2009年6月 1日 (月)

加速する金融危機 マネーの模索

民主主義重い制約
加速する金融危機 手間取る議会

『朝日新聞』 2009年(平成21年)5月24日

 畳1枚半ほどのピンクの横断幕に「私たちの$$$$を返して」。ピンクのシャツを着た女性らが米国で金融機関トップの講演会などに出没している。「$(ドル)」はもちろん、お金の意味だ。

 反戦運動グループ、コードピンク。いま矛先を金融界にも向ける。メンバーのゲールーマーフィーさん(55)は「財政赤字を垂れ流しながら戦争に多額の出費をし、今度は間
違った経営をした銀行にお金を流している。おかしいじゃない」。信条を超えて怒りは国民に広かった。

 米政府は7千億♂(約66・5兆円)の公的資金を使って金融機関の支援を進めている。マーフィーさんは仲間と4月21日、公的資金の使い道をチェックする米議会の監視委員会に足を運んだ。

 派手なパフォーマンスは必要なかった。「みんな怒っている。零細事業者がお金を調達できずに閉鎖の脅威にさらされていることに」。ハーバード大教授でもあるウォーレ
ン委員長は冒頭、「みんな怒っている」を4回繰り返し、説明役のガイトナー財務長官をつるし上げた。

 納税者は腹に据えかねていた。米政府の要職に就くウォール街出身者が増え、金融の規制緩和が進んだ。その恩恵で巨大化した金融機関の幹部は高給をもらったうえ、世界を危機に巻き込んだーー。

  「怒り」は予想された。それが政府の対応を遅らせた。
 証券大手リーマンーブラザーズがつぶれる半年前の昨年3月。同業のベアー・スターンズの実質破綻を受け、米財務省は「不良資産の購入」
 「資本注入」などの金融安定化のアイデアを練っていた。金融システムが崩壊すれば経済が大打撃を受けると分かっていたからだ。「安定化のために5千億♂(約47・5兆円)規模の政府基金の創設も考えた。が、議会から承認を得られる見込みは全くなかった」。今年↓月まで財務次官補たったフィリップースワグルさん(42)は振り返る。

  「金融システムヘの大がかりな介入は『金融システムと経済が崩壊の瀬戸際にある』と財務長官らが議会に告げて、初めて提案できる。その時には手遅れということは十分ありえた」

 実際、7千億♂の法案が動き出しだのは、9月のりIマンーショツクの後だ。法律ができた時、危機は手に負えないほど深刻になっていた。

 追い込まれた政府は、7千億ドルの一部で中央銀行の貸し出しを増やす制度を作った。議会の承認は必要なかった。
スワグルさんは言う。「我々は議会を愛しているし憎んでいる。民主主義の一面だ」

 保守系シンクタンク、ヘリテージ財団のジェームズーガツソー特別研究員は「当局が議会に相談せずに動けるよう、必要な権限を事前に考えておくべきだ」と指摘。同時に「独立した委員会を作り、今回の危機の原因を調べることが必要だ」と提案する。機動的な対応とそれを担保する透明性。その仕組み作りを求める声が出始めた。(織田一)

米中央銀、政策肩代わり
マネーの模索

 危機の足の速さに翻弄される米政府を横目に、「奮闘したのが中央銀行の連邦準備制度理事会(FRB)だ。

 07年までFRB金融政策局長だったビンセント・ラインラインハート氏は二つの輪を描いてみせる。

 「右は、一日24時間くるくると激しく動く金融市場という車輪。左は、ゆっくりと回る立法上のプロセス、世論の車輪。左右の車輪をうまくかみ合わせて回すには、間に他の車輪が必要。そのひとつが中央銀行だ」

 昨年9月のりIマンーシヨツク以降、FRBは企業が資金調達のために発行する社債の一種のコマーシャルペーパー(CP)などを猛烈に買い取って市場に資金を供給している。3月18日には半年で最大3千億ドル(約28・5兆円)の長期国債購入も決めた。FRBの資産規模はりーマンーショツク前の倍の約2兆ドル (190兆円)に膨らんだ。「大盤振る舞い」はFRBにとっても苦渋の決断だった。

 国債購入を決めた当時、公的資金で難から救われた保険大手アメリカンーインターナシヨナル・グループ(AIG)の幹部の高額賞与問題で、議会から批判が相次いでいた。「これでは金融安定化のための追加資金を議会から認めてもらうのは非常に難しい、とFRBは思つたのだ」とラインハート氏。追加資金が宙に浮けば、金融市場は動揺しかねない。そこでFRBが体を張って側面支援に乗り出したというわけだ。
 政府や議会がFRBに対してできることは、トップの議長と理事の任命・承認ぐらいだ。中央銀行の独立性が低いと、政治からの圧力に負けて金融緩和を続け、インフレを招く恐れがあるからだ。議会の採決といった「民主主義の制約」から距離を置くFRBだからこそ、機敏に動くことができた。
 しかし危うさも潜む。これだけ大量のお金をばらまいて、景気が回復した時にうまくマネーを吸い上げないと大インフレになる。
 さらにFRBが買い入れたCPなどが焦げ付けば、最終的には税金で穴埋めすることになる。ましてや国債の大量購入は、住宅ローン金利の押し下げなどを狙つているとはいえ、政府の借金を肩代わりするようなものだ。
 FRBが無理をしなかったら、世界経済は壊滅的な事態を迎えていた可能性がある。ただ、従来の中央銀行ののりを越えた代償は大きいかもしれない。
 元米財務次官でスタンフォード大教授のジョンーテ上フー氏は英フィナンシャル・タイムズ紙で「異例の政策は短期的には利益があるとしても、FRBの独立性を失うというコストに相殺されるだろう」と指摘した。「政洽」に近寄りすぎて、政府や議会などの口出しを許すことにならないか、との懸念だ。
 4月23日、ニューヨーク。日銀の白川方明総裁は英語で講演し、日本の金融危機の教訓を披露しながら強調した。
  日本経済も90年代、やっと牽引力を取り戻したと思わせる回復が何度かあったが『偽りの夜明け』だった」
 そして踏み込んだ。「バブル期にたまった『過剰』の整理にめどがつかない限り、力強い成長は取り戻せない」
 住宅バブルがはじけた米国では、家計が多額の住宅ローンを返せなくなっている。日本の経験から言って、そうした「過剰債務」の解消にはじっくり取り組むしかない。
 「なのにFRBは短期に解決できると考え、やりすぎているのではないか」。そんな不安を日銀幹部は感じていた。
 白川総裁は昨年から「米国は認識が甘い」「問題をわかろうとしてくれない]と周囲に語り、「わかってもらうにはニューヨークで英語で発信しないとだめだ」との思いを強めていた。講演はじっくり準備したうえでの、FRBへの苦言でありエールであった。      (織田一)

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2009年5月27日 (水)

「核問題」と関連した朝鮮外務省代弁人談話(02年10月25日)

