12/14/2006

asahi.com:香港長官選に民主派候補擁立へ 中国返還後初?-?国際

リンク: asahi.com:香港長官選に民主派候補擁立へ 中国返還後初?-?国際.

 来年3月に予定される香港政府行政長官選挙で、97年の中国返還後、初めて民主派政党の候補擁立が実現する公算が大きくなってきた。選挙の投票権を持つ「選挙委員」の選出選挙が10日投開票された結果、800人の定員のうち民主派支持の委員が134人を占め、長官選挙立候補に必要な選挙委員100人による推薦のめどが立ったためだ。ただ、長官選挙では親中派が支持する曽蔭権現長官(62)の再選が確実視されている。  民主派勢力は今後、今年結成された新党「公民党」幹部で弁護士の梁家傑氏(48)の立候補に向けた運動を本格化させる。

以下リンク先

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10/06/2005

第173号 2005年10月6日 若い世代の反アジア感情

 >>日々通信 いまを生きる 第173号 2005年10月6日<<

前号で鎌倉の仲地さんの決起集会が10月7日に開かれると予告したが、参議院背虚が告示されたため、中止になった。
間違って鎌倉まで行かれる方があるといけないのでお知らせする。

仲地さんを支持する勢いが日を追うに従って強くなっているということなので残念だが仕方がない。今後も皆さんの支持と応援を期待する。

次のような毎日新聞の世論調査結果が発表された。(私のブログ<ニュースへのコメント>参照)

リンク: livedoor ニュース - [本社世論調査]「中国に親しみ」31% 若い世代冷え込み.

 毎日新聞が実施した世論調査で、米国、中国、韓国の3カ国に対する親近感を聞いたところ、米国に対して「親しみを感じる」と答えた人が65%に上ったのに対し、韓国は4割強、中国は約3割にとどまった。特に中国に対しては68%が「親しみを感じない」と答え、20~40代の若い世代でいずれも7割以上だった。日中関係が政治的に冷却し「政冷経熱」と指摘される中、国民感情の冷え込みを浮き彫りにした。→

電車のなかで「嫌韓流」というマンガ本を読んでいる若者がいた。ベストセラーになっているらしい。

私の掲示板にも<日本人>と名乗る投稿者がこの本を読めと書いていた。
投稿は荒唐無稽な中傷記事だった。

若い日に反米宣伝の本が氾濫して、本でしか世界を知ることのできない私たちは反米感情に染め上げられたものだ。

若い世代の動向を嘆いても仕方がない。
なぜ、そうなったかを解明する必要があると思う。

彼らはアメリカ文化にどっぷりつかって成長した。
アメリカと日本を同体視する傾向さえあるようだ。

アメリカに親近感を抱くという若者も、いまの、アメリカのイラク戦争を肯定しているわけではあるまい。

アメリカに対する親近感も次第に低下の傾向にあると思うが、しかし、強大化する中国の経済力、世界への影響力に不安を抱く感情は強まっていると思われる。

アメリカの目でしか世界を見ることができない彼らは、アメリカの未来に対する不安がますますアメリカと一体化する方向を強め、アメリカ中心の世界体制をゆるがすものとして、中国に対する反感を強めているのではないか。

アメリカに対する劣等感が中国、韓国、朝鮮に対する侮蔑によって補償されるということもあるらしい。
韓国に対する悪口雑言の投書を読んでいると、そういう心の歪みが感じられる。
彼らは生活も不安定で、日本国内でも未来を閉ざされた不安な若者であるように思われる。
彼らは、自分より劣った者として、アジアの諸国民に下劣な罵詈讒謗をくわえることで、自分を慰めているように思われる。

こうした不安な心につけこみ、アジア蔑視の差別的な言葉でゆがんだプライドを煽りたてる傾向がマスメディアの世界に強まっているのではないか。

現代は、私たちが若かった時代とはちがって、国家による国民感情の支配は困難になっている。
いま、国民感情を支配するのはマスメディアの動向だ。
そして、マスメディアは広告産業に支配されている。
コイズミ選挙でも広告産業との結びつきが話題になった。
そして、広告産業を支配するのはアメリカの資本ではないのか。

