« 2005年12月 | トップページ | 2010年4月 »

2007年4月20日 (金)

<新しい作品論>と「道義」 

  漱石一覧 

 今、ことあるごとに私の心に浮かぶのは、『虞美人草』末尾の「悲劇は遂に来た。来るべき悲劇はとうから予想していた」と「自然の制裁」を説いた甲野さんの日記である。「道義に重きを置かざる万人は、道義を犠牲にしてあらゆる喜劇を演じて得意である。巫山戯る。騒ぐ。欺く。嘲弄する。馬鹿にする。踏む。蹴る。──悉く万人が喜劇より受くる快楽である。この快楽は生に向って進むに従って分化発展するが故に──この快楽は道義を犠牲にして始めて享受し得るが故に──喜劇の進歩は底止する所を知らずして、道義の観念は日を追うて下る。道義の観念が極度に衰えて、生を欲する万人の社会を満足に維持しがたき時、悲劇は突然として起る。ここに於いて万人の眼は悉く自己の出立点に向う。始めて生の隣に死が住む事を知る。縄は新たに張らねばならぬを知る。第二義以下の活動の無意味なるを知る。而して始めて悲劇の偉大なるを知る」と言う。


 『虞美人草』は評判が悪い。特にその根幹をなす「道義」論は、封建的な旧思想・旧道徳として否定されがちである。しかし、いまは現代の<豊かな社会>、大量生産、大量消費の近代文明の矛盾が深刻になり、人類の破滅が切迫した問題として自覚される時代になった。あらゆる分野で、まさかと思うようなことが続発し、未来に対する不安が強まっている。オウムの事件や神戸の少年の事件、その他頻発する青少年の痛ましい事件は、現代に生きる人間の危機を切実に思わせる。いま私たちは現代の社会と文化、人間について、自分自身について、「自己の出立点」に立ち返り、根底から検討し直すことが求められていると思う。


 漱石は一八九四年、松山中学在任中に同校の『校友会雑誌』に「愚見数則」と題して、「理想なきものの言語動作を見よ、醜陋の極なり」「理想は見識より出づ、見識は学問より生ず、学問をして人間が上等にならぬ位なら、初めから無学でいる方がよし」と述べた。そして十年後、朝日新聞に入社する直前の「白井道也は文学者である」の一句で始まる『野分』でも、「学問は綱渡りや皿廻しとは違う。芸を覚えるのは末の事である。人間ができあがるのが目的である。大小の区別のつく、軽重の等差を知る、好悪の判然する、善悪の分界をのみこんだ、賢愚、真偽、正邪の批判をあやまらざる大丈夫ができあがるのが目的である」という白井道也の主張が述べられている。


 この一世紀も昔の主張は、今日においてもなおその意味を失っていない。しかし、現実とあまりにもかけ離れていて、まともに論ずるのも恥ずかしい気がするのである。何よりも私たち自身が「理想」を失って右往左往している。まさに「醜陋の極」であり、道也から「書物を開いて飯を食って満足しているのは、綱渡りが綱を渡って飯を食い、皿廻しが皿を廻わして飯を食うのと理論に於て異なる所はない」と言われても仕方がない。


しかし、いまごろ白井道也などを持ち出すのはとんでもない時代錯誤ではないか。いまはあらゆる理想が虚偽として否定される時代である。そもそも人間そのものが意味も目的もない存在なのだ。学問や教育から意味とか目的、理想とか道徳とかを排除せよ。このような主張が最も<現代的>な思想として、臆面もなく主張される。なるほど、それは極めて破壊的であり、革命的である。しかし、現実を少しも破壊せず、変革しない。むしろ、破滅に向かう現代を肯定し、あらゆる腐敗に手を貸すものであり、その意味で<現代的>なのである。


 石川啄木は「自己を軽蔑する心、足を地から離した心、時代の弱所を共有する心、そういう性急な心をもしも『近代的』というものであったならば、否、いわゆる『近代人』はそういう心を持っているものであるならば、我々は寧ろ退いて、自分がそれ等の人々よりより多く『非近代的』である事を恃み、かつ誇るべきである」と述べた。一九一〇年二月「性急な思想」の一節である。そして、同じ年の八月、大逆事件の嵐の吹きすさぶ中で書いた「時代閉塞の現状」では、「一切の美しき理想は皆虚偽である!」と宣言し、「我々の理想はもはや『善』や『美』に対する空想である訳はない。一切の空想をを峻拒して、そこに残る唯一つの真実───『必要』!これ実に我々が未来に向って求むべき一切である」と述べた。啄木は「一切の美しき理想」を否定すると同時に、自分自身の生活に立ち返り、「明日の必要」の観点から、人間を否定し、自己を否定し、結局は現実に対する戦いを放棄する近代の虚無的傾向と戦った。