合意順守しないのは米国

 新世紀に入り、朝鮮半島と東北アジア地域の情勢には新たな画期的な変化が起きている。

 北南、朝ロ、朝中、朝・日関係は新たな重要な時期を迎え、半世紀以上途切れていた北南鉄道の連結や、日本との過去の清算をはじめとする20世紀の古い遺物をなくすための大胆な措置が取られた。

 われわれは変化した現情勢とわれわれの具体的実情に合わせ、経済管理でも一連の新しい対策を講じ経済特区を設置するなど、経済活性化のための措置を引き続き講じている。

 こうした事態の発展はすべて、アジアと世界の平和に対する実践的寄与となる。

 したがって、米国を除く世界のほとんどの国々がこれを支持歓迎し、われわれはここから大きな鼓舞を得た。

 こうした中でわれわれは、米国とも敵対関係を根源的に解消し、平等な立場から懸案問題を解決できるであろうとの期待を抱き、先日米国大統領の特使を受け入れた。しかし、遺憾なことにわれわれは特使の訪問を通じ、われわれを力で圧殺し朝鮮半島と東北アジア地域での肯定的な情勢発展を逆転させようとのブッシュ行政府の敵対的企図が、絶頂に達していることを確認することになった。

 米国特使はなんの根拠資料もなしに、われわれが核兵器製造を目的に濃縮ウラニウム計画を推進し、朝米基本合意文を違反しているとの言いがかりをつけながら、それを中止しない限り朝米対話もなければ、とりわけ朝・日関係や北南関係も破局状態に陥るとした。

 あまりにも一方的で傲慢無礼な米国の態度には、驚きを禁じえなかった。

 しかし、こうした盗人猛々しい強盗の論理がわれわれに通じるだろうと考えたのならば、大きな誤算だ。

 朝鮮半島の核問題について言えば、およそ半世紀前から米国が世界制覇戦略に沿って対朝鮮敵対視政策を追求しながら、南朝鮮とその周辺地域に膨大な核兵器を備蓄し、小国であるわれわれを核兵器で脅迫してきたことから生まれた問題である。

 1994年10月、朝米基本合意文が採択されたが、米国はその履行問題についてはすでに発言する資格を喪失している。

 基本合意文の第1条に沿って、米国がわれわれに軽水炉発電所を2003年までに提供する代わりに、われわれは黒鉛減速炉とその関連施設を凍結することになっているが、われわれが核施設を凍結してから8年が経つこんにちまでも、軽水炉は基礎工事を終えたに過ぎない。

 これにより、われわれは軽水炉1号機が完工する計画であった2003年には年間100万キロワット、その翌年からは年間200万キロワットの電力損失だけを被ることになった。

 基本合意文第2条に沿って、双方は政治および経済関係を完全に正常化する方向に進むはずであったが、過去8年間、米国の対朝鮮敵対視政策と経済制裁は継続されており、こんにちに至ってはわれわれを「悪の枢軸」として攻撃するまでに及んだ。

 基本合意文第3条に沿って米国は、核兵器を使用せず核兵器による威嚇もしないという公式的な保証をわれわれに提供することになっていたが、米国はそうした保証提供の代わりに、われわれを核先制攻撃対象に含めた。

 基本合意文第4条と合意文に付属する非公開了解録第7項に沿って、われわれは軽水炉の「タービンと発電機を含む非核部分の納入」が完全に実現した後に核査察を受けることになっていたが、米国は当初から核査察を受けなければならないという一方的な論理を持ち出し、あたかもわれわれが合意文を違反しているかのように国際世論を誘導した。

 今回われわれはこのように非公開了解録を初めて公開しなければならなくなった。

 結局、基本合意文の4条項のうち米国が順守したものはひとつもない。

 米国が合意文を採択する時に履行の意思を持っていたのか、あるいはわれわれがそのうちに崩壊すると踏んでウソのサインをしたのかは米国だけが知っていることだ。

自主権、生存権 脅威の除去

 しかし、ブッシュ政府がわれわれを「悪の枢軸」と規定し核先制攻撃対象に含めたのは、われわれに対する明らかな宣戦布告であり、朝米共同声明と朝米基本合意文を完全に無効化したものだ。

 ブッシュ政府は、われわれに対する核先制攻撃を政策化することで、核拡散防止条約(NPT)の基本精神を踏みにじり、北南非核化共同宣言を白紙化した。

 ブッシュ政府の無謀な政治、経済、軍事的圧力策動により、われわれの生存権は史上最悪の脅威を受けており、朝鮮半島には深刻な事態が到来することになった。

 こうした状況下で、われわれが座視していると思えば、これほど単純な考えはないだろう。

 われわれは米大統領特使に、増大する米国の核圧殺脅威に対処し自主権と生存権を守るため、核兵器はもちろんそれ以上のものも持つことになるであろうことを明白に述べた。

 自主権を生命より大事にするわれわれにとって、米国の傲慢無礼な行動に対する答えとしてこれ以上妥当なものはない。

 われわれが武装解除しなければ攻撃するという米国に、なんら事実を解明する必要はなく、その義務はなおさらない。

 しかし、われわれは最大の雅量をもって、米国が第1にわれわれの自主権を認め、第2に不可侵を確約し、第3にわれわれの経済発展に障害をもたらさないという条件で、この問題を協商を通じて解決する用意があることを明らかにした。

 現在、米国と一部の追従勢力はわれわれが武装を解いた後に協商しようとの主張を展開しているが、これはとても非正常な論理である。

 われわれが丸腰になるなら何をもって対抗するというのか。

 それは結局、われわれに屈服しろということだ。

 屈服は死である。

 死を覚悟したものにかなう者はいない。

 これが、先軍政治を最後まで掲げようというわが軍隊と人民の信念であり、意志である。

 われわれの立場は終始一貫している。

 朝鮮半島に醸成された深刻な事態を打開するために、われわれは朝米間で不可侵条約を締結することが、核問題解決のための合理的かつ現実的な方途になると認める。

 米国が、不可侵条約を通じてわれわれに対する核不使用を含む不可侵を法的に確約するのであれば、われわれも米国の安保上の憂慮を解消する用意がある。

 小国であるわが国にとって、すべての問題解決方式の基準は、自主権と生存権に対する脅威の除去である。

 この基準を満たすためには協商の方法もありえるし抑止力の方法もありうるが、われわれはできる限り前者を望んでいる。

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2009年5月10日 (日)

金大中 北朝鮮と向き合う

『朝日新聞』2009年4月22日

安全を保証して  懐柔していくこと
封鎖は成功例ない

 北朝鮮のミサイル発射が国連安保理の議長声明で非難され、反発した北朝鮮が6者協議から離脱した。一方、オバマ米大統領は「核廃絶」を目指す画期的な演説も。一貫して北朝鮮への太陽政策を主張してきた韓国の金大中・元大統領はいま何を思うのか、ソウルで聞いた。 (聞き手は本社コラムニスト・若宮啓文)