私たちは自由な言論世界に生きていると思っているが、いまは新しい形での支配統制が行われているのではないか。

官より民へという言葉でコイズミは圧勝した。
だれもがこの言葉を疑わないように思われる。
民主党も、この流れに乗り遅れまいとして、みっともない足掻きをしている。

官もアメリカ一辺倒だったが、民はますますその傾向を強めるのだろう。
そのアメリカは世界で次第に孤立を強め、日本への働きかけを強めている。
アメリカはもはや中国と敵対する力はない。
米中関係は今後、裏面はとにかく、表面はますます密接になるだろう。
平和路線への転換をアメリカは余儀なくされている。
このとき、ひとり、反中、反アジア意識を煽りたてられ、アジアの緊張を維持する役割をになわされるのが日本ではないのか。

アジアの緊張がなくなれば武器しか売るものがないアメリカの産業は危機に追いこまれる。
日本は火中の栗をつかまされるのだ。
そして、国益第一主義のアメリカは、いつの日か日本を投げ捨てることになる。

日本はあぶない。いま、日本は日本の未来について自らの判断をもつ必要がある。

漱石の言葉が、ますます身に沁みるこの頃である。

秋も深まるこの頃だが、前月の末から訃報が相次ぐ。
義母が亡くなり、高松の葬儀に参列した。
義母の死は大正から昭和にかけての日本の歩み、世相や文化の変化をふりかえらせた。

武蔵の同窓会で熱心に私たちの世話をしてくれた大島君が突如、思いがけないことで亡くった。
同級生が死ぬと、みなに連絡し、いろいろつくしてくれ、みんなの骨は拾ってやると言っていた彼が、みなに先駆けて去って行った。
武蔵の時代を思うことは戦争の時代を思うことだ。

そして、大学の同期生で日文協でともに活動した杉山君が死亡し、今夜お通夜がある。

実は、いくらか体調をこわし、不安があるので、大島君のお通夜にも葬儀にも参加できなかった。
今日のお通夜はどうなるか。
死者を偲ぶことはめったに会えない友人たちと、自分達の青春について語り合うことだ。
体調がよければ、ぜひ参列したいと思っているが、どうなるか。
思うことが多いこの頃である。

気候不順なこの頃です。
皆さん、お体に気をつけてお過ごしください。

   伊豆利彦 http://homepage2.nifty.com/tizu/


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09/20/2005

第170号 2005年9月20日 アジアの新時代

六カ国協議が共同声明を出して、新しいアジアの展望が生まれた。
中国の努力が新しいアジアを開いた。
アメリカもそれを認めている。
これはアメリカのアジア政策の転換を意味する。
米朝関係は急速に発展するだろう。
米ソ対立の冷戦構造が崩壊した以上、核問題が解決すれば対立する理由はなかったのだ。
コイズミ政権も平壌宣言に従って国交回復を急ぐだろう。

拉致問題を煽りたて、事態を紛糾させたマスメディアには、いまもあれこれ事態の進展を妨げようとする動きがあるが、これも空しいと思う。
国交回復なしには拉致問題の解決はない。
拉致問題の解決なしには国交回復はないとして、拉致犠牲者の家族に経済制裁の拳をあげさせた勢力は何なのか。
この勢力にふりまわされ、政治の道具にされた犠牲者の家族が気の毒である。
しかし、いま、すべては新しい動きにのみこまれていく。
あらためて、拉致問題を政治の道具にした政治家やマスメディアの責任が問われる。

マスメディアがふりまいたどす黒い反朝意識は日本国民の心に残りつづけている。
しかし、南北朝鮮の対立反目も、いまの日本の比ではなかった。それが、急速に克服され、新しい南北関係を生み出している。
日本の対韓感情も急速に変わった。
対中感情も戦時から戦後へ、そして革命後、文革時代とそれ以後と変遷した。
なによりも大事なのは各国人民の交流である。

