第280号 北京オリンピック開会式
>日々通信 いまを生きる 第280号 2008年8月15日<
発行者 伊豆利彦
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北京オリンピック開会式
今年も8月15日が来た。今年の夏は格別に暑いようだが、63年前の夏も晴天が続く暑い夏だった。広島、長崎、そして8・15と当時を語る人々の言葉がテレビを賑わせている。そして北京のオリンピックだ。
オリンピック開会式は盛大そのものだった。最新の科学技術と発光する衣装をまとった数千人の見事なマスゲームと夜空を飾る花火の光芒が結びつき、光と色が織りなす巨大な幻想的な世界が観客を圧倒した。
電飾付きの「ほとぎ(缶)」と呼ばれる中国古代の打楽器2008台をを打ち鳴らすカウントダウン、北京の夜空をいろどる花火の打ち上げではじまった。少女の「歌唱祖国」独唱しにあわせて中国構成各民族の衣装を着用した子供たちが中国国旗を掲揚台に運び、中国国歌演奏、中国国旗掲揚のあと、中国の文明の歴史を主要テーマとしたアトラクションがはじまった。
「朋あり、遠方より来たる、亦楽しからずや。」論語巻頭学而篇第一の言葉が缶の演奏とともに唱和され、古代の巻物をかたどった舞台で、紙と筆の発明から木簡、竹簡の時代にさかのぼり、中国の歴史でもっとも栄えた漢と唐の時代を中心に、当時の装いをした多数の美女たちの行列が延々とつづいて、古代文明の歴史がくりひろげられた。第2部は未来を展望する現代の歴史へと展開するが、このパフォーマンスが少女の独唱と論語の言葉ではじまり、世界文明への大きな寄与となった紙と活字の発明を強調した意味は大きい。
少女の独唱ではじまったアトラクションは、第2部では多数の子供たちが、荒廃して鳥も棲めなくなった大地に植林して緑の大地にかえ、やがて鳥たちも戻ってきて、新しい時代が開かれる。ここには環境破壊とたたかい、子どもたちの努力で未来の平和と和諧社会を実現する夢が語られている。<鳥の巣>をかたどる体育会場はここから巣立つ子どもたち、未来への夢が託されていたことをこのアトラクションではじめて知った。いま人類は新しい未来に向けて飛び立とうとしている。価値観(イデオロギー)や体制を異にする多くの国々が集まってこの壮大な夢を実現しなければならぬない。この壮大な夢こそ中国がなんとしても世界へ向けて発信したいメッセージだった。
選手入場についても、一般的なアルファベット順でなく、漢字の画数の順に行った。この入場式には中華文明の誇示があるが、西欧文化、その価値基準が絶対的な基準なのでなく、中国には中国、アジアにはアジア、世界各国には各国の文化と基準があり、多様な文化の共存と共同こそ平和と和諧社会を実現するためには必要なのだと主張したのだ。
中国はこのオリンピックを100年の夢として、ぜひとも成功させたかった。このオリンピックに反対する勢力の動きも活発だったが、中国は軍隊さえ動員して、過剰と思えるほどの警備体制で断固として抑圧した。人権抑圧に対する非難はごうごうと沸き起こったが、いかなる非難にもかかわらず、中国政府は断固としてこの夢を実現させる強い意志と行動力を示した。
「国威発揚」のためのものだとするひややかな論評が多いが、しかし、意図だけでこれだけのパフォーマンスを実現できるものではない。現実は意図を裏切るものである。いま大事なのは意図によって評価するのでなく、実現された事実によって評価することだろう。「国威発揚」のためのものであったとしたら、中国は大いに国威を発揚したのだ。
世界の耳目があつまるこのオリンピックは中国がかかえる弱点をも露出した。チベットやウイーグルの暴動は中国がかえる問題の端的な現れで、オリンピック成功のための言論の自由に対する過剰な抑圧や、人権を圧迫する過剰警備などは中国の国家基盤の不安定さ、後進性の現れなのだろう。その意味でこのオリンピックは中国が解決しなければならない矛盾が露出した大会でもあった。
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ロシア軍がグルジアに進入し、新しい緊張が生まれた。
★☆掲示板から★☆
8308.伊豆利彦 > グルジア問題は、イラク戦争、チベット問題、パレスティナ問題等々、続出する民族紛争と共通する複雑さを共有しているように思われる。自由、人権、独立、民主主義などという大義名分が、結局は混乱をよび、紛争を拡大している。そして、いつでも犠牲になるのは現地住民で、大量の難民を生み、また、新しい紛争を生む。いま、大義名分の正ししさを競うことではなくて、現地住民の平和と生活を守ることを軸に問題を解決する道を探る必要がある。平和とは妥協であるとして、原理主義者たちから攻撃されてきたが、いま、思考の軸を転換する必要がのではないだろうか。 ( 8月13日(水) 10時6分 )
8310.伊豆利彦 > 芥川龍之介はブルジョアは白い手に白い棍棒を持ち、プロレタリアは赤い手に赤い棍棒をもって力の限り殴りあうがいい。私はしかし、ロシアで餓死したドストエフスキーの孫を見ているーーという意味のことを書いていた。 ( 8月13日(水) 14時50分 )