 ―北朝鮮がミサイル発射を強行しました。どう見ていますか。

  「北朝鮮の在来式の武器は韓国に比べて圧倒的に性能が落ち、戦車や飛行機は古いうえ燃料不足で訓練も十分にできない。だから、核やミサイルの開発で『お前も死ぬが、おれも死ぬ』という瀬戸際戦術をしているのです。でも、核で国民を食わずことはできないし、米国の核に比べれば本当に貧弱だ。北は米国や日本と国交を結んで安全を保証し、飢えに苦しむ国民の生活を守りたいのです。交渉をしたいのです」

  「オバマ大統領は選挙中、大統領になったら北朝鮮に行って直接対話する用意があると言った。ヒラリー・クリントン国務長官も、北が核を完全に放棄すれば国交を開き、平和協定に協力する用意があると、アジア歴訪前に演説しました。私は大いに期待しています」
 ―そんなオバマ政権になったというのに、なぜ強硬策を。

  「交渉の値段をつり上げたかったのでしょう」

 ―国連安保理での非難に反発した北は、6者協議を離脱しました。

  「こういう状態が何力月か続くでしょう。米国は北と水面下で接触し、すべての問題を一括妥結する方向に行かなければならないし、そうなると予測しています。その展望があれば、オバマ大統領でもクリントン長官でも、北を訪問する可能性が非常に大きい。米朝の合意案が6者協議で追認され、各国の積極協力を受ければ、大きい成果を得られる」

 ―あの国が本当に核やミサイルを放棄する可能性があるでしょうか。

  「クリントン政権の94年にジュネーブで包括合意ができて北は核を放棄し、代価として軽水炉を建設することになったでしょ。2000年6月には私か北に行って首脳会談をした結果、米朝の話し合いも行われ、北はミサイルの凍結にも応じたじゃないですか」

 ―金正日縁書記は本気でしたか。

 「私は『この世で北の安全を解決できるのは米国しかないのだから関係を改善しなさい』と説き、彼は『正常化したら米軍は韓半島に永久に駐屯していい』と言いました。『朝鮮王朝末期に中国、日本、ロシアにどれだけいじめられたか我々を攻撃しない保証があれば、東アアの安定のために米軍は必要だ』と。は率直な人で、頭もいい」

 ―中国を警戒しているのですね。

  「そう、厳しい言葉も使っていた」
ーそれで当時は米朝が進みました。

  「クリントン大統領は太陽政策を完全に理解してくれた。北との話が進み、平壌に大使館の敷地まで探したのに、ブッシユ政権になると北を『悪の枢軸』と言って除去しようとしたため、悪化の一路。北は米国のイラク侵攻(03年)見た。自分たちも侵攻されるのではないか、飢え死にさせられるのではないかと心配し、また核に走ってしまった」

 ーでも、02年秋に訪朝したケリー特使が「ウラン濃縮型で核を開発しているだろう」と突きつけたら、北も認めたとされます。だまされていたのでは。

  [あれはケリー特使の圧迫に対し、北朝鮮が『我々を苦しめるなら、ウラン濃縮型や、それ以上のものを持つことがきる』と答えたものと理解しています。実際、米国はその後、北にウラン濃縮型があると証明できなかった。ケリーはネオコンが仕向けたのです。強硬姿勢でどれだけ損をしたか。北は核不拡散条約(NPT)を脱退し、国際原子力機関(IAEA)の監視団を追放し、長距離ミサイルを発射し、最後は核実験、あれはブッシュ政権がさせたようなものです。最後は柔軟になりましたがね

      ■  ■

 ―米朝が再び合意ずる道は。

  「05年9月に6者協議が合意に声明があります。北は核を完全に放棄する、米国は北と国交を正常化する、米朝は協力して平和体制をつくる、米国は北に食料と燃料を支給ずる……というもので、すべては『行動対行動』で処理するとされている。この線に戻ることです」

 ー経済難の北朝鮮は、核やミサイルの本格的な輸出を狙うという見方もある。

  「それは容易ではなく、やれば途方もない懲罰を受ける。金をもうけたいのなら北東アジアの平和に参加し、すべての国と国交を結んでIMFや世界銀行、アジア開発銀行などの支援を受け、日本と国交正常化して植民地支配の補償金を受ける方がずっといい。北朝鮮はいまは貧しいけれど、潜在力はとても大きい。豊富な地下資源と観光資源、大変優秀で安い労働力があるからです。これらをうまく活用しなくては」

 「中国も北が核保有国になるのに絶対反対です。かつて江沢民国家主席に会ったとき、彼は周囲をかまわぬ大声で北の核保有に反対していた。北が持てば韓国も核をと言い出すし、日本でもそういう世論が高まる。中国は日本の核は絶対に願わないから北の核にも断固反対なのです。言うことをきかず、中国まで一緒に経済封鎖をしたらどうなりますか」

「大事なのは、北が安心して生きる道を開きながら懐柔していくこと。北ではたとえ人民が飢え死にしても体制維持には代えられない。残忍なようだが本当なのです。そして体面を病的に重んじ、冷戦時代にはソ連とも中国とも対決した。それをよくわきまえないといけない」

 ―だから太陽政策を、と。

  「南北首脳談のあと離散家族の面会は飛躍的に増え、北はソウル攻撃の最前線だった開城の軍隊を移動させて基地を我々の工業団地に明け渡した。金剛山では近くにある最前線の軍港を観光用に明け渡して撤退した。北は譲るときは譲り、開放するときは開放する。北の特性をよく考えながらやれば成功します」

 ーでも、昨年の女性射殺事件を機に金剛山観光がストップし、開城の工業団地も休業状態です。

  「根本的には李明博政権の強硬姿勢に北の不満があったが、李大統領の発言にも変化が出てきた。オバマ政権が北と対話し、6者会談を再開すれば、むしろ今度のミサイル発射を転換点にできる」

 ―韓国は北に巨額の資金も送りました。見返りが乏しいという批判も。

  「北に贈った肥料や食料の布袋には韓国名が入っていますが、生地が良質だから各地で買い物袋や壁布にも使われている。南は我々を滅ぼすとか貧乏だとか聞いていたが、事実は違うじゃないか、我々もそうなりたい……となってきた。それで文化も変わる。北ではいま南の大衆歌謡を歌い、南のドラマや映画を見ています。民心に大きな影響を与え、緊張がずっと減った。そしてこの10年近く、平和を享受してきたじゃないですか」

 -あくまで楽観的なのですね。

  「共産国家を封鎖して成功した例は歴史にない。ソ連や東欧もヘルシンキ宣言(75年)で領土を保証されたが、文化や人の交流を許したことで動揺がおきた。それで、やがてゴルバチョフが出てきて改革開放、さらに民主化へと進んだのです。北朝鮮も国民が外を見れば変わる。衣食住を全部政府に依存し、政府の言うことだけずっと聞いてきた社会ですよ。封鎖しても絶対に変わらない。国交を開けば、大使館も商社や文化施設も入る。もちろん非常に扱いにくく難しい国ですが、だから忍耐が必要なのです」

