03/26/2005

遠藤周作 「海と毒薬」

平和新聞連載 文学にみる戦争と平和
  第51回 2005年3月 5日 遠藤周作 「海と毒薬」new
http://homepage2.nifty.com/tizu/sensoutoheiwa/hs@51.htm

前回の堀田善衛「記念碑」と同じく、戦後10年たち、朝鮮戦争によって経済復興が実現し、対米従属の再軍備が進行する地点で、日本とは何か。
日本人とはいかなる民族かということがあらためて問われている。

何気ない平和な風景の背後に、いまなお生きている戦争の記憶。

日本人とは何かと問うことは、自分はいかなる存在かと問うことだった。

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03/24/2005

ライブドアがんばれ

『朝日新聞』社説(2005/03/24)はメディア買収――堀江さん、荷は重いぞ と題して、次のように述べていた。

一部抜粋

 報道機関が本来の使命を果たすには、言論や表現の自由が欠かせない。その自由を侵すのは政治や国家ばかりではない。株主や広告主が喜ばないことでも、報じなければならない時がある。

 取材網を抱えるメディアは、その維持に多大な費用を投じている。それがあってはじめて、国民が知りたいニュースを伝えられるが、目先の利益につながらないことも多い。また、社員の献身があればこそ、スクープや調査報道などが成り立っている面も否定できない。

 読者や視聴者の知る権利を最優先しなくてはならないメディアは、かならずしも株主の思いのままにはならない存在とも言える。

記事全文
http://www.asahi.com/paper/editorial.html

◇◆
もっともな指摘だ。ライブドアがその役割を果たすことを期待する。
しかし、この忠告は自らに向けられるべきものではないか。
巨大な資本を擁し、莫大な費用を投じながら、新鮮な自前の記事がとみに少なくなったのが、いまのマスコミではないのか。
冒険がなく、新鮮さがない。
いまは、インターネットの情報にが新鮮でもあり、有益でもあるある場合が多い。
高額な給料を貰いながら、安定した職業として、冒険心を失っているのではないか。
公正とか不偏中立とかいいながら、もっともらしいことばかりならべているのではないか。
それだから堀江氏に馬鹿にされるのだ。

政府も、議会も、銀行も、産業界も、なんとなく事なかれの傾向が強い。
だから、私は堀江氏を支持する。
プロ野球でも、彼が立たなければ、結局、10チーム、1リーグになったのではないか。
彼が手を挙げ、波瀾ははじまった。
選手会はストまでやった。
そして、そのあとになって老獪な楽天だの、ソフトバンクが出てきたのではないか。
交流試合もはじまり、今年は少しは面白くなるかも知れない。

あのときも、服装のことだのなんだのを問題にした古手の経営者や評論家などがいた。
今度も、同じような古手の政治家が、何も知らずにえらそうなことを言っていた。

マスコミは公正であるよりは、尖鋭である必要があるのではないか。
自分の意見を持つ必要があるのではないか。

お笑いと、殺人ドラマと、後追い記事、もっともらしい独にも薬にもならぬ解説、これでは、インターネット時代にやっていけなくなる。

しかし、これが刺激になって、いくらか新鮮さをとりもどすならうれしい。
そういう意味でもライブドアは存在理由があるのだ。
既成のマスメディアに大きなことを言う資格はない。

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03/20/2005

永井荷風の「断腸亭日乗」について

森田さんの<2005年森田実政治日誌[70]>が<戦争を語り継ごうML>に紹介された。
森田さんの発言には以前から関心をもち、掲示板その他で紹介して来た。
この森田さんが、今度は永井荷風の「断腸亭日乗」を紹介している。

紹介記事は次の通り。

皆さん           西羽です


政治評論家の森田実氏は、18日の「政治日誌」で、「歴史は繰り返すのか
――永井荷風『断腸亭日乗』に学ぶ 」と題して、

< 親友のKさんから「いま永井荷風の『断腸亭日乗』を読んでいる。ア
メリカの友人から勧められた。アメリカの友人は、日本の現代史を研究し
ていて、『今日の日本と永井荷風が日記の中で書いた昭和初年から10年代
に非常に似ている』と言っている。たしかに非常に似ていると思う」と言
われて、私も読んでみました。同感しました。>