戦前の日本では米英人との直接的な交流は少なかった。
戦時中は毛唐とさげすみ米鬼、英鬼と罵った。
中国人に対してはチャンコロと呼び、国を奪われて日本に流出してきた朝鮮人に対しては、その貧しさの故に差別と侮蔑の意識をはびこらせた。
民族的偏見ということを思う。
しかし、いまは人民間の交流が容易になり、盛んになった。新しい国際感覚がうまれてもいいはずだ。

しかし、若い世代はアメリカに対してはべたべたなのに、アジアに対しては意外に無知であり、差別と偏見のとりこになっている。
これはなぜか。
対米従属の日米安保体制が生んだコンプレックスなのだろう。
この対米従属と対アジア蔑視の偏見が、これからのアメリカの対アジア政策に使われるのかも知れない。

アメリカは今後、対中関係をますます強化することになるだろう。
朝鮮に対しても、積極的に交流をすすめることになるだろう。
日本の価値は当然低下せざるを得ない。
さらに、アジアの米軍も縮小されるだろう。
そのかわり、日本の反アジア意識を利用して、日本の軍備を強化し、アメリカにかわってアジアにおけるアメリカの代理人に仕立てていこうとするのであろう。

<アジアの問題はアジア人の血で>というアメリカの理想を実現するためには、日本がたえず、アジア諸国といざこざを起こし、それをテコにアメリカから最新兵器を購入し、憲法改正を実現することが必要だ。

アメリカは中国なしにはやっていけない国なのだ。しかし、アジアが中国を中心に結合して経済的に発展し、平和がつづくことは望まないのだ。そこに、日本の役割がある。

日本はアメリカに従属して今日の<繁栄>を実現した。
しかし、いま、アメリカが軍事だけにたよる<張り子の虎>になり、軍事的にも、内政的にも追い詰められると、政策の転換が求められ、対日政策もかわらざるを得ない。

アジアと世界の変化のなかで、日本はいまその選択を求められている。
憲法改正して、アメリカのかわりに、アジアの憲兵として、アジア諸国におそれられる軍事大国になるか。
憲法を守り、平和な文化国家として、アジアの文化的経済的発展をささえ、アジア諸国の信頼と尊敬を得る道を歩くか。

九月十八日は日本の関東軍が柳条湖で鉄道を爆破して、それを口実に満州各地に軍を展開し、満州支配の突破口にした日だ。
一九三一年、七十四年昔のことである。
<九・一八を忘れるな>
中国人はその日を忘れていない。
隣人がその祖父を殺された日として記憶しているのに、殺した家の孫がその日を覚えていないばかりか、いまもそれを記念するのは我が家に反抗するものだと罵り、その殺人者を祀る行事をこれ見よがしにおこなったらどうなるか。

漱石の「明暗」に次のような言葉がある。

 彼女は前後の関係から、思量分別の許す限り、全身を挙げてそこへ拘泥らなければならなかった。それが彼女の自然であった。しかし不幸な事に、自然全体は彼女よりも大きかった。彼女の遥か上にも続いていた。公平な光りを放って、可憐な彼女を殺そうとしてさえ憚からなかった。
 彼女が一口拘泥るたびに、津田は一足彼女から退ぞいた。二口拘泥れば、二足退いた。拘泥るごとに、津田と彼女の距離はだんだん増して行った。大きな自然は、彼女の小さい自然から出た行為を、遠慮なく蹂躙した。一歩ごとに彼女の目的を破壊して悔いなかった。彼女は暗にそこへ気がついた。けれどもその意味を悟る事はできなかった。彼女はただそんなはずはないとばかり思いつめた。そうしてついにまた心の平静を失った。

11月には中国で小林多喜二の国際シンポジウムが開かれる。
日本の中国侵略戦争に反対してたたかい反戦作家のシンポジウムを中国で開く意味は大きいと思う。
その成功のために努力したい。

皆さん、お元気でお過ごしください。

 伊豆利彦 http://homepage2.nifty.com/tizu

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07/09/2005

第155号 2005年7月7日 [1] ロンドンの戦慄 [2]蘆溝橋事件の日に

[1] ロンドンの戦慄

おそれていたことがついに起こった。
アラブ人民に対する無法な攻撃に対する反撃だ。
憎悪は憎悪を生み、暴力は暴力を呼ぶ。
現代文明の中心に対する多様な攻撃が連続的におこるとすればどうなるか。
いま、私たちは想像もできないほどおそろしい事態に直面しているのではないか。
人民の抵抗は軍事力ではおさえられない。ひとたび人民が目覚め、反撃をはじめれば、それをおさえることができない。