 ―開放してもソ連や東欧のように崩壊しては困るのが北のジレンマです。

  「その通り。だから一党独裁を保つ中国やベトナムのようにしたいのです。中国はニクソン訪中から次第に変わり、改革開放でどれだけ成功したことか」 

      ■  ■
 
―北朝鮮がミサイルを発射した5日にオバマ大統領がプラハで演説し、核廃絶を目指すと宣言しました。

  「まさに偉大な宣言です。5大核保有国が核を放棄してこそ、核なき世界が実現できるし、他国に対して持つなと言う正当性をもてるのだから。イスラエルやインド、パキスタンなどの核は黙認しておいて、他の国に持つなというのも説得力がない。だから、オバマ氏の宣言は世界のあらゆる人に受け入れられるはず。その実践を願っています」

 ー北朝鮮も説得しやすいですね。朝鮮半島の非核化構想にも影響が。

 「大きな影響を与えるでしょう。北が核実験に打って出てから、韓国や日本には『我々も』といった主張が出てきた。世界各地でも同様の動きがあるが、そうした考えをあきらめさせるための大義名分を与えると思う」

 -Iオバマ氏は「核を使用した唯一の国」の責務に触れました。唯一の被爆国の日本にはどうあってほしいですか。

  「原爆がどれくらい残酷なのかを一番
切実に経験した日本こそ、核のない世界の実現へ先頭に立つべきです。幸いオバマ氏の宣言が出たのだから、日本が自らの悲惨な経験を訴えて努力すれば、世界から尊敬と支持を受ける。日本が平和憲法を守り、軍備縮小を主張すれば、自らの安全はもちろん、世界の平和に寄与し、日本の過去のイメージを一新するのにも大いに役に立ちますよ」

 ー日本には拉致問題がありますし、
北の核やミサイルにも敏感です。

  「日本にミサイルを撃ち込めば米国も黙っていないし、北は廃虚になります。米国にとって日本はどれほど大事な同盟国か。日本が熱心な拉致問題も、米国は知らん顔で北と対話は進められない。だから日本はもっと積極的に各国に働きかけ、とくに米国を説得して核とともに解決するようにするのがいい」

 ー李明博大統領には何を望みます。

  「金正日さんと会えばいい。仲がよくない相手ほど会うべきなのです。会えば互いの誤解も晴れるものがあるし、何か実を結ぼうという気持ちになる」

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2008年11月16日 (日)

□■田母神 「いささかも間違ってない」「村山談話は言論弾圧の道具だ」

□■「いささかも間違ってない」「村山談話は言論弾圧の道具だ」
  ――気になる前空幕長のお仲間と、その舞台裏
[JCJふらっしゅ]2008/11/11 1560号
http://archive.mag2.com/0000102032/20081111224835000.html

 11日の参院外交防衛委員会で、田母神俊雄前航空幕僚長とアパグループの密着ぶ
りが次々と明らかになった。(→時事通信等)
 アパの元谷外志雄代表の航空自衛隊の戦闘機F15に体験搭乗を空幕長として許可
したり、6月2日に開かれたアパの元谷外志雄代表の出版パーティーに公用車で出掛
けたり、同社主催の「日本を語るワインの会」に計3回出席したり、ついにはアパ懸
賞論文では最優秀賞に選ばれ、300万円の賞金を手にしたりした。

 あげくこの日の参考人招致の席で、日本の侵略戦争を否定し集団的自衛権行使を容
認すべきだと主張する姿勢について自衛隊を率いてきた立場として、「いささかも間
違っていると思わない」、憲法9条に関しては「直した方がいい」と述べるなどして、
「自衛官にも言論の自由が認められているはずだ」と強調してみせた。

 復古改憲路線を歩んで自爆した安倍政権下、航空自衛隊の最高幹部まで登りつめた
人物によるあからさまなシビリアンコントロール(文民統制)否定、挑戦の姿勢を示
した。ブッシュのイラク戦争に屈従して、イラクに自衛隊を派遣し、米軍と自衛隊の
融合を推進し、国内では「戦争のできる国」を志向して国民と地方自治体の支配管理
統制に動いた自公政権。

 田母神氏は、野党から「集団的自衛権を行使し、武器を堂々と使いたいのが本音で
は」と問われると、顔色ひとつ変えず「私はそうするべきだと思います」(時事通信)
と答えている。アパ懸賞論文といい、田母神氏の受賞といい、シビリアンコントロー
ルを否定してやまない居直りに満ちた姿勢といい、麻生内閣発足と同時に退陣に追い
込まれた中山国交相の姿勢と同様、復古改憲戦争路線追従のアピールを狙った「自爆」
のように思えてならない(少しの感動も与えないが)。

 なお朝日新聞によると、田母神前航空幕僚長の参考人招致において、野党はNHK
によるテレビ中継を求めたが、政府与党側は「田母神氏が一方的に持論を展開する場
にならないよう」配慮したいとして与党が難色を示し、最終的には与野党一致で見送
りを決めたという経過を歩んで決めたようだが、本当にそれでよかったのか。NHK
としてはどうだったのか、疑問が残る。

 田母神氏の論文を「政府見解に反する」として自公政権は警戒して退場を急いだわ
けだが、国会や国民やメディアまでが「政府見解に反する」という立場での批判にと
どまっているわけではない。政権までが「改憲」を旗印にかかげた安倍時代には、同
じ自公政権が平然と田母神氏のような「主張」を容認し、日本国憲法と国民に挑みか
かったのである。

 福田時代になってトーンを変えたようだが、自公政権としてはっきりとその路線へ
の反省を表明したわけではない。自民党内部でも議論は分かれているという。田母神
氏の擁護に走る勢力も残っているのだ。田母神氏自身が「私の考えは理解されている」
(9日付毎日新聞)として唐突に元首相ふたりの名前を挙げたという。

 つまり田母神発言は「政府見解に反する」ことが問題なのではなく、シビリアンコ
ントロールを軽視し、国会・国民の監視を否定し、日本国憲法をはっきりと逸脱した
主張を行う勢力と結託して、自衛隊内部でも同様の教育を行おうとしてきたことなど
が深刻な問題を投げかけているのであり、これはそうした空気を内閣や国会に撒き散
らした自公政治の責任であることははっきりしている。

 田母神氏が辞表を提出拒否し続けたのは、「辞めたら間違いを認めることになる」
(同)が理由だったという。浜田防衛相や増田防衛事務次官らは、「元首相ふたり」
の名前を挙げられ、政界との関係が焦点化しないようにやりとりを封印したともいう
(同)。公務員の逸脱行動の背景に「元首相」がいると感じて、大ごとにならないよ
うに本人を退職扱いとし、退職金をあたえて居直りを懐柔しようとし、それではおさ
まらなくなって参考人招致をやるにしても、「田母神氏が一方的に持論を展開する場
にならないよう」に配慮したという経過をたどったというわけだろうか。

