新掲示板2に学校を正常化するために非日の教師や教科書を追放せよという意味の投稿があったので、いよいよこの掲示板にも非日とか、追放とかいう言葉が登場したかと、次のようにコメントした。
非日はやがて非国民という言葉になるのだろう。
国賊とか売国奴とかいう言葉が氾濫したとき、日本はどういうことになったか。
ところが、この投稿が投稿者によって削除されてしまった。
どういうわけなのだろう。
実は、この投稿をきっかけに、愛国心の問題を考えたいと思っていたのに、残念なことだ。
自分が生まれ育った国を愛するのは自然な感情だ。
ちょうど20年前、1年ばかり中国で暮らしたことがある。
日本語かの教師や学生にとりまかれて暮らしたので、日本語ばかり使って暮らし、その点では苦労はなかった。
おかげで中国語は一向に上達しなかった。
それでも、大学を一歩出れば、日本語は通ぜず、やはり、緊張して暮らしていたのだと思う。
日本に帰ってきた時、日本語で用が足り、思うことが自由に通じる気がしてうれしかった。自由でのびのびした気分になった。
自分は日本人だ。日本人は日本人だと身に沁見てしみて思われた。
日本人である以上、日本の繁栄を願わずにはいられない。
日本人の幸福を願わずにはいられない。
やはり、私は日本を愛しているのだろう。
スポーツで国際対抗戦になると、やはり、私は日本の勝利を願い、日本を応援している。
しかし、日本を思い、日本人の幸福との発展を願うというのは、いまの日本の政治や社会を肯定することではないと思う。
日本の過去を美化し、それを誇ることではないと思う。
いまの私はしばしば日本を憎まずにはいられない。
おごりたかぶり、他国を見下している日本。
しかもアメリカには一も二もなく尻尾を振ってついていく。
私はむしろ、飢えに苦しみ、アメリカに脅迫されて、破滅寸前の北朝鮮の人民に愛情を感ずる。
なんとかして、彼らを幸福にしたいと思う。
こんな私を彼らは非日と呼ぶのだろうか。
しかし、私は自分が日本を愛していると思うのだ。
日本を愛する故に日本を憎むのだと思う。
愛していなければ憎みもしないだろう。
私が日本を愛していると強く思ったのは、1945年の初夏、日本の都市が次々に焼き払われて、日本の滅亡が迫っていることを、いやでも思い知らされなければならなかった時である。
私の家も焼けた。私はくらい心で巷をさまよっていた。
やがて、兵隊にとられる身であった。
絶望的な気分が私を支配していた。
しかし、ふと見た戦意高揚映画、「一番美しく」という題ではなかったかと思うが、少女たちが、神風の鉢巻きをしめて、一生懸命に働いている姿を映していた。
国策映画だと思いながらも、自分の生きる意味を見うしなっていた私はこの懸命な少女たちの姿に心をうたれた。
この少女たちのために、家を焼かれ、生きる術を失った人々のために、私は祖国を守る戦いに参加しようと思った。
やがて死ぬ虫が一生懸命に鳴いている。
その生涯に何の意味があるだろう。
意味があるから生きるのではない。
たとえ無意味でも、たとえ明日死ぬ身であろうと、いまを生きるのだ。
いまを全力で生きるのだ。
それが生きるということだと強く思った。
この時の生命の発見は、その後の私の生涯を決定したように思う。
いまも、同じ思いで生きている。
<いまを生きる>とはそういうことだ。
日本は亡びる。
漱石の作品に響くこの言葉に私はうたれる。
日本の滅亡を強く感じる故に、日本を思い、破滅へ向かって一路突き進む人々を思い、日本が生き延びるために、何かをしたいと思う。
そして、私は日本を食い物にし、日本を滅ぼそうとしているとしか思えない政治家や官僚、財界人を許せないのだ。
日本国民が、いまの危機を自覚し、生き延びることが出来るようにと願って、日々の思いを書き綴るのだ。
いま、卒業式と入学式の時期を迎えて、日の丸・君が代があらためて問題になっている。
今日のNHK「クローズアップ現代」で、この問題を取り上げていた。
演壇正面には大きな日の丸がを中央に、その左右には東京都の旗と校旗がかかげられている。
その大きさや、位置やかかげ方もきびしく決められているのだという。
「君が代」を歌うときは、起立し、大きく口をあけて歌わなくてはならない。
これに違反すれば処分されるのだという。
校長が、それを職務命令として文書として教員の一人一人に手渡したという。
そして、管理職や、都教委から派遣された職員が、教師一人一人を監視していると言う。
なんと情けないことだろう。
国旗・国歌法が国会で審議されたときは、決して教育の現場で強制しないようにとくりかえし強調され、その旨確認されていたはずである。
しかし、東京都の教育長は、国はそうでも、指導要領に、国旗・国歌の指導について定めれているのだから、国旗・国歌に対するマナーとして、厳格に取り締まるのだという。
