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11/04/2008

第285号 選挙の季節 アメリカ 日本 多喜二

>日々通信 いまを生きる 第285号 2008年11月4日<
      
 発行者 伊豆利彦       
 ホームページ http://homepage2.nifty.com/tizu/

選挙の季節 アメリカ 日本 多喜二

選挙の季節だ。アメリカの大統領選挙はいよいよ大詰めになり、チャレンジが旗印のオバマ氏が圧倒的に優勢だという。オバマ氏はイラクからの撤退を唱えていて、これが国民の支持をえているようだ。医療制度でも徹底的改革を唱えている。

アメリカの大統領選挙を見ていると、自由な選挙活動に感心する。支持者になったばかりの若い学生が戸別訪問をし、通行人に支持を呼びかけている。この若者たちの自由な運動が黒人候補のオバマの支持を拡大した。選挙資金も公的資金を受けず、支持者の小口カンパを募って、9月に集めた資金が過去最高の1億5000万ドル(約152億円)を突破したという。
ロイターによれば、9月に新たに寄付した人は63万2000人で、これまでの合計は310万人、9月の1人当たり平均献金額は、100ドル以下だった。 しかも、献金額は毎月しり上がりに増加し、九月はこれまで最高だった八月の二倍に達したという。
http://www.asahi.com/international/reuters/RTR200810200051.html?ref=reca

 オバマ氏の勝利はそれ自体でアメリカの歴史に大変革をもたらす政治的事件であるが、私はその結果と同時に、選挙運動に参加すること自体が閉じ込められた生存を強いられた黒人たちや若者たち、広範なアメリカ人の意識を変革し、新しいアメリカを生み出すことに期待したい。政治変革は人間変革を生み、また変革された人間が政治変革を実現するのだと思う。

戦争の時代、政治活動の自由を奪われ、歴史の大波に翻弄されて生きた私たちは、戦後の政治運動に参加することで主体としての自己を回復し、人間として生きる喜びを実感した。その後今日までさまざまなことがあったが、結局、この感動がその後60年の私の生涯を決定したのだと思う。この感動を小林多喜二は『東倶知安行』に書いている。そして、それは多喜二の生涯を貫き、プロレタリア作家として生き通させることになった。

1927年は金融恐慌の年で、銀行の取付騒ぎが続出した。この年7月には芥川龍之介は自ら命を断ったが、この暗い時代の動向と無関係だったとは考えられない。1928年2月、日本で最初の普通選挙が実現し、多喜二は生まれて初めて選挙活動に参加した。

このとき知り合った組合の人々について多喜二は、親分肌の委員長の源さんや、「鉄みたいに冷静な」組織部の渡等々をはじめとして、工場から来るもの、港の積荷人夫の一人一人に至るまで、「それ等がすべて全く新しい(傍点)『驚異』をもって迫って釆た」と述べている。(「『一九二八年三月十五日』」『若草』昭和六・九)

『東倶知安行』はこのときの経験を記録した作品である。銀行の狭い壁の中に閉じ込められた生活から解放され、生まれて初めて自由な人間として、未知の世界の人々と結びつき、歴史に働きかける主体として演壇から聴衆に語りかけ、聴衆と一体になる感動を多喜二は語った。

戦後は「政治と文学」といえば、政治は文学や人間を束縛し、疎外するということばかりが強調されがちだが、多喜二は政治による人間の支配と束縛から人間を解放するたたかいこそ人間的であり、そこに文学の端緒があることを強調した。

いま、非人間的な労働条件に苦しむ若者たちが『蟹工船』に自分たちの現実を読み、ばらばらに切り離された孤独と絶望からの脱出の道を求めて動き始めている。いまだアメリカの青年たちのように変革を求める政治運動に結集するにはいたっていないが、いま、その端緒の動きは始まっていると思う。「政治と文学」の問題はいま新しく日本の青年の問題になろうとしている。

『文学界』十一月号に柄谷行人、黒井千次、津島佑子の「『蟹工船』では文学は復活しない」と麗々しく銘打った座談会が掲載されていたが、作品を読み返すこともせず、『蟹工船』に感動するいまの若者たちについて知ろうともせずに『蟹工船』は「勧善懲悪の小説」だときめつける柄谷の古ぼけた意見が得々と語られているだけのつまらないものだった。「グローバリゼーションに抗しうる文学とは」などと副題があったがここにはそのような文学の可能性についての何の示唆も得られなかった。かつては新鮮な問題提起をしていた柄谷らも年老いてしまったという思いを禁じ得なかった。

『蟹工船』が発表されたのは1929年、アメリカから始まった大恐慌の大波に世界が巻き込まれていった底知れぬ暗黒の時代だった。いまはまた、金融危機に襲われて、アメリカ中心の世界体制が崩壊し、新しい体制を模索して世界がもがき苦しんでいる時代である。アメリカの大統領選挙もこのような転換を求める動きの一つであり、『蟹工船』ブームもまた若者たちのそのような動きの一つだと思う。いまはまた、若者たちの右傾化や、戦争待望の声が生まれ、秋葉原事件に代表されるような事件が頻発する時代だ。一方でドストエフスキーの『罪と罰』が読まれ、一方で小林多喜二の『蟹工船』が読まれる。追い詰められた現代の若者たちは、はたして新しいを開く勢力に発展するのだろうか。

アメリカのオバマブームに比べて、同様に政権交代を迫る日本の民主党に迫力がなく底の浅さが感じられる。かつて『蟹工船』が発表された時代はプロレタリア文学全盛時代で、文壇はプロレタリア文学一色といっていいほどだった。しかし、やがて満州事変に突入し、弾圧が狂暴化して多喜二が殺される前後から転向の波が押し寄せて、左翼の運動はほとんど息の根をとめられ、中国に対する泥沼戦争は対米英戦争にまで発展して周知の結末を迎えた。柄谷行人はそのような日本のプロレタリア文学の底の浅さを指摘しているのだと思うが、過去は繰り返してはならないのであり、そのために過去の研究と現代の新しい問題の研究が必要なのだと思う。

いまの『蟹工船』ブームを過去の再現に終わらせてはならない。そこにいまの若者たちの課題がある。戦後の『蟹工船』ブームもやがて消滅し、旧ソ連の崩壊とともに社会主義の全面否定が支配的になった。しかし、いま、アメリカの一極支配は崩壊し、資本主義の矛盾も表面化してきた。旧ソ連体制が崩壊し、ブッシュ体制も崩壊して、新しい世界体制が求められている。オバマ体制はそのような体制への道を示すのだろうか。それにしても、日本の政治の現状はあまりに暗い。いまの『蟹工船』ブームは若者たちを目覚めさせ、新しい時代を生む端緒となるのだろうか。

秋もいよいよ本格的だ。体調が悪くて出歩くことが困難で、十分秋を味わえないのが残念だ。皆さん、健康を大事にして、この好時節を存分にお過ごしください。

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