 「辞めたら間違いを認めることになる」と思って辞表を提出拒否し続けた人間が、
今度は「間違いを認めたら退職金を剥奪される」と考えたのか。「間違いを認めたら
『同志』を裏切る」ことになるわけだから、取り立ててくれた恩義に報いるという形
式をかもしだしつつも、本音は期待を裏切ればなおさら後ろ盾を失い「退職金を剥奪
される」という事情につながっているという思考なのか。

「そんなに悪いことか」と退職金を返納しない意向を表明している。

 この問題、本質はもっともっと根が深いのではないか。いいかげんに終わらせるよ
うなことがあってはならない。

アパとの密接ぶり、次々明らかに=公用車でパーティー、戦闘機搭乗許可(時事通信)
http://news.goo.ne.jp/article/jiji/nation/jiji-081111X028.html
「いささかも間違ってない」=制止顧みず、持論展開-顔紅潮させ反論も・前空幕長(同)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=200811/2008111100338&rel=y&g=soc
田母神前空幕長が改憲主張 参院委で参考人招致(共同通信)
http://www.excite.co.jp/News/politics/20081111/Kyodo_OT_CO2008111101000018.html
田母神氏の「独演」防止、中継もなし 異例の参考人招致(朝日新聞)
http://www.asahi.com/politics/update/1111/TKY200811110142.html
前空幕長論文問題(その1) 元首相の名挙げ抵抗 辞職巡り押し問答(9日付毎日新聞)
http://mainichi.jp/select/seiji/choice/news/20081109ddm001010054000c.html
侵略戦争肯定を主張 「つくる会」幹部招く 自衛隊幕僚学校 田母神氏新設の講座
(しんぶん赤旗)
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2008-11-11/2008111115_02_0.html
「そんなに悪いことか」=退職金返納しない意向-前空幕長(時事通信)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081111-00000076-jij-soci

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2008年11月 7日 (金)

「オバマ政権は立ち上がるのか?(三つのシナリオ)」

JMM [Japan Mail Media]                 No.504 Extra-Edition2
    ■ 臨時号『from 911/USAレポート』第381回                   http://ryumurakami.jmm.co.jp/

 ■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)

 史上初の黒人大統領が誕生した。変革をスローガンに最新の選挙技術を総動員して
ブームを巻き起こし、長い選挙戦のドラマを観客を飽きさせることなく走り抜いた一
人の男は、ホワイトハウスという権力を手に入れた。ドラマは大団円を迎えたように
見える。だが、本当のドラマはまだ始まっていない。ドラマの幕が開くのはこれから
であって、ここまでの選挙戦は主役を決めるオーディションに過ぎなかったのである。

 では、主役が決まれば成功が見えているのだろうか? そんなことは全くない。大
勢の観客は既に席についている、だが、脚本はない。客席の期待感は膨らんでいるが、
役者は決まったばかり。そんな中、どのようにドラマを立ち上げていくのか? ドラ
マは無事に観客を満足させることができるのだろうか?

 そこにオバマ政権の特異性がある。いや宿命と言っても良い。二つの宿命を担った
政権のスタートということだ。では、二つの宿命とは何か?

 まず金融危機下の政権発足という問題がある。危機のまっただ中にあって、一刻の
猶予も許されない状況、危機の克服を全てのアメリカ人が望み、巨大な期待感を背
負ってのスタート、宿命というのは、しかし、それだけではない。現在のブッシュ政
権は、2006年の中間選挙敗北を経て、初期の政権とは性格を全く異にしてきてい
る。公的資金注入を進め、景気刺激策として全家庭に小切手を配るなど、既に「小さ
な政府論」などかなぐり捨てているのだ。

 軍事外交においても、アフガンでのタリバンとの妥協の模索、イラク撤退プロセス
の模索、北朝鮮への宥和姿勢など、一国主義の力の外交から、多極化した世界の中で
の国際協調へと、大きく舵を切っている。この「末期ブッシュ政権」は、それこそ民
主党政権と言っても良いような穏健姿勢を取っているのだ。

 公的資金注入にしても、第二回目が取り沙汰されている景気刺激策にしても、オバ
マはこうした「末期ブッシュ政権」の政策を否定はできないだろう。国際協調にして
も同じだ。では、早速始まる政権引き継ぎにおいて、そして来年1月20日の就任と
いうスケジュールの中で、依然としてオバマが「末期ブッシュ」と同じことをしてい
てはどうなるだろう。これは政治的には許されない。投票までは、公的資金注入に反
対(しているらしい)のマケインを批判していれば票はどんどん入ってきた。だが、
当選した瞬間に全ては変わる。「チェンジ」をスローガンに票を集め、「チェンジ」
を期待して入った票を背景にブッシュと同じことを続けるわけには行かない。

 そんな中、危機は進行している。仮に「チェンジ」を実現しようとして性急な国民
皆保険や、唐突な保護主義などを導入して市場の不信任を突きつけられては、政治的
求心力はあっと言う間に消えてしまう。国民の激情を受けて大勝したオバマは、仮に
飽きられるとしたら一気に逆風を受けるからだ。とにかく、迅速で新味のある政策を
次々に繰り出して「世論と市場」の双方の信任を常に受けていなくてはいけないわけ
で、正に宿命的な政権の船出である。

 もう一つの要素は更に深刻な問題だ。オバマは史上初の黒人大統領に当選した。こ
れもまた、一見すると勝利の「ゴールイン」のように見えるが、実は違う。この大統
領は「黒人初」であるがゆえに、絶対に失敗が許されないのである。少なくともオバ
マ本人とその周辺は、そうした激しい思いを抱いているのは間違いない。仮にオバマ
政権が失速し、2010年の中間選挙で負け、2012年の再選が絶望になる、そう
した事態は許されないのである。

 何故ならば、黒人初の大統領が失敗すれば、せっかく今回の勝利が実現した黒人社
会のプライドが打ち砕かれるからだ。この絶対に失敗できないという思い、その思い
に拘束されている政権というのは大変に異例であると思う。一言で言えば、成功のた
めには手段を選ばないということだ。

 手段を選ばないというのは、前例のない思い切った政策を取ってくるという意味で
あり、また、一見すると「きれい事を語り続けたリベラルの弁舌家」というイメージ
のオバマが、その仮面をかなぐり捨てて、政治的勝利のためには血塗られた選択も、
冷酷な選択もしてくるのではないか、そうした覚悟を持って見守る必要がある。

 簡単にまとめると「金融危機克服へのスピード感のある、かつ新鮮な政策を提示し
なくてはならない」一方で「政治的に絶対失敗できない」のである。しかも市場と世
論の双方の信任を受けなくてはいけないとしたら、この連立方程式には答えがあるの
だろうか? この超難問の方程式を前提に、オバマ政権がたどる運命をシミュレー
ションしてみたい。

