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2005年9月 8日 (木)

日露戦後百年と夏目漱石

「日々通信」第165号 2005年9月7日    漱石一覧 

9月5日はポーツマスで日露講和条約が結ばれた日である。
日露戦後100年ということになる。
いま、私たちはどこにいるか、どこに行こうとしているか。それを知るために、この一世紀をふりかえってみたい。

ともすれば、私たちは前へ、前へと、ひたすら前方をのみ見て、自分たちの歴史をふりかえってみることが少ないのではないだろうか。

漱石は1911年3月「マードック先生の日本歴史」という文章に次のように書いた。

「維新革命と同時に生まれた余から見ると、 明治の歴史は即ち余の歴史である」

「歴史は過去を振返った時始めて生れるものである。悲しいかな今の吾等は刻々に押し流されて、瞬時も一所に低徊して、吾等が歩んで来た道を顧みる暇を有たない。吾等の過去は存在せざる過去の如くに、未来の為に蹂躙されつつある。吾等は歴史を有せざる成り上がり者の如くに、ただ、前へ前へと押されて行く」(低徊のテイはぎょうにんべん)

我等の二つの眼は「二つながら、昼夜ともに前を望んでいる。そうして足の眼に及ばざるを恨みとして、焦慮(あせり)に焦慮(あせつ)て、汗を流したり呼息(いき)を切らしたりする」

「恐るべき神経衰弱はペストより劇ハゲしき病毒を社会に植付けつつある」

「夜番の為に正宗の名刀と南蛮鉄の具足とを買うべく余儀なくせられたる 家族は、沢庵の尻尾を噛って日夜齷齪するにも拘わらず、夜番の方では頻りに刀と具足の不足を訴えている」

「吾等は渾身の気力を挙げて、吾等が過去を破壊しつつ、斃れるまで前進するのである」

 私は1926年生まれで、この年、大正天皇が亡くなられ、昭和と呼ばれる時代を迎えたから、この「明治の歴史は即ち余の歴史である」という一語は身に沁みる。

 漱石がこの文章を書いたのは1911年、明治44年であった。明治という時代は、この文章を書いた一年半あまり後に終わった。

 1911年といえば、1910年に幸徳事件が発覚し、この年一月に処刑されたのだった。日露戦後6年、日本は維新後40年あまりで世界の一等国に名を連ねたわけだが、その内実は苦しかった。

 日露戦争は日本がはじめて西洋の大国とたたかった大戦争だった。日本は敗けるかもしれない、それでも戦わなくてはならないという思いが日本国民を結集させた。

 ロシアは日清戦争のあと、日本から遼東半島を清国に還付させ、これを自らの支配下におき、その勢力を満州一帯から朝鮮に及ぼそうとしていた。

 このままでは日本は危ない、対露戦争は不可避であるとして、日清戦争後は対露戦争の準備が急がれた。臥薪嘗胆というような言葉が合言葉になり、国民は重税に耐え、多額の献金や公債を負担させられて、ひたすら軍事力の増強が急がれた。 

日露戦争は50万の兵士を動員し、死傷者は11万8千人、戦費は15億2千万円に達した。
 国民は勝利に沸いたが、講和による賠償金や領土割譲は、到底はらった犠牲を償うものとは思われず、不満が爆発して日比谷焼討事件になった。

 漱石はこの日露戦争の最中に「吾輩は猫である」を書きはじめ、戦後には「趣味の遺伝」を発表した。
 「趣味の遺伝」を見れば、漱石がどんな思いで、あの戦争を見ていたかがわかる。

「坊っちゃん」以下の諸作品は日露戦後の日本の現実と格闘する漱石が生んだ作品である。

「私の個人主義」は第一次世界大戦が勃発し、日本が青島を攻略した直後の講演である。
 そして死の年の正月に「点頭録」を書いた。
「明暗」は、死を目前にひかえ、想像もできなかったような戦争を展開するヨーロッパの現実を見据えながら書き綴った作品である。

 これらについてはすでにたびたび「日々通信」で触れてきたし、私のホームページに紹介の文章を掲載している。

 しかし、いま、イラク戦争の最中に日露戦争講和100年を迎え、その文学的生涯が、あらためて鮮明に浮かびあがってくる。
 私はあらためて、新しい気持で、日露戦後日本の問題、さらには近代日本の知識人と民衆の問題を、漱石を読むことで考えたいと思う。

 漱石は私の生涯かけて読んできた作家だ。
 これについての論考も数多く書いた。
 しかし、いま、9・11、イラク戦争を契機に世界史の転換が眼前に展開し、近代文明の矛盾が露出して、その終焉が問題になりはじめたいま、日露戦後の日本と全力をあげて格闘し、近代日本の諸問題を総括した漱石が新しく見えて来た。

