第286号 転換の時代
>日々通信 いまを生きる 第286号 2008年12月5日<
発行者 伊豆利彦
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転換の時代
アメリカの大統領選挙はオバマ氏が圧勝した。アメリカ史上はじめての黒人大統領が誕生する。キング牧師の公民権運動の端緒となったバスの白人専用座席への着席をめぐって起きたローザ・パークス逮捕事件から53年だ。就任演説でオバマは、アトランタで1票を投じた106才の黒人女性について語った。奴隷制が終わってわずか1世代後に生まれた彼女は、女性であることと肌の色が理由で投票できなかった。オバマは「今夜、この1世紀に米国で彼女が見たすべてのことに思いをはせたい。傷心と希望、努力と進歩、『不可能だ』と言われ続けたことに対して、『我々はできる』という米国の信条を進めようとした人々のこと」と語った。
上院議員2年というまったく未知数の新人候補オバマ氏が、ひたすらchangeを叫び続けて、人種の壁を破り、ヒラリー・クリントンをはじめ経験豊富で高名な候補者たちを破って民主党候補となり、本選挙に当選した。演説がすばらしかったからと言われるが、オバマの当選は100年に1度と言われる経済危機が発生したことによるところが大きかったと思う。破滅に追い詰められたアメリカ人がひたすら脱出を求めchangeを求めて未知数のオバマに賭けたのだろう。
オバマ氏の父は、奨学金でケニアから留学生として渡米してきた黒人で、ハワイ大学で知り合った白人の女性と結婚し、オバマが生まれた。父母が離婚して父は帰国し、母は大学で知り合ったインドネシア人と再婚して、オバマはインドネシアのジャカルタで過ごし、地元の小学校に通った。10才からハワイの母の祖父母に育てられ、コロンビア大学(政治学、特に国際関係論専攻)卒業後、シカゴに転居して地域振興事業に従事し、職業訓練支援などを行った。その後ハーバード大学ロースクールに入学し、法学博士の学位を得てシカゴに戻り、人権派弁護士として活躍し、貧困層救済の草の根社会活動を通して1996年にイリノイ州議会上院の議員に選出された。
(経歴は『ウィキペディア(Wikipedia)』による)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%A9%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%90%E3%83%9E
黒人ではあるが留学生として渡米した父と白人の母の子で、白人の母と母方の祖父母のもとで青少年時代を送り、ハーバード大学に進んだオバマは、エリートコースを歩いた特別な黒人で、貧困と屈辱にさいなまれる多くの黒人とは異なる道を歩いた。しかし、人種の壁はオバマの前途をも阻みつづけたが、この障害を乗りこえることで、オバマは自己の能力を高め、アフリカ系アメリカ人の可能性を切り開いて行った。オバマのたたかいは体制に対するたたかいではなく、先人のたたかいによって獲得された憲法を支えとし、それが切り開いた可能性をひたすら生きたのだった。憲法を獲得し、それを現実化するたたかいは黒人だけのたたかいではなかった。人種や性別を超えたアメリカ人のたたかいがそれを実現した。
就任演説のオバマは一人の名もない黒人の老女を思い浮かべ、彼女が経験した苦難の日々を通して、アメリカの歴史、アメリカが達成したことについて語り、アメリカの可能性について語った。彼はアメリカの歴史を、アメリカに生きた一人一人の歴史として、一人一人の悲しみ、苦しみ、努力、希望が生み出したものとして語り、一人一人の国民に向かって語りかけた。
彼の選挙は「働く人たちがなけなしの貯金をはたいて、5ドルや10ドル、20ドルを提供して、そうやって築き上げていったもの」だった。この一人一人の小さな力と努力が結集して、未曾有の力を生み出し、いまここにかつて想像することも出来なかった新しい黒人大統領を生んだ。はじめての黒人大統領を生み出したのは、アメリカの100年に1度と言われる危機に直面して、アメリカ人が人種差別や、思想や政治的立場の違いを乗りこえて、この危機を乗りこえるアメリカ人の結集を求めたからだ。