<シナリオ1、環境覇権というギャンブル>

 まずオバマは、選挙公約通り、そしてブッシュ政権からの「チェンジ」を打ち出す
ために「環境」を前面に出してくるのではないだろうか? 環境というと、一般的に
は「コスト」であるとか「自分探しの贅沢」というイメージを持たれることがある。
また、オバマ自身、選挙戦の中ではそうした「ファンタジー」としての「環境」とい
うムードを利用したのも事実だ。

 だが、環境というのは政治的にはきれい事でも何でもない。オバマはそのことを理
解しているのではないか。というのは、環境政策には順序があるからだ。環境政策は
まず規制から始まる。201X年までに炭酸ガス排出量をYY%削減する、201Y
年までに自動車の最低燃費を1ガロンあたりZZマイルにする・・・そうした「目標」
というと、何となく「スローガン」とか「努力目標」にように聞こえる。だが、オバ
マはそうではない。そうした規制は「法」であり「強制」として「ビジネス、エコノ
ミーの前提条件、つまりゲームの新しいルール」として提示することになるだろう。
そして実現の難しい強烈な目標設定をしてくるのではないか。

 どうして厳しい目標を設定するのかというと、微温的な目標では根底からの技術革
新は生まれないからであり、また世界をリードすることができないからだ。例えば、
自動車の排気ガス規制について言えば、恐らくはドイツの出してきている「新世代
ディーゼル」では対応できない数字を出してくるのではないか。だとすれば、それは
「理想を追求する」ためではない、そのように見せかけながら、EUの「新世代ディ
ーゼル」を潰すためだ。

 例えば共和党のマケイン陣営は原子力発電所を38カ所新設するという公約を掲げ
ていたが、オバマはこれに反対している。それは有権者の「反核感情」を受けての行
動と見せかけているが、本音は違うだろう。それは原子力は「効率が良すぎて雇用を
生まない」からだし、「技術的には出来上がっているので初期投資が巨大な経済効果
は生まない」からだ。

 ここにオバマの「大きな政府論」の新しさがある。それは景気対策に公共投資をし
て需要を創出するというケインズ理論とはスケールが違う。ある巨大な技術革新、文
明の転換を行い、思い切った研究開発投資を行って、全く新しい産業を興そうという
のである。手順はこうだ。まず厳しい規制、実現の難しい目標設定を行う。当然これ
は民間では対応しきれない。まして、今は金融危機下である。そこで、巨額な公的資
金を注入する。それは一見すると、環境という「規制」のコストを政府が負担してい
るように見える。

 だが、仮に一定レベルを超えた規制が動き出し、そのためには根本的な技術革新が
必要だとなり、公的資金によってその技術の展望が開けてくると、そこに民間の資金
が一気になだれ込んでくるだろう。そうなればしめたものだ。初期の公的資金注入を
仮に優先株方式などでやっていれば、財政も一気に好転してくる。そうして新エネル
ギー産業、蘇った自動車産業の力を背景に、改めて国内の産業と雇用を再生させ、更
には貿易赤字まで好転させることができれば、金融危機のマイナスを埋めることは十
分に可能というシナリオである。

 仮にこの動きが本格化したとして、カギを握るのは日本だ。日本はそうしたオバマ
の動きの懐に飛び込んで、ある時は技術を供与し、必要があれば資金を提供し、しか
しながら出てくる規制が自分たちに有利になるようなネゴもしなくてはならない。上
手く推移すれば、日米の経済的結束が実現するだろうし、日本にとっての経済的なメ
リットは計り知れない。

 仮にこうした環境ニューエコノミーが実現したとして、それは「新たなバブル」に
なるのだろうか? 私はそうは思わない。過去のバブルを見てみると、例えばITバ
ブルというのは、付加価値が利用者のニーズの限界点に接近することでデフレの波に
呑まれることで崩壊した。また不動産バブルは、消費者の最終的な購買力を越え、需
給関係のバランスを崩したところで一気に崩壊した。だが、環境はバブルにはならな
いのだ。何故かというと、環境というのは要するにエネルギーであり、人間の生活に
おいて消費が続くものだからであるし、技術革新に限界がないという性格を持ってい
る。

 例えば、ブルードバンドのネット接続であれば、あるスピードを超えてニーズが際
限なく高速なサービスを求めてゆくという可能性は少ない。また現実的に光の速度と
いう理論的な限界もある。ところが環境というビジネスは「人類の種の存続への不安
感」に根ざしている。したがって、ある水準が達成されたとしても、「実はもっと削
減しないと不安だ」とか「この化石燃料は実はもうすぐ枯渇する」というセンチメン
トに引っ張られて、無限の技術革新を動機付けすることが可能なのだ。政治的な資産
をもった政権であれば、世論を誘導し、そのような無限の改革を続けることができる
だろう。ITや不動産と違って、バブルにはなりにくいのだ。

<シナリオ2、崩壊と内向き化>

 環境ニューエコノミーというのは、しかしギャンブルである。そこには根本的な難
しさがあるからだ。それは規制や技術革新がグローバルだということだ。アメリカ一
国では環境問題はニューエコノミーにはならないのだ。例えば、燃費と排出ガスで非
常に厳しい規制を通して、これに対応できる技術開発が進んだとしても、ヨーロッパ
やBRICsが追随してこなければ新しい文明のスキームにはならない。この国際政
治の力学は非常に難しく、例えば日本の立ち位置は文明のキャスティングボードを
握っていると言えるほど重要なのだが、とにかくアメリカがリーダーシップを取れな
い危険があるのだ。

 アメリカの弱点は、四つある。金融危機を引き起こしておいて、その前には京都議
定書の枠組みを無視した経緯もあるのに、唐突に規制のイニシアティブを取ろうとい
うのは何だ、そんな反発をEUその他から受ける可能性が一つ、そして第二には、食
の安全の問題がある。エネルギーと並んで、環境に関連したニューエコノミーとして
「食の安全」は大きなテーマとなりうる、また中国を穏やかな民主化に追い詰めるに
はこの問題でジワジワと締め上げるのが効果がある(だから、日本の醤油などにイ
チャモンを付けてくるのを放置してはいけない)。

 だが、BSEと遺伝子組み換えという問題で、EU+日本とアメリカの立ち位置は
違いすぎるのだ。この問題に関する高次元での合意形成は日米中+EUの関係を激変
させる可能性があるのだが、ここで日欧がアメリカと合意できないと、環境エコノミ
ーにおける合意も上手くいかない可能性がある。自然と人間の関わり方に関する価値
観の共有と結束が傷つくからだ。

 もう一つのアメリカの弱点は、とにかく時間との戦いということだ。仮に「共和国
の興廃ここにあり」とばかり環境に突っ込んでいっても、成果が見えず、民間の資金
がなかなか入ってこないうちに、ドルが暴落するようだと頓挫する可能性がある。そ
んな中、雇用は増えず、アメリカ社会全体の活力が失われれば、優秀な移民は欧州や
日本などへ逃げ出すだろう。