8311.伊豆利彦 > 広津和郎は米ソ対立の渦の中で次のように書いた。 ★この文章を書いていて強く心に残ったのは「『平和』と『平和』の絶叫が高調に達する時、われわれは『戦争』の足音の近づきを聞いて恐れおののくのです。何故かというと、それは古来の歴史が証明しているからです。戦争はいつでも『平和のため』という旗印を先に押し立ててやって来るものだからです。」(「多難なれども」『群像』一九五〇年八月号)という言葉である。→「いまよみがえる広津和郎 散文精神について 」http://homepage2.nifty.com/tizu/sengo/imayomigaeruhirotukazuo.htm ( 8月13日(水) 17時24分 )
8315.おやおや > やはり、背後にアメリカがいるのでしょう。グルジアはアメリカをたのんで挑発行為にでたのでしょう。あたらしい冷戦時代が始まっているのだろうか。 ( 8月14日(木) 9時44分 )
8316.伊豆利彦 > 親ロ的なオセチア人をグルジアが弾圧し、これを理由にロシアが侵攻した。アメリカはこれを人権と独立を犯すとして攻撃している。例の人権外交だ。かつての日本の場合、ドイツの場合、イラク戦争の場合も同様だ。これからどうなるか。ただ、現地住民が犠牲になることだけはたしかだ。 ( 8月14日(木) 9時57分 )
8317.伊豆利彦 > 野間宏の「暗い絵」に大魚が中魚を食い、中魚が小魚を食い、その小魚がさらに小さな魚を食っているブリューゲルの絵のことを書いていた。 ( 8月14日(木) 11時59分 )
8325.伊豆利彦 > 国際関係とはこのように複雑怪奇だ。自由とか人権とか美しい言葉を並べて、陰にかくれた勢力の意のままに操られる訳にはいかない。木を見て森を見ない愚は避けたい。 ( 8月15日(金) 10時31分 )
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今日は8月15日。
日本にとっては敗戦の日ということなのだろうが、中国や韓国にとっては解放の日であった。獄中にあった人々、思想や言論の自由を奪われて、沈黙のうちに日々の抑圧に耐えてきた人々にとっても同様だ。
その日の感動を宮本百合子は「播州平野」に記している。燈火管制をしなくていい夜が来たのだ。しかし、戦争が終わって、明るい夜が来たとき、改めて、もう二度と帰って来ない人々、戦争で命を失った人々のことが思われた。
久しぶりの明るさは、わが家の在り古した隅々を目新しく生き返らせたが、同時に、その明るさは、幾百万の家々で、もう決して還って来ることのない一員が在ることを、どんなにくっきりと、炉ばたの座に照らし出したことだろう。強い光がパッと板の間を走ったとき、ひろ子はよろこびとともにそのことを思いやって鋭い悲哀を感じた。
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堀田善衛は「記念碑」に南の島で飢えて死んだ多くの若者たちの海鳴りのような足音を書いている。
死んだ人々はどこへ死んでいったのだ.
眼をつぶると、ぞろぞろ、ぞろぞろ、と草履をひきずるような音が聞えて来る。また、どさ、どさ、どさ、と、重い軍牝をひきずって、暗い冥府を、暗い海の底を、不規則な足音をたてて行く足音が聞えて来る。亜細亜と南海の陸と海との隅々から、死んでいった若い人たちが、死んだときの、殺されたときの形相そのままで、………
http://tizu.cocolog-nifty.com/heiwa/2005/08/1612005815__7005.html**********************************************************
★今年はテレビで戦争について語る番組が多いようだ。アフガンに空爆を始めた2001年10月7日から8年の歳月が経っている。イラク戦争開戦からも5年たって、戦死者4000、負傷者3万、何時になったら終わるか分からない行き詰まり状態で、改めて、戦争について考えるようになったのかと思う。
戦争の経験者が80才を超え、死ぬまでに語っておきたいという思いが強まったということもあるだろう。もう、誰に遠慮することもないという思いから、これまで語らなかった事実を思い切って語るということも多くなったと思う。
戦争を経験したからといって戦争を知っているわけではない。日がたつに連れて、新しい戦争を経験するに連れて、過去の戦争はその相貌を新たにする。戦争は、経験した世代も経験しなかった世代も、あらゆる経験と知識を集め、共同
戦争の時代に生まれ育ち、敗戦の前後に青春を送って、その晩年に再びまた戦争の時代にめぐりあった人間として、自己の生涯と重ね合わせて、戦争とは何かについて書いておきたいと思うが、妻が腰椎の圧迫骨折で動けなくなり、私自身も、さまざまに体をこわして、書き続けることができなくなった。
しかし、暑さも頂点を超えたのか、いくらか体調を回復した感じがする。多喜二ブームもあり、若者たちに変化が生じ、世の中の空気も変わって来たように思われる。老耄の身ではあるが、力が残っている限り、若い人たちに思うことを書き残しておきたい。
今後ともよろしくお願いいする次第だ。
小林多喜二については次号に譲る。
残暑きびしき折から、体に気をつけてお過ごしください。
パソコンが故障して、発送名簿がわからなくなり、希望しない方にも送信して、ご迷惑をおかけしたと思います。おゆるし願います。


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