オバマ次期大統領はこの勝利を、繁栄を求め、自由と解放を求め、あらゆる悲しみや苦難に耐えて努力を積み重ねてきたアメリカ人の勝利だとしている。しかし、それはたたかいの終結なのではなくて、たたかいのはじまりなのだ。いま彼は彼を大統領にした大変な危機を克服するためのたたかいに出発する。期待が大きいだけに責任も大きい。オバマの肩にはブッシュがこしらえた巨大な負の遺産がかかっている。次期大統領に課せられた課題は、これまでアメリカが経験したことのないような深刻な危機である。打開の道は既知のものとしてはどこにもあたえられていない。いまはただここまで歩んできたアメリカ、黒人大統領を生んだアメリカの民主主義、一人一人のアメリカ人を信じ、一人一人のアメリカ人に、どんなに小さな力でも、すべてのアメリカ人の力を結集すれば、この危機を乗りこえることができるーYes we can!と言うしかない。
ブッシュは世界を敵と味方に分け、イラクやイラン、北朝鮮を「悪の枢軸」と呼び、EUをはじめ世界各国の反対を押し切ってイラク戦争をはじめ、イラク人民ばかりでなく、自国の多数の若者を戦場で死なせた。また戦争は泥沼と化し、莫大な戦費はアメリカ経済を破壊した。国民は犠牲ばかりが拡大するむなしい戦争にあき、撤兵を求める声が強まったところに、今度の回復不能とさえ思われる金融危機であり、さらにはアメリカ経済のシンボル自動車産業の壊滅的破たんである。
オバマ次期大統領の課題は戦争の終結であり、経済危機の克服とアメリカの再建である。分裂ではなくて世界とアメリカの和解と統合の実現である。危機は深刻で1日の余裕もない。未だブッシュ大統領の任期中であるにもかかわらず、次期政権の重要人事を発表し、新しい政権の基本方向を世界と自国の国民に示した。驚くべきは民主党の大統領候補を争ったヒラリー・クリントン氏を国務長官に起用し、ブッシュ政権の国防長官ゲーツ氏の留任を決めたことだ。いずれもイラクからの撤退をめぐってオバマ氏と対立した人物である。オバマ次期大統領は、選挙中、彼を支援して戦った民主党左派からは閣僚を選ばず、立場や意見の異なる人々を集めて次期政権の中核を構成した。これにはchangeを訴える黒人候補オバマに期待した私も、オバマの後退を思い、落胆と不安を感じないわけにはいかなかった。
しかし、オバマはこれらの選ばれた人々はすぐれた個性と能力の持ち主で、異なった意見と立場の優秀な人材を集め、相互の討論を通じて、これまでにない新しい実行力のある政権をつくるのだと言い、決めるのは自分だと強く主張したのを聞き、保守とかリベラルとか、あるいは在来の政治的立場を示す言葉ではとらえきれない新しい政治の創造を主張していることに、期待する思いを強めた。次期大統領は未曾有の危機に対して、未曾有の政権構想で対応しようとしている。自分と同じ意見のメンバーを集めれば、政権内の意見の一致は容易で、思うような政治ができるかもしれない。しかし、いまの危機を乗りこえるには不十分だ。自分たちの意見を超えた新しい力、未曾有の危機に対する未曾有の強力な政権をつくるためには、異なった意見のメンバーが徹底的に討議して新しい方針を生み出していく必要がある。これがオバマ新政権の基本的立場なのだとオバマは主張する。
この政権の成すべき課題は明瞭で、メンバーは一致した基盤に立っている。意見の対立をのりこえるためには、強力なリーダーシップが必要だが、さまざまな立場や意見のひとびとを結集し、圧倒的多数のアメリカ人の支持を得た、アメリカで最初の黒人大統領オバマ氏は、自分にはそれができると信じている。異なる意見、異なる立場のメンバーを結集して、オバマ氏の目指す一つのアメリカ、一つの世界を実現することができるだろうか。決して楽観することはできないが、私はオバマ氏を次期大統領にえらんだアメリカを信頼し、その可能性に期待したい。
オバマ次期大統領への期待は、あらためて日本の政治の情けなさを思わせる。何もかも正反対だ。日本の政治は何代にもわたって世襲議員が支配している。言葉はきれいだが現実を知らぬ彼らは、言葉遊びのような詭弁・強弁を繰り返した挙げ句、難局に直面するとたちまち政権を投げ出してしまう。今の麻生首相にしても、いつ、どんな形で辞任するかわからないと思う。自民党は何十年もつづいて無気力になり、既得権にしがみつく腐敗しきった利権集団になりさがった。当然のことだがここからは明日を開く活力のほとばしりは見られない。