 一番の問題は、自然観だ。アメリカで環境意識が進まない背景には、苦労して入植
した開拓者の記憶、つまり自然は敵であるという思想がある。敵である自然をコント
ロールするのは神が人間に与えた使命であり、その自然を守るために人間が自制する
という発想はない。この人々の「抱き込み」に失敗して、環境は「富裕層の趣味」だ
とか「大企業が公的資金で儲けているだけ」というイメージになると議会がついてこ
ないという危険は十分にある。

 環境ニューエコノミーが失敗した場合にアメリカの転落は早いだろうが、オバマは
ここで変わり身の早さを見せるのではないか? つまりドル防衛を放棄しながら、高
インフレ下のバラマキ福祉国家化というシナリオに突き進むという方向性だ。実はこ
のシナリオというのは、政治的には可能性がある。それは、今回の選挙で浮き上がっ
てきた「草の根保守票の漂流」だ。勿論、草の根保守は白人が多く、黒人大統領への
反発を持っているのは事実だ。

 だが、金融危機が長期化し、環境ニューエコノミーが失敗すれば、さすがに個人年
金資産がなく株安でも公的資金注入にブーブー言っていた彼等も、本当に経済的に厳
しくなるだろう。そこへバラマキを効果的に行えば、民主党が60年代以来手放して
いた宗教保守票を引っ張り込める可能性がある。つまり、国際競争力は落ち、ドルは
暴落し、覇権は失ったが、内向きの政治エネルギーはバラマキや保護主義で維持する
中、困窮の中のカリスマとして政治的な求心力を保つという可能性だ。

 日本の場合は、このシナリオは最悪で、経済的にも安全保障の上でも苦境に立つだ
ろう。一つ勝手な予言をするとしたら、こうしたアメリカが極端な自滅シナリオに走
る場合は、日英関係の重要性が出てくるように思う。日英を軸として、日欧関係に筋
を通し、その上でアメリカのプレゼンス低下のためにアジアが大混乱に陥るのを防ぐ
のだ。中国を最重要なパートナーにすることは考えにくい、中国に揺さぶられ続けな
がら日本が政治的安定を維持することは非常に難しいからだ。

<シナリオ3、そのどちらでもないという恐怖>

 環境ニューエコノミーという壮大な「チェンジ」は上手くいかない、一方でドル暴
落は辛うじて防げている、だが景気は回復しない・・・こうしたシナリオは何となく
現実味がある。だが、このシナリオこそ、イバラの道であり、アメリカにとっても日
本にとっても激しい痛みを伴う可能性がある。

 環境に関してドラスティックな変革ができない、そんな中ズルズルとビッグスリー
の自動車産業を延命させ、製薬、金融、ITの競争力をだましだまし維持してソフト
ランディング・・・一見すると現実味のあるシナリオだ。だが、こうした「どちらで
もない」シナリオでは政治的な閉塞感がじわじわと増す可能性がある。

 そうなると、オバマに残された手段は少ない。その少ない政権浮揚の手段として
「戦争」がある。ドルを防衛するために、国内の求心力を維持するために、そして軍
需による経済の効果を期待するがゆえに、何らかの戦争に訴える可能性は十分にある。
その「戦争」は「ブッシュの戦争」の継承にはならないだろう。全く違う「オバマの
戦争」となる可能性が大きい。

 その場合は、人権という正義を振りかざした「典型的な民主党の戦争」になるだろ
う。仮にパキスタンのザルダリ政権が崩壊し、原理主義勢力の政権ができた場合、
ミャンマーやタイの政権が動揺しこの地域で軍事紛争が起きた場合など、積極的に軍
事介入するという可能性はある。幼年時代をインドネシアで過ごし、ハワイでの生活
も長いオバマには、アジアの独裁というのがどういうものかという体感があり、それ
は自分が彼等を解放したい、という執念になる可能性がある。独裁に対しても是々
非々でというような「現実主義」という感覚は彼には薄いだろう。

 選挙戦では反戦団体の支持を受けるなど、オバマというと「反戦」とか「平和」と
いうイメージが強い、アメリカ国内でもそうだ。だが、仮に情勢から見て必要とあれ
ば、そして政治的求心力が枯渇して一気回生を狙う必要があれば、彼は手段を選ばな
いだろう。勿論、その場合は国連での手続きをブッシュよりは丁寧にやるだろうが、
日本へストレートな軍事協力を要請してくる可能性は強い。ここで立ち回りに失敗す
ると、日米関係は難しいことになるだろう。

 先週この欄でお話ししたように、日本へ向けるアメリカの期待感は確かにある。だ
が、そうした期待感を日本の政治経済のメリットに変えるには、しっかりした戦略性
が必要だろう。例えば、仮に最初のシナリオが進んでいく場合は、日本には非常に大
きなチャンスがあるが、それをしっかり獲得してゆくには政治のリーダーシップから
ジャーナリズムのクオリティまで、広義の文明の力を絞り出すことが求められる。

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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『民主党のアメリカ 共和党のアメリカ』(日経プレミアシリーズ)
( http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4532260159/jmm05-22 )
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2008年10月28日 (火)

朝日よ、お前もか! 

[no_more_war:21471] 朝日よ、お前もか! 

皆様。   池田幸一です。

 民主党がいろいろな思惑から審議を怠った「給油延長論議」がここにきて自らの愚かさに臍をかむ悔いとなり、血の巡りの悪さを天下にさらす結果になりました。今日の毎日新聞「記者の目」で阿部周一記者が“問われる国際社会観”として実に良質な論陣を張っています。https://my-mai.mainichi.co.jp/mymai/modules/weblog_eye103/

アフガンのことはペシャワール会伊藤和也氏の殉難以来、私もこの趣旨に沿った意見を述べて参りましたので繰り返しませんが、この件は戦争を語り継ぐうえでも看過しがたい内容を含み、政局の都合で簡単に妥協するような問題ではないはずでした。

 この洞察力を欠いた筆頭野党が「より増し選挙」により首尾よく政権を担ったところで、いずれ集団自衛権や恒久法で政界再編制の洗礼を免れず、引いては責任政党として改憲論でどのような旗を掲げるのか? ここで気になる兆候を天木直人氏が指摘しています。 (天木直人のブログを叩いてください。)

 リベラル紙の雄であるはずの朝日新聞が、ついに消費税増税を社説で訴えるようになった として“政界大連立の前に大手新聞の大連立が進む”と、このように批判しています。

 朝日の10月25日社説“消費税アップー麻生首相は本気を示せ”に呼応する形で、27日読売社説も“消費税増税論を掲げている”というのであります。与野党ともに衆院選に向けて財源論を避けてきた中で、麻生首相が正面から取り組む姿勢を示したことは大決断だとするものです。

 麻生発言の是非はともかく天木氏は、リベラルの雄を誇ってきた朝日に対し“朝日よ、お前もか!”と御用新聞に成り下がった姿を怒ったのであります。“これは危険だ、見ているがよい。次は安全保障政策である、そのうちに朝日も読売と同様に、今のままの憲法で果たして国が守れるのか? と言い出すに違いない” と。

 “政治の世界では保守2大政党による大連立が進むと危惧されている。しかし、それに先駆けて、すでに大新聞の大連立が進みつつあることに気付かなければならない”

 私もその危惧で一ぱいです。また財源不足をいたずらにあおり、“その対策には増税しかない”と短絡する論には強い抵抗を覚えます。また始まったと、お耳障りでしょうが、なぜ消費税を上げるか軍事費を削るか の論にならないのでしょうか?