いまの規律が弛緩し、秩序が乱れているときに、国旗・国歌の指導を通じてそれを回復するのだという。
これでは、日の丸・君が代は官僚支配国家、思想強制国家のシンボルだということになる。
国民の多数が反対しているのに、政治的に、過半数の支持を得たからといって国旗・国歌を制定し、今度はこれをテコにこの旗や歌を拒否するものを、法と権力でおさえつけ、処罰して、国民全体にこれを強制しようというのだ。
そして、これに反対する教師を非日教師として追放しようとする動きがあるのだ。私の掲示板に書き込んだ勢力は、まだ、それほど大きな力にはなっていないと思う。
しかし、次第にその勢力を増してきている。権力と結びつき、それに支援されて、やがて猛威を振るうことになるのであろう。
私が大学を卒業して高等学校の教員になったとき、校長が語った話をいまも覚えている。、天皇陛下という言葉が発せられると一斉に気をつけの姿勢になる。中学の話である。はじめは一年生だけがそうした。次の年は二年生までがそうした。そしてやがて、全校生徒がそうするようになった。そのことを、なぜ、その校長が若い私に話したのかわからない。1950年頃のことである。
日本がアメリカと講和条約を結び、再軍備の道を歩きはじめ、逆コースということが言われた頃のことである。
校長は校長なりに危機感を持ったのであったかも知れない。
とにかく、こうして、世の中は変わって行ったのだ。
はじめは処女の如く終りは脱兎の如しということばがある。
変化は加速度的に激しさを増すのだ。
いま起こっていることは、五年前には想像できなかったのではないか。
しかし、かつては想像もできなかったことが現実になる。
そのような時代に、いま、私たちははいっているのだと思う。
まだまだ序曲だ。
これからが大変だと思う。
こうして、破滅に向かって走りはじめた日本を私は愛するのだ。
国を思うとはどういうことか。
国を愛するとはどういうことか。
あの大平楽な森さんがゴルフのかえりに、料亭で愛国について説いている。神の国日本について語っている。
これはマンガだ。しかし、このマンガが日本を支配している。
いま、韓国の対日感情が大荒れに荒れている。
ノ・ムヒョン大統領の態度も激変した。
なぜ、そんなことになるのだ。
日本のマスメディアは、この事態に対してはっきりした認識を持っていないのではないかと思う。
この問題の背後には、日本政府のおそろしいほどの右傾化の事実がある。
日本の過去を肯定し、美化し、アジア人に対する露骨な侮蔑を示す政治家がいる。それに類する歴史教科書が、日の丸・君が代を教師たちに強制する東京都の教育委員会で採択される。
米軍と一体化し、中国をにらんでアジア包囲網の拠点に再編されようとしている自衛隊、そして、憲法を変えて、アジアのどこへでも、世界のどこへでも出て行ける軍隊をもとうとしている日本、いま、おこっているさまざまなことを、ばらばらに切り離すのでなく総合的に考えれば、日本に対してアジアが態度を硬化させるのは当然だと思う。
私はこのような日本とを憎み、これと戦わなければならないと思う。
春はようやく盛りを迎えようとしている。
桜も咲き、行楽の季節を迎えた。
学校も休みだ。
私もすこしのびのびしたいと思う。
みなさん、お元気でお過ごしください。
伊豆利彦 http://homepage2.nifty.com/tizu
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いま、憲法とともに教育基本法の改悪がたくらまれ、愛国心が強調される時代になりました。
あの、戦争の時代に少年時代を過ごし、陸軍二等兵として敗戦を迎えた私には感慨深いことです。
愛国心とは何なのだろう。
愛国心の強調は何をもたらすか。
愛国心がしきりに強調されるときは戦争に向かってつき進もうとしているときです。
創刊号を発行したのは2001年9月22日でした。
あの同時爆破事件の直後のことです。
あれから、3年半たちました。
この3年半は大変な時代で、その歴史が、日々通信のバックナンバーを見るとわかる。
一覧に並ぶ題目をみていると、この3年半がつくづくと思われる。
日々通信 いまを生きる 一覧
http://homepage2.nifty.com/tizu/tusin/@nt@.htm
記念のために創刊号を再録します。
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> 日々通信 いまを生きる 第1号 2001年9月22日 伊豆利彦