事態はこれからどう展開するだろうか。
日本の小泉首相らは事態の本質が見抜けず、許されない暴挙だとかなんとか無意味なことを言うにとどまるだろうが、アメリカの反応はどのようなものであろうか。

アメリカは逆上し、アメリカ国内のアラブ人に対する弾圧はますます過酷になるだろう。
アメリカの狂気は、これに反対するまともな言論や良心的な人々に対する圧迫をますます強めることだろう。
それはアメリカ民主主義の神話を破壊し、アメリカを内部から崩壊させることになる。
一つの文明はこうして破滅を迎えることになる。
私たちはそれをあの悲惨な戦争から学んだ。

[2]蘆溝橋事件の日に

今日、7月7日にこの事件がおこったことは感慨深い。
1937年7月7日は、蘆溝橋で一発の銃声をきっかけに、日本軍が中国全土に大軍を展開し、中国人民の抵抗にあって、ぬきさしならぬ泥沼にのめりこむことになった戦争の始まりの日である。

軍事力では日本は圧倒的に優勢だった。
日本軍は連戦連勝、たちまち、首都南京を攻略し、上海を制圧した。
国民党政府は南京から武漢に移り、さらに重慶に後退した。
日本は広大な地域を占領し、主要な都市を支配した。
しかし、それは日本の破滅のはじまりだった。
劣弱な経済力で大きな戦争をたたかい、広大な地域を支配して、住民たちの抵抗にあう日本は国力の限界に達し、深刻な物資欠乏に苦しむことになる。
このような日本は占領地域の収奪を強め、中国人民の反感と反抗をますます強めた。
こうして中国共産党は人民の支持と援助を得て、強大になった。
日本の侵略が中国人民を目覚めさせ、民族的な自覚、統一と団結をつくり出した。

かつて、中国は眠れる獅子と言われた。上海のバンド(黄浦江公園)などには<支那人と犬入るべからず>という立札があったという。孫文は、中国人民は砂のようだと言った。
帝国主義列強がそれぞれに軍隊を派遣し、競って権益を奪い、多くの地域が割譲を余儀なくされた。
中国人民の近代の歴史は侵略と屈辱、貧困と苦難の歴史であった。
中国を侵略したのは日本だけではない。
しかし、おくれて近代化の道を歩き、帝国主義列強のあとを追って帝国主義的侵略の道をあるいた日本は、その後進性と経済的劣弱さの故に、ひたすら武力にたよって、もっとも露骨で野蛮な侵略国となり、中国人民の抵抗運動を呼び起こした。
英米仏等の先進帝国主義国は国民党政府を援助し、中国を全的に支配しようとする日本を阻止しようとした。日本は経済的に締めつけられ、物資の欠乏が極端になり、南方に血路をもとめて、英米蘭を敵とする世界戦争に突入した。緒戦こそ勝利に沸いたが、その結果は悲惨なものだった。

中国は戦勝国になったが、それは悲惨な勝利だった。大戦終結後も国共の内戦がつづき、相互に撃ち合い、殺し合った。。
内戦が終結し、中華人民共和国が成立したのは1949年10月だった。
1950年には朝鮮戦争がはじまり、米軍が国境近くまで攻め寄せた。
革命に勝利しても、人民の生活は悲惨なものだった。
米ソ冷戦がつづき、中国はひたすらソ連の援助を得て、経済の復興につとめた。
しかし、やがて中ソ対立を生じ、ソ連の援助は得られなくなった。
自力更生をスローガンにする中国はたよるべきものは人民の労働しかなかった。
貧困がつづき、文化大革命がはじまった。
文化大革命も同胞あい撃つ悲惨なものだった。
日米と国交を回復したのは1972年、文化大革命が終結したのは1977年だった。

