「人民網日本語版」2006年9月29日
http://www.people.ne.jp/2006/09/29/jp20060929_63545.html
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一方では、無惨に損壊した「万人坑」(戦時中に犠牲者が集団埋葬された穴)記念館、一方では、「万人坑」の修繕資金で建設された豪華な会議室。安徽省淮南市の「万人坑」記念館が修繕資金を流用して高級会議室を建設したとのニュースが、社会の広い関心を集めている。
ある人々は、「9.18」(柳条湖事件)はすでに大昔の話であり、ましてや中国人にとって屈辱的な日を、なぜまた記念する必要があるのかと考えている。また別の人々は、時代は進歩し、国家は強大化を続けており、次の世代には「ポジティブな教育」を主体にすべきなのに、なぜいつも自ら傷跡をえぐる必要があるのかと考えている。
しかし、栄光と恥辱はまさにコインの裏表のようなものであり、民族の歴史を構成する不可分の事象なのだ。魯迅は、歴史の上には中国の魂が書かれ、民族の未来が示されていると語った。中華民族の偉大な功績と比較しても、われわれは国恥をさらに深く心に刻むべきであり、なおざりにしたり、忘れたりしてはならない。「もしわれわれがあの歴史を失えば、歴史の教訓から進歩を得る機会も失ってしまう」からだ。
一部の大衆の国恥への「無知」が個人の認識の問題に過ぎないとするなら、政府機関や公共機関の職員による「冷淡さ」がもたらす負の影響と害はさらに深いといえる。都市建設と遺跡保護部門の「不作為」と「乱作為」は、再び日の光を見た歴史の罪証の効果的な保護を不可能にするばかりか、歴史遺跡の破壊と消滅を加速させてしまうからだ。近年、こうした痛ましい教訓は決して珍しいものではなくなっている。
毎年「9・18」になると、多くの都市が防空警報を鳴らし、国恥を忘れないように警醒しているが、都市の再開発では、往々にして歴史的価値や文化的価値ではなく、商業的価値が優先的に考慮されている。こう考えると、なぜ上海の四行倉庫が長年デパートに占用されているのか、なぜ南京の慰安所、徐州の地下水牢、瀋陽の「北大営」が「取り壊しと立ち退き」の運命を逃れられなかったのかを容易に理解できる。一部の地方指導者にしてみれば、保護行為などは開発による政治的業績と成果には、はるかにおよばない。なぜ一部の地方が「遺跡保護」の名目で、新しい「メルクマール建築」や、会館ビルを建設するのかというととが、ここから容易に理解できる。
「万人坑」を見た人は、誰もが累々たる白骨に震撼し、「深い心の痛み」とは何かを、骨に刻み心に銘じて理解する。旧日本軍が残した「万人坑」は、ある時期の歴史を映し、伝えただけでなく、世の人々に生々しい歴史教材を残したのだ。また、こうした教材は常に「絶版」であり、いったん破壊、消失すると復元できず、子孫たちに引き継ぐことなどなおさらできない。
「ザ・レイプ・オブ・南京」を書いたアイリス・チャンは「南京大虐殺の忘却は、2度目の虐殺だ」と語っている。歴史の遺跡をわれわれの手中で壊してはならない。遺跡の破壊によって、新たな歴史の罪人になってはならない。(編集NA)