小沢氏はただ政権交代をいうばかりで、民主党政権ができればどれほどの変革がもたらされるかのイメージは明瞭でない。鳩山氏も菅氏もすでにくたびれていて新鮮なものが感じられない。米国に従属して戦後の何十年かを過ごし、自らの運命を自ら開く自立の精神を喪失してしまった日本の不幸がここにある。いまの世界的危機に対しても政治的空白は許されないなどと言って、国民の支持を失った政権維持に利用するくらいのことしかできない首相が限りなく支持率を低下させながら、いつまでも居すわりつづける日本なのだ。
今年は小林多喜二の『蟹工船』が大変な売れ行きで、<蟹工船>という言葉が新語・流行語大賞に選ばれた。非正規社員に対する過酷な処遇が若者の間で<蟹工船><カニコー>とよばれている。そして、この年末から来年初めにかけて、大量のクビキリが強行され、大きな話題となっている。アメリカ発の経済危機は、もはやアメリカの顔色を見て行動すればいいというわけにはいかない。政界の鈍感さはあきれるほどだが、若者たちもまたぼんやりしてはいられないところに追い詰められている。いま、『蟹工船』ブームから若者たちの新しい運動を宣言する『超左翼マガジン ロスジェネ』が刊行されるなど、新しい動きが始まった。長い間太平の夢に魂を見失っていたように見える若者たちが、政治的にも前衛性を回復するのだろうか。日本でも、2009年はますます大きなクビキリの嵐が吹き荒れて、若者に対する打撃が強烈になると思われる。日本の若者たちはこの危機の中から新しい生命をもってよみがえることができるだろうか。新年を望む年の暮れに、例年にない不安と希望のときめきを覚える。
『蟹工船』が出版された1929年の大恐慌については『怒りの葡萄』や日本では徳永直の『失業都市東京』などで読んでいたが、いま、日本でそれを経験することになるわけだ。いま、改めて「悲劇は来た」という漱石の言葉(『虞美人草』)が新しい意味をもってよみがえってくる。生涯の終わりの時期にこんな思いをするとは想像していなかった。
皆さんはこの年の暮れをどんな思いでお過ごしだろうか。寒さの折から体に気をつけて精一杯お過ごしください。


Comments
私はオバマ政権の人事を見て、超党派と言いながら、オバマ・クリントン政権じゃないかと考え込んでいます。副島隆彦氏は、「多分、オバマは2年で行き詰って、H・クリントン国務長官が大統領となる」と見通しています。自動車BIG3の救済策が、議会で遡上にのぼりますが、”中途半端な金額で、当面の運転資金(来年のオバマ大統領就任の頃まで?)にしかならない、ブッシュ政権はオバマに解決のバトンを渡して去る(逃げる?)”という見方が当たっているようです。オバマ大統領の誕生は、私も期待したいのですが、オバマは自分の責任でない”黒いツケ=トランプのジョーカー(ババ)”を引かされる損な大統領になるのではないかと危惧しています。
私が要注意として強調したいのは、サマーズという人物が政権の中枢部に加わったことです。クリントン大統領の時に、日本の政治家を恫喝して、「奴らは何でもワシの言うことに従う」と豪語していた男です。クリントン時代、アメリカは日本を軽視して、中国をアジアのパートナーとして重視していたので、オバマ政権はその流れを踏まえる可能性が高そうなので、アメリカとの関係は”保護主義=日本企業いじめ”が心配されます。その一方で、アメリカの国家財政がドルの暴落を止められず、破たんの方向へ進んでいることも見逃せません。このことにより、アメリカの在日米軍のプレゼンスに変化が現れるのは間違いないと思います。アメリカは日本に一層の”思いやり予算増額”を押しつけてきそうです。しかし、日本国民がしっかりしておれば、こうした圧力を撥ねつけ、「無茶なことをおっしゃるなら、日本政府保有のアメリカ国債を売却します」と言えば良いのです。アメリカ政府の財政危機は、日米の政治的経済的軍事的従属関係を変える良いチャンスになると私は考えています。
Posted by: 御影暢雄 | 12/07/2008 at 10:01 PM