私は1985年から86年にかけて、河北大学で講義をしたが、国民生活は自由を拡大し、復興の気運にもえてはいても、まだまだすべてにおくれていて、私のような特権的外国人も生活は不便だった。
それから20年、中国は日に日に経済的に成長し、発展した。10年前に北京で暮らしたときは、もう、不便を感ずることはなくなっていた。

中国の発展は目を見張るものがある。
アメリカともEUとも 、そして日本とも、活発な貿易をして、さらに大きな飛躍をしようとしているのだろう。
特に、東南アジア諸国、ロシア、韓国等との交流を強め、東アジア共同体の構想も進展しているようだ。
しかし、門外漢で常識的なことしかわからないが、その内包する矛盾もまた大変なものだと思う。
この矛盾を克服して、限りなく前進しようとしているのがいまの中国であろう。

中国は歴史に学ぶということを強調する。
いま、戦後60年、世界史が一つの転換点に立っているとき、この100年、この60年の歴史をふりかえるなら、日本との関係が、やはり、もっとも重大であり、深刻であることはあきらかだ。

もし、中国が日本の支配を脱することができなかったら、いまも、悲惨な植民地的奴隷的状態にあえぎ続けていなければならなかったろう。日本の帝国主義的支配とたたかい、独立を回復して、はじめて、今日の中国は可能になったのだ。
また、ソ連に従属していたらどうだったか。
アメリカに従属していたらどうだったか。

もちろん、中国は日本から多くのことを学んだ。
ソ連からも、アメリカからも、多くを学んだ。
しかし、そのいずれかに屈従していたら、今日の中国はない。
一国の自由と独立は、国の発展の基礎なのだ。
中国が<抗日戦争勝利>を記念し、それを国民教育の基礎とするのは当然のことだと思う。
そのことと日本との友好を深め、相互の交流協力によって、あたらしいアジアの安全保障と発展を実現しようとすることは矛盾するものではない。
なによりも、両国の友好と協力の前提は、過去の侵略戦争を否定することである。
しかし、事態はそのように発展しなかった。
日本が過去の侵略戦争に対してあいまいな態度を取っているからである。

日本の経験はいまの現実を考えるうえでもいろいろヒントを与えてくれる。
しかし、日本は過去の戦争に対してどのような認識をもち、それに学んでいるか。
敗戦直後の日本は明らかに過去の戦争を否定していた。
日本のあらゆる主観的心情や願望や善意にもかかわらす、そのためのあらゆる努力と犠牲にもかかわらず、軍事力に依存してそれを実現することはできないということを、あの大きな犠牲によってはっきり認識したのだった。
この認識が戦後制定された新しい憲法の基本精神であった。
この認識は戦後六十年の間にどう変わったか。
そこに、いまの日本とアジアの間のぎくしゃくした関係が生まれた。

すでに長くなりすぎたので、この問題については次号で考えてみたい。
<韓国再訪>の続稿もまた、次号以下に譲りたい。

今年の天候はたしかに異常のようだ。
世界の動向といい、天候といい、何がおこるかわからぬ不安な日々だ。
しかし、不安の中に、私たちは自分の思想をきたえることができるのだろう。
皆さんの健闘を祈る。

伊豆利彦 http://homepage2.nifty.com/tizu

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06/28/2005

第154号 2005年6月28日 韓国再訪 その2

前号の記事に対して、自分はその反対の経験をしたというメールがあった。
韓国人について<出会う人はみな親切で友好的>で<礼儀正しく親切だという印象>を持ったと述べたことに対する異議なのだろう。
同行の友人が韓国語に堪能だったからわかったというから、多分、ひどい悪口を韓国語で浴びせられたのだと思う。
それは大いにあり得ることだ。
多くの韓国人の心には日本人に対する恨みと憎しみと憤りがあると思う。
日本に支配されていた36年の間にどれほどのひどいことがおこなわれたか。