 私の余命はもういくばくもない。
 私は私の漱石論をなんとかまとめたいという希望をもっていた。
 しかし、それを体系的に書き下ろす余裕はない。
 私の興味はあまりに多岐にわたり、漱石論一本にしぼりきれないのだ。
 それで、ホームページに「漱石雑談」というブログを開き、随時断片的な記事を書き、全体として、ひとつのまとまった漱石論を展開したいと思ったのだった。
 しかし、それも私の散漫に拡散する興味のためにすこしも進まなかった。今度、新しいテーマがうかび、なんとか書きすすめることが出来るように思う。

 もし、興味があれば私の「漱石雑談」をときどきのぞいて、感想や意見をコメントしていただければありがたい。
 私はそれを力に残り少ない時間のいくばくをそれに注いで、命のあるうちにいくらか目鼻をつけたいと思う。

 なお、日露戦争と漱石については、「近代文学の周辺 第五回 勝利の悲哀 漱石と蘆花」http://homepage2.nifty.com/tizu/syuuhen/@syuuhen5.htm
を参照していただければ幸いである。

 興味のある方は、「文学に見る戦争と平和」所収の次の項目を参照していただきたい。
http://homepage2.nifty.com/tizu/sensoutoheiwa/a%20sensou.htm
第三回 島崎藤村 「農夫」 (『藤村第詩集』「夏草」)
第四回 幸徳秋水 『二十世紀之怪物 帝国主義』
第五回 内村鑑三  寡婦(やもめ)の除夜 
第六回 木下尚江 『火の柱』
第七回 与謝野晶子 君死にたまうことなかれ
第八回 夏目漱石 「趣味の遺伝」 
第九回 徳富蘆花 「勝利の悲哀」
第十回 田山花袋 「一兵卒」
第十三回 夏目漱石「私の個人主義」

漱石と二十世紀 
http://homepage2.nifty.com/tizu/souseki20seiki/sousekinewpage1.htm
  第一回 ロンドンで二十世紀を迎える  
  第二回 『吾輩は猫である』と日露戦争
  第三回 「文明の革命」の思想  
  第四回 「新聞屋」として生きる
  第五回 漱石と社会主義
  第六回 変化する東京の光と影 
  第七回 月給で買われる人間
  第八回 「大患」と「大逆事件」後の新しい思想
  第九回 高等遊民
  第十回 『点頭録』と『明暗』 世界大戦と軍国主義の時代に

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コメント

漱石の「創作家の態度」には次のような言葉がある。

人には現在が一番価値があるように思われる。一番意味があるごとく感ぜられる。現在がすべての標準として適当だ と信じられる。だから(あした)になると何だ馬鹿馬鹿しい、どうして、あんな気になれたかと思う事がよくあります。

人間はどうして「現在」を価値あるものとして感じるだろうか。

「新ということ」として受け入れるからにほかならない。

しかし、「新」は明日になれば、「旧」になってしまう。

明日は未来と言えば未来だが、もっとも近い未来である明日になってからは、その「新」が価値を失ってしまうのだ。

漱石は「人間の歴史はこう云う連鎖で結びつけられているのだから、けっして切り放して見てもその価値は分りません」と述べていた。

歳月が過ぎ、ある時点から振り返っても、どこまでが過去で、どこからが現在か正確に分別することができない。

それほど時間は肌で感じる間もなく、流れいく。

だが、人間ほど現在にたよる存在はない。

価値の有無は、歴史的視点から評価されるべきだが、現在に全ての価値をもとめ、それに命を掛けて生きていく。

ところで、「現在」が「不条理」であればどうだろうか。

「現在」は暗いトンネルようなものであるに違いない。

盲者には何も見えなく、聾者には何の音も聞こえない。

しかし、現実世界にはこのような人間が数えられないほど多い。

日露戦争の時にも、その「現在」の「価値」は重要視されただろう。

しかし、国家イデオロギーによってその価値は徹底的に抑圧された。

あのころ日本人の大部分は、言論の自由を奪われ、国家の誤った方針をみすみす感じながらも報道操作に操られ、何一つ物が言えない状態であった。

学者や政治家も、先が読めず、結局自分の保身に汲々としていたのである。

作家としての漱石の苦悩はそこにあったのではないか。

「門」を読むと、しきりにそのように思われてくる。

当時の知的庶民の代表ともいうべき宗助は、こうした悪を肌身に感じながら、全くの大衆である妻や弟にさえ真実の思いを吐露できず、疎外感に苦しんでいたのだろう。

漱石は、そういう名も無き知的階層の沈黙の苦悩を書きたかったのだと思う。

個人主義を貫き自分に正直に生きることの出来ない社会、外へ外へと浮かれて人道を無視する明治政府、それに便乗して無自覚に貪欲に利得を追求する神もなく、哲学もない人たちが繁栄する社会、漱石はそういう社会で孤立する人間を描いたのだ。


投稿: 金 正 勲 | 2005年9月 9日 (金) 21時40分

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