たしかに、いまは理想なき時代、権威なき時代である。かつて人々の世界像を形成し、生きる指針となった宗教や思想は次々にその権威を失った。世界はいまは不透明な、すべてを飲み込むブラックホールのような、得体の知れない謎と化した。<新しい作品論>はこのような現代の状況と深くかかわっている。それは作者の意図やテーマ、主人公による統一的一元的な作品把握を拒否する。作品は読者によって始めて成立する多様な言語の集合、体系である。それ故、話者や視点など、話法の問題に関心が集中することになる。このような作品の解体と統合によって、新しい作品世界が出現し、<私たち>の読みが深まったことはたしかである。


私たちは <私たち>とか<みんな>とかいう言葉に対して拒否的な反応を示しがちである。これらの言葉によって私たちの個が押しつぶされて来たからである。あるいは自分を<特別な人間>だと思っているからである。<特別な人間>という自意識は幻想だと思うが、作品の読みは一人一人異なっている。<私>の読みは<私たち>とか<みんな>とかに還元されるものではない。私たちが書くのは<私>が<みんな>と違うからである。しかし、私たちがこれまでの読みに対立して、<私>の読み、<私の作品世界>について述べる時、私たちは自分だけの世界、<私>の世界から<みんな>の世界へと進み出ている。私は違うと自己を主張する時、私は<みんな>の読みを訂正しようとしているのである。すくなくとも、このような読みもあることを示し、<みんな>の読み、<みんなの作品世界>を多様化し、拡大しようとしている。


自己の内部に止まる限り、<私>の読みは絶えず揺れ動き、混沌としている。このとらえどころのないものを<みんな>の言葉によってとらえ直し、分節化し、構造化し、<私>を<みんな>のものにする努力によって、それははじめて明確なものになる。<私>は<私たち>に媒介され、内部は外部にさらされて、はじめてその存在を明確にする。しかし、もちろんそれは終わりではない。それによって私たちはさらに新しく<私>を発見し直し、自然と人間、世界を発見し直す。一つの作品論はもう一つの作品論を生む。その限りない運動の中に<私たち>の作品世界はある。


漱石や啄木は時代を支配する理想や道徳の虚偽性を暴露し、既成の思想や理論の権威を否定する所から出発した。彼等にとって自明なものは何もない。自分自身でさえ謎なのである。一切の既成の道徳観、価値観、社会観、人間観を否定し、すべての支えを失って世界が謎と化し、虚無と絶望に直面する所から彼等は出発した。

もはや文学は正しい世界の全体像や人間像から出発することは出来ない。そこに示されるのは世界の断片であり、歪んだ不完全な像である。罪ある人間、行き詰まった人間、破滅する人間など、その錯誤と苦悩によって、人間とは何か、いかに生きるべきかを問う。そこには問いがあって答えがない。答えがあるように見えても、その答えが新しい問いを含んでいる。そのような作品だけが時代を超えて生きつづけ、何時までも新しい。新しいと思われた答えは何時でもたちまち古くなる。


文学は救済をもたらさない。むしろ救済の幻想を破壊する。あらゆる幻想を破壊して、なお「そこに残る唯一の真実」、私たちがいま、ここに生きているという生の事実から出発する。人間は死に向かって生き、破滅に向かって急いでいる。私たちは「明日の必要」の観点から、いま生きている私たちの生き方を新しく全面的に考察し直す必要に迫られている。改めて「自己の出立点」に立ち返り、「縄は新たに張らねばならぬを知る」のである。甲野さんの「道義」は私たちを縛り、権力に奉仕させる旧思想、旧道徳ではなく、死と破滅に直面する私たちが生き延びるために必要な新しいモラル、自然と人間の新しい関係、人間と人間の新しい関係を作り出すものである。世界を解体し、多様な読みを主張する<新しい作品論>は、このような「道義」への志向を内包すると思うがどうだろうか。


それぞれ異なる<私>から出発する生徒と教師が、作品を媒介として、<私たち><みんな>の世界を作り出す。限りなく新しく作品を発見し直し,世界と人間、そして、自分自身を新しく発見し直す。このような精神の運動、自己発見、自己変革の場として文学の教室を作り出すことは出来ないだろうか。そのためには教師自身の固化した精神の解放が何よりも先に求められる。それを可能にする新しい文学研究と教育の実践の結びつきを私は期待している。

  新しい作品論へ、新しい教材論へ 1999年6月刊 所収 次へ ホーム 戻る

| | コメント (1)

« 2005年12月 | トップページ | 2010年4月 »