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私が生きているうちにこんな時代を迎えようとは思わなかった。そして、私はやがて七十五才になろうとしている。健康そのもと人にも言われ、自分でもそう思っていたが、体内には厄介な異物が発生していることが発見された。いま始まったこの時代の行く末を、その結末にいたるまで見極めることは出来ない。
このような時にめぐりあって、いままで読んできた漱石や啄木、芥川、その他多くの作家たちの言葉が新しい意味をもってよみがえってくる。歴史や人間があらためて新しく見えてくるような気がする。
いまほど私の内部に書きたい思いが沸騰している時はなかったような気がする。しかし、いまの私はすでに老耄して、それらを一つの文章にまとめる力はないようだ。一つのことを書こうとすると、もう一つのことが頭にうかび、また、もう一つのことがうかんで、とりとめなくなってしまう。これが確実な老いのしるしである。
これまで書いたものをまとめるようにすすめられても、幾つものテーマが浮かんで、なかなか一冊にまとめることが出来ない。それでも、『<昭和>とよばれた時代の戦争と文学』というテーマでほぼまとめたが、これもいつ出版できるか分からない。すでに私は過去の人間になったのだ。
私はすでにホームページを開き、いままで私の書いて来たものを公開する仕事を始めた。これは私に大きな力をあたえてくれた。まだ、私の書いたもので電子化されたもののうち一部しかuploadされていないし、はなはだ中途半端なものであるが、中途半端なまま、不完全なままに、人びとに読んでもらえるというのは、大変な喜びである。これからもたえず更新して行くのが、死にむかって生きていく私のこれからの仕事だと思う。
一冊の本をつくるということは、それはある区切りをつけることだし、それなりに完結させらなければならない。しかし、ホームページならば、それはたえず、更新されるし、たえず発展させられる。この自由さが私のような人間にはありがたいことである。いつ中断しなければならないかも知れないが、可能なかぎり自分の仕事として、努力していきたい。
ホームページという自由な言説な空間は私の精神を解放し、新しい可能性を開いてくれた。そして私は、さらに日々の断片的な思いを、断片的に書き記し、人びとに伝えたいと思うようになった。ご迷惑かも知れないが、随時私の思いを書き送りたいと思う。もし、感想や意見を寄せていただければありがたい。なお、私にこの決心をさせたのは、日文協近代部会の「葦の葉」がメルマガの形式で発行されるようになったことである。
この通信を受取った方がお友達に広げていただければありがたい。紹介してくださるかたのメールアドレスを知らせていただきたい。皆様のご支援で読者を拡大し、出来るだけながくこの仕事を続けたいと思う。よろしくお願いします。
私のメールアドレス fwie8781@mb.infoweb.ne.jp
ホームページ http://homepage2.nifty.com/tizu/
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【漱石の言葉】
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『こころ』先生と遺書
その上私は書きたいのです。義務は別として私の過去を書きたいのです。私の過去は私だけの経験だから、私だけの所有といっても差支えないでしょう。それを人に与えないで死ぬのは、惜しいともいわれるでしょう。私にも多少そんな心持があります。ただし受け入れる事のできない人に与えるくらいなら、私はむしろ私の経験を私の生命と共に葬った方が好いと思います。実際ここにあなたという一人の男が存在していないならば、私の過去はついに私の過去で、間接にも他人の知識にはならないで済んだでしょう。私は何千万といる日本人のうちで、ただあなただけに、私の過去を物語りたいのです。あなたは真面目だから。あなたは真面目に人生そのものから生きた教訓を得たいといったから。
私は暗い人世の影を遠慮なくあなたの頭の上に投げかけて上げます。しかし恐れてはいけません。暗いものを凝と見詰めて、その中からあなたの参考になるものをお攫みなさい。私の暗いというのは、固より倫理的に暗いのです。私は倫理的に生れた男です。また倫理的に育てられた男です。その倫理上の考えは、今の若い人と大分違ったところがあるかも知れません。しかしどう間違っても、私自身のものです。間に合せに借りた損料着ではありません。だからこれから発達しようというあなたには幾分か参考になるだろうと思うのです。
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