のために解放後間もなくのチベット人共産党員の文章を紹介する。
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解放された農奴は毛主席を永遠に忘れない
チベット族 ルンチェンワムジ
わが国の西南辺境によるチベットは、解放前には、最も反動で、暗黒で、残酷で、野蛮な封建領主農奴制度の支配下にあった。毒ヘビのような三大領主(チベットの地方政府、寺院、貴族)のあくことのない抑圧と搾取のもとで、農奴はその血と汗を吸いあげられた。たびかさなる労役は農奴の体をむしばんだ。空は高いが農奴を腰を伸ばす権利を持っていなく、土地は広いが、農奴には一寸の土地ももてなかった。口をきく道具としての百万の農奴は、牛馬のようにこき使われ、鞭うたれ、売買され、殺害された。そればかりか、年中飢餓・死線をさまよっていたのだ。私の故郷であるヒマラヤ山脈の北のふもとにある貧しい村を例にとろう。解放前の四、五十年の間に、この村の貧しい住民―― 一八三戸のうち五十五人が村をにげ出し、十八人が三大領主のために殺され、二十八人が馬小屋や道端で餓死した。わたしの一家は先祖代代奴隷だったから、人間らしい生活をおくったためしがなかった。チベットの農奴が強いられていた境遇は、世界でもまれにみるものであった。
待ちに待った救いの星――毛主席と共産党が、私たちを解放してくださった。毛沢東思想にみちびかれて、わたしたち百万の農奴は立ちあがった。奴隷の首カセをうちくだき、三大領主をうち倒し、封建農奴制度をくちがえして、幸福な社会主義社会への道を踏み出したのである。祖国のチベットはすっかり変わった。かつて、われわれチベット族の政治、経済、文化は長い年月にわたり、停滞と衰退の状態にあった。農業も畜産業も衰退の一途をたどり、衣食の需給さえ不可能であった。工場は皆無にひとしく、資源にめぐまれる百二十余万平方キロにのぼるチベット高原では、ネジ釘もマッチもつくることができなかった。しかし、いまはちがう。農業、畜産業を営む人民公社がチベット高原にあまねくでき、農業は年々豊作をおさめている。かつて作物はつくれないといわれていた海抜四、五千メートルをこえているのである。工業も発展し、人跡まれな雪山のところに近代的な工場がつぎつぎに新設され、しかも、タカも巣をつくらない谷間に、公路や橋が新設されている。渓流をはさむへんぴな谷間にも水力発電所が建設された……。
以下全文↓
http://maoist.web.fc2.com/tib/jc770901.htm
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田中宇さんは「北京五輪チベット騒動の深層」(田中宇の国際ニュース解説 2008年4月17日)に次のように記し、この騒擾に国際情報機関が関与しているとかなりくわしく論じている。事態を正確に認識せずに、ただむやみに中国攻撃の言動をくりかえす言説が氾濫している際だから参考になると思う。
北京五輪チベット騒動の深層
【2008年4月17日】 暴動というものは、何かきっかけがないと起きない。オリンピック前の重要な時期にチベット人を怒らせたくない中国政府は、チベット人をできるだけ懐柔し、暴動が起きないようにしていたはずだ。中国政府でもダライラマでもない何者かが、暴動を誘発したと考えられる。ダライラマ以外の亡命チベット組織の人々には、大した力はない。とすれば、最大の容疑者は、歴史的に亡命チベット組織を支援誘導してきた米英の諜報機関ということになる。
→http://tanakanews.com/080417tibet.htm
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4月29日は昭和の日、5月3日は憲法記念日だった。チベット問題を昭和の戦争、戦後の民主化と天皇制の問題などと関連させて考察するつもりだったが、問題が大きすぎるのであらためて書きたいと思う。
4月のおわりから5月のはじめにかけて東北地方を旅行してきました。胃潰瘍に苦しみ、酒もコーヒーも嫌いになり、タバコもやめた。頭の調子もわるくて文章も書けない。すこし気分を転換するつもりで出かけたが、すでに82才だから、もう完全に隠居した方がいいのかもしれない。思いもかけぬ事態が次々におこって、黙っていられないのは業深いことだ。
苛酷な労働と貧困が蔓延し、昭和の初年を思わせる事態が次々におこる。小林多喜二の世界が決して現代と無関係でないことがあきらかになり、若い人たちの間にも『蟹工船』に描かれた世界はいまの現実そのままだというような声が広がっている。また、憲法9条の改正に反対する人々が、改正支持派より多数になるという調査結果が出るなど、新しい情勢が発展している。年金問題や老人医療の問題など、戦後憲法がめざした社会福祉が憲法改正をめざす右翼勢力の手によって次々に破壊されている現在、あらためて、戦争と平和の問題を、国民の生活の問題として発展させるときがきた。バターか大砲かという言葉がいまさらのように実感をもって迫ってきた。
五月の好時節を迎え若い皆さんはエネルギーが満ちあふれていることだろう。私もまたいましばらく元気を出して発言をつづけるつもりだ。よろしくお願いします。
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Comments
伊豆様へ
外部勢力による侵攻について、解放であるか否かを最終的に決めるのは内部権力によって自由(自律の権利)を規制されている人達であるのは自明のことであり、一方、権力がもたらす恩恵に浴している人達が侵略と受けとめるのは至極当然のことのように思います。
チベットの問題を考察するための第一のポイントとしては、1912年までの清朝による間接統治下のガンデンポタンの支配体制をチベット民衆が人権問題を含めてどう評価しているかを捉える必要があるでしょう。第二のポイントは、政権樹立の直前まではチベットの「民族自決」を原則的に許容していた中国(中共)が、成立直後には自決権の極端な縮小化を打ち出すことになった真相の解明です。前者はチベットの一般民衆にとって人民解放軍の侵攻が実際に解放であったかどうかを判定するための要素たり得ますし、後者は中国のアジア戦略が有する本質もしくは侵略性を決定づける根拠の証明になり得ます。
斯く謂う私もこの二つのポイントを然程クリアできている訳ではありません。尚且つ、自国の権力構造の実像さえも正確に把捉ができていないのに、他国の権力者達の動向を掴むことが可能かどうかは非常に怪しいものだと、内心忸怩たる想いに駈られているのが実情です。今後も資料や情報の渉猟に努めていくことが肝要であると深く自省している次第です。
Posted by: 莫人 | 05/08/2008 at 07:26 AM