それはもう、60年も昔のことになった。
加害者はそれを遠い過去の話だと言う。過去は過去として、未来の協力、友好について語り合おうと言う。
過去は忘れよと言う。いつまでも過去にこだわるなと言う。
しかし、忘れ得ぬ過去というものがある。
抑圧と差別、侵略、収奪、虐待の歴史は民族感情に深い傷痕を残すのだ。
それが民族的不信として現代の世界史を規定している。
それでも、時間はそれを薄れさせるのだろう。
遠い昔のことになってみれば、むしろ、その過酷な過去も新しい目で見直され、過去を直接に知らぬ若い世代は相互に直接の交流で新しい関係をつくり出して行く。
私はそれに期待した。
日本の韓流ブームや韓国の若者のコミックやアニメによる日本に対する親近感はアジアの未来にとって意味深いことだったと思う。
私は日本とアジアの関係について次第に楽観的になっていた。
しかし、それが急激に変化して、中国・韓国の反日感情がはげしく燃え上がっている。

韓国の世論調査によれば、<日本を信用していない>が90% 、<北朝鮮支持>が40%に達するという。
韓国民が<安全に対する脅威と感じている国>は2004年には米国が36.6%、日本が3.4%だったが、今年は米国が18.6%、日本が37.1%、北朝鮮が28.6%であるという。
対日感情のこの急激な悪化は何によるのか。
日本の政府筋やマスコミでは反日教育の結果だというがはたしてそうか。
彼らの言う<反日教育>がはたしてどういうものかについては論ずべきことが多いが、それは別の機会に譲るとして、その<反日教育>は戦後ずっとつづいたので、今年になって<反日教育>が急激に高まった理由とすることはできない。
むしろ、中国にしても、韓国にしても、いまの政府はこれまでの政府のなかではもっともつよく日本との友好協力を求める態度を取っていたのではないか。

いま、EUは一つの行きづまりに直面しているが、それでも今日にいたるその発展には学ぶべきことが多い。
そして、アジアにも東アジア共同体、さらには印度もふくむアジア共同体の展望がアジア諸国民に大きな希望を与えるようになった。
しかし、このときにわかに<反日感情>が噴出してきたのだ。
その原因は<靖国問題>に象徴されるように、主として日本の側に問題があるように思われる。
日本に対する期待が強まれば強まるほど、それを裏切る日本の態度が<反日感情>を激発しているのではないか。

<靖国問題>は小泉首相の偏屈な行動様式が生み出した孤立した問題ではない。その根底にはあの1945年8月にいたる日本の歩みをどう考えるかという<歴史認識>の問題がある。この日本の歩みを反省し、これを否定するのでなければ、アジア諸国民との今後の友好・共同、アジア共同体の展望は開けない。

今年は1905年の日露戦争から100年、戦後60年ということで、中国でも韓国・朝鮮でも、あらためて過去の歴史をふりかえり、新たな歴史への展望を求める運動が展開されている。
<歴史認識>の問題は、単に過去がどうだったかの問題ではなく、過去をどう考えるか、そしてその上に未来をどう切り開くかの問題である。
アジア諸国民の100年の歴史をふりかえるなら、その中心に日本の問題がある。あの戦争は日本だけの問題ではない。アジア諸国民のそれぞれの問題だ。
この戦争がなぜおこり、それはいかに悲惨な結果を生んだか。この戦争といかに戦い、いかにそれぞれの国の独立が獲得されたか。いかにすればあのような悲惨な戦争を繰り返すことなく、アジアの独立した諸国民による友好と共同を発展させ、限りない発展を実現できるか。
日本はアジアの味方なのか、敵なのか。それはアジア諸国民にとっていま切実な問題だと思う。

小泉首相はバンドン会議で、「植民地主義的な統治と侵略を通じて、過去において日本は多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に損害と苦悩をもたらした」と謝罪の言葉を述べ、戦後の日本が「あらゆる問題を力に訴えることなく平和的な手段によって解決しながら、軍事大国ではなく経済大国になるよう、常にその決意を新たにしてきた」と弁明した。

小泉首相の言葉は自分の言葉ではないように思われ、心のこもったものとは思えなかったが、それでもアジア諸国との和解をもとめ、平和の意志を示したものととして行きづまったにほんとアジアの関係を打開するきっかけとしては評価されたと思う。