と書いています。以下、全文は、
http://www.pluto.dti.ne.jp/~mor97512/C0960.HTML

◇◆

戦後間もなく、荷風全集が刊行されて以来、荷風の「断腸亭日乗」には関心をもってきた。
特に、最近は思い出すこと多く、私のホームページにその抜粋を掲載した。

以下に私の掲示板に記したものを再録する。

荷風は「断腸亭日乗」を、清書し、製本し、後世に読まれることを期待していた。
官憲に発見されれば処罰されるので、一部を切り取ったり抹殺したりして、ももう一度、書き込んだりしている。

荷風の絶望は深かったが、後世に必ず読まれるときが来ると信じ、後世の参考になると信じていたのだ。

荷風の反権力の思想は徹底していた。
1935年頃の作品、「濹東綺譚」にもそれを読むことができる。
この荷風の精神をどう考えるか。

私も抜粋をつくっているので、興味があれば、参考にしてほしい。


212. 「断腸亭日乗」から 伊豆利彦 [URL]  2005/03/20 (日) 02:07
「断腸亭日乗」*1941年六月十五日 喜多村イン〔竹かんむりに均〕庭が『イン庭雑録』其蜩の『翁草』につきて

……平生の事は随分柔和にて遠慮がちなるよし。但筆をとりてはいささかも遠慮の心を起すべからず。遠慮して世間に憚りて実事を失ふこと多し。翁が著す書は天子将軍の御事にてもいささか遠慮することなく実事のままに直筆に記し、……
余これを読みて心中大に慚るところあり。……余は万一の場合を憂慮し、一夜深更に起きて日誌中不平憤懣の文宇を切去りたり。また外出の際には日誌を下駄箱の中にかくしたり。今『翁草』の文をよみて慚愧すること甚し。今日以後余の思ふところは寸毫も憚り恐るる事なくこれを筆にして後世史家の資料に供すべし。


日支今回の戦争は日本軍の張作霖暗穀及ぴ満洲侵略に始まる。日本軍は暴支膺懲と称して支那の領土を侵略し始めしが、長期戦争に窮し果て俄に名目を変じて聖戦と称する無意味の語を用ひ出したり。欧洲戦乱以後英軍振はざるに乗じ、日本政府は独伊の旗下に随従し南洋進出を企図するに至れるなり。然れどもこれは無智の軍人ら及猛悪なる壮士らの企るところにして一般人民のよろこぶところに非らず。国民一般の政府の命令に服従して南京米を喰ひて不平を言はざるは恐怖の結果……麻布聯隊叛乱の状を見て恐怖せし結果……忠孝を看板にし新政府の気に入るやうにして一稼なさむと焦慮するがため……元来日本人には理想なく強きものに従ひその日その日を気楽に送ることを第一となす……今回の政治革新も戊辰の革命も一般の人民に取りては何らの差別もなし。欧羅巴天地に戦争歇む暁には日本の社会状態もまた自ら変転すべし。今日は将来を予言すべき時にあらず。


六月二十日。

伊太利亜の友と称する文士の一団より機関雑誌押売の手紙来る。時局に便乗して私利を営むなり。本郷の大学新聞社速達郵便にて突然寄稿を請求し来る。現代学生の無智傲慢驚くの外なし。……余はかくの如き傲慢無礼なる民族が武力を以て隣国に寇することを痛歎して措かざるなり。米国よ。速かに起つてこの狂暴なる民族に改俊の機会を与へしめよ。

抜粋の全文は以下を参照されたい。
http://homepage2.nifty.com/tizu/bassui/basu%20nagai%20a%20dantyou.htm


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03/19/2005

ココログをはじめました

はじめてココログを立ち上げました。
みなさんと一緒に充実させていきたいと思います。

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