このあと中国の胡錦濤主席との会談が実現したのだが、胡錦濤主席はこの言葉を実行で示してほしいと述べた。疑いは残るが、とにかく和解と協力へのきっかけにしたいという希望を表明したのだったと思う。

しかし、この期待はたちまち覆されることになる。
靖国参拝は自分の信念にもとづくもので、参拝するなとか、しろととか、他国から指図されるべきものではないというような小泉首相の発言があり、靖国参拝を正当化し、あくまでもそれを止めるつもりはない考えが表明された。

あげくの果てにはあの戦争は正当だった、戦争裁判は勝者の裁判で、A級戦犯は犯罪者ではないというような意見が政府関係者の森岡政務官から出された。細田官房長官はこれを政府見解とはちがうと述べたが、小泉内閣はこれを解任することはなかった。

あの戦争は正当な戦争で、侵略戦争ではなかったとする意見はこの数年間次第に広がっている。
小泉首相が参拝に固執する靖国神社は公然とこれを主張し、不法な裁判で非業の死を遂げた東条らは殉難者であるとし、これを神として祀っているのである。

このような主張は<新しい歴史教科書をつくる会>の主張でもあり、あの戦争を侵略戦争であり、アジア諸国民に対して謝罪すべきだという見解を<自虐的>であり、<非日的>だと罵るのである。

このごろ、私を憂鬱にするのは、前号で述べた電子版中央日報の一言欄である。そこには日本に対する夜郎自大的な思い上がりがあり、韓国に対する差別と侮蔑の思想がこれでもかとばかりに書きつらねられている。
このような賤しい排外的ナショナリズムに日本の若者が駆り立てられるようになったのはなぜだろう。
これは、戦後の屈辱的な対米従属の歴史が生んだゆがんだ感情であるかも知れない。
私はこのような若者たちを非難するのでなく、それがなぜ起こったのかを明らかにすることが大切だと思う。

この問題についてはこれから継続的に検討していきたいが、とにかく、いま日本の過去を美化し、過去の戦争を肯定する動きが次第に強まっており、それが、アジア諸国民に対する差別的、侮蔑的言動を生んでいる事実を直視する必要があるだろう。

このような動きに対して、中国と韓国・朝鮮は過敏に反応し、それにまた日本が過敏な反応を示して、この悪循環が現在の緊張した関係を生み出している。

韓国人が、礼儀正しく、親切だというのは、自分たちに好意をもち、理解しようとする人々に対してそうなので、敵意を感じ、差別的、侮蔑的な態度を感じると、たちまち敵対的になり、過去の怨恨と反感、反抗的激情が噴出するのだと思う。
この民族的反感と敵意、憎悪と怨恨の感情は戦後60年の歴史も洗い流すことができなかった。
そして、日本人のアジアに対する優越意識、差別と侮蔑の意識もきわめて根強いのだ。それが最近の中国の発展に対する対抗意識になり、反中意識を強めさせている。それはまた、韓国・朝鮮に対する侮蔑的態度を呼び起こしている。これに対して、中国・韓国・朝鮮は強烈な民族意識で反応している。特にそれは韓国・朝鮮においてはげしい。

韓国旅行の楽しい記憶を書こうとして、その入り口の所で思わずつまずいてしまった。
しかし、韓国とか中国を旅行するということは、このような問題と自らの体験を通して対決することだ。

ただ、暑さもあり、他にさし迫った仕事もあり、体調が悪いせいもあって、なかなか書き進むことができず、そして、書いたものは読者の皆さんを不愉快にするものになってしまったことをお詫びしなければならない。
しかし、私たちはおそれることなくこの不愉快な民族的感情の齟齬と向き合い、その克服のために努力すべきだと思う。

今年の梅雨は晴れた日が多く、異常なのではないかと思う。
思えば何がおこるかわからない、なにがおこっているかわからない時代だ。
心配してもどうにもならない。
なにがおこっても驚かない覚悟をもって、可能な限り現実を見つめ、可能な限り事態の打開のために自分のできることを積み重ねて行きたいと思う。

皆さん、お元気に、この梅雨の季節をお過ごしください。

伊豆利彦 http://homepage2.nifty.com/tizu

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