 日本の米軍経費負担は他のアメリカ同盟国26カ国の合計を上回り4400億円と、日本だけで全体の53%と突出しています。米兵一人当たりの負担額も他国はおよそ2万ドル程度のものが、在日米兵は約10万6千ドルと5倍以上。軍事費5兆円、思いやり予算が2500億円。

 明日の食事にも事欠く火の車の所帯でありながら、無用だと思われるセコム代をどうして先に払わねばならないのか?余裕さえあれば払うに越したことはないでしょうが、いま飢えている子供たちをそのままに軍事費とは・・・・ 私はどうしても合点が参らないのです。

 “朝日よ、お前もか!” 天木氏の心配は杞憂でしょうか?。

 

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2008年10月20日 (月)

『転形期の人々』

父母の記憶 龍吉の生い立ち
[2]竜吉 父と母に連れられて、秋田の田舎から出てきたのは七ツか八ツの頃だった。  15 トロッコの記憶 父と母 貧農 出稼ぎ
◆「やぢ」の開墾 ◆日露戦争が終って、その反動として不景気が来た。

23 夜逃げ

[3]25 心臓を痛めていた。 ◆パン屋 ◆29 父 学校 火山灰会社 姉 ◆妹 石炭ガラ捨て場 コークス

◇6年生 上級学校 父 製パン工場 ◆34 居候なら居候らしくしろ 屈辱 ◆父の自殺

105 [井上の死]ムシロの子供 母親

106 [両親の記憶] 龍吉はムシロの上の子供を見ると、小さい時に「土方部屋」にトロッコを押しに行った両親を、矢張りその側で腹をすかして待っていたことを思い出した。

◇龍吉は歩きながら、自分の父のことや、今迄のことを渡辺に話した。そんなことは龍 吉にはめったにないことだった。話しているうちに、─あの学校の門口に立っていた父の草鞋ばきの姿や、一言も云わずにパンを背負って帰って言った時の父の気持がそ のままに生々とよみがえってきた。

115 この世の中で労働者は大村龍吉のおやじみたいに、とどのつまりが自分で自分の 身体を殺してしまうか、井上安三みたいにあいつ等のために殺されるか◆もう一つは自分と同じ労働者の暮しをすっかり変えるために身を殺して働くか─この三つしか無いと思うよ」

[4]41 岩城ビル 修理に伴う値上げに反対 地震でもあったら

53 この家さ少しでも強い地震が来てみろ、お前らみんな南部せんべえよりも薄くなって、お陀仏してしまうんだ、岩城さんがそれを修繕してやろうッて云うのに何が不服だって……

42 部屋代の問題 古山 新聞記者
淫売婦 豆拾い 靴直し 差別 [さまざまな出身 構成]
朝鮮人労働者 3000人以上の朝鮮人

43 こんなに集まったのは、部屋代のことだからなんだよ。そうでないと、この五つに一つも集まらないんだからな。ここの人達は一銭でも得になる事でなかったら、テコでも動かんのだよ。……然しこれを逆に考えてみれば、労働者とか貧乏人というものは、こ の一点だけでは実に歩調を一緒にするものだということを占めしているんだ─僕はそう思うがね……」

◆古山は早稲田大学の出だった。
121 学校時代に 忘れられない事件の印象 10年も前のこと ゴム工場の争議

124 古山 学校を出ると 樺太のある小さい町の新聞社の記者 賃銀不払問題から一つ の現場で争議

125◎警察  彼の書く記事はその日から社長が眼を通すことになった。争議が始まってから、忘れたように口にしなかった酒を、古山は又飲み出した。「君-ィ、君はこの現在 の社会に正義、人道が行われていると思うか?えゝ、君-ィ?」
この新聞の寝返りによって、争議団はすっかり苦境に入ってしまった。 「お前は、裏切者だ!」「「××新聞記者訪問拒絶」 ◆新聞社の方も首になってしまった。彼は自分自身にすっかり自分を失ってしまった。「打ち砕かれた心を抱いて」彼は2年も住みなれた樺太の町を、人眼につかないように、コッソリと立ち去った。─そして彼は小樽の街に出 て来た。
◆食うために「生命保険会社」の外交員 「岩城ビル」に移ってきたのは、それから2年後   酔うと「俺は堕ちた人間だ」とか「ニヒリストだ」とか云いながら、奥底では瞬時もこうしていられないという焦燥にかられていた。─古山が「マルクス」を知ったのはその 頃だった。

朝鮮人

50 差配も朝鮮人の家族だけは二階の極まった室以外にはいれなかった。
◆小樽の街には3000人以上の朝鮮人が、それも手宮の街とその付近にゴミゴミとささり込んで住んでいた。─小樽で一番朝鮮人を使って、その安い賃銀で一番儲けている商業会議所の副会頭の言葉に従えば、それは「小樽の虱」だった!

51 合同労働では朝鮮労働者の問題が瘤だって云ってたよ
◆お前ら組合を出たら、朝鮮人をやめて使ってやると引っ掻けてきているらしいんだ。 今日来た人も云っていたが、理屈は簡単で、あくまで朝鮮労働者を日本の労働者と同水準に高める。そのために朝鮮の諸君が日本の労働者と一緒に全部結束して日本の労働 者と同じ賃銀を獲得すれば、問題は解決がつくのだが、それがオイそれと出来ないので困るとこぼしていたよ。

インテリ 61 李 62 固い顎の男 島田

警察 66 平賀の爺さん 「もし組合だなんだッてことになれば、わしの方でもこの大きな家を預かってるでのオ、矢張り警察さ届けなければならなくなる。でのォ、部屋代のことはこのビルの中だけで、おとなしくやって貰いたいんだよ」
─警察!それで皆は押さえられたように黙った。

中島鉄工所
75 北川 生不動になって、火花の中に突ッ立っているように見えた。
「俺の肺なんて、これァ非道く腐っているんだろうなァ?」
◆山形 内地で色々なこと どんなことをして来たのか誰も知っていなかった。・・・人触りのいいところ・・・・「山さん」「山さん」

79 渡辺 年は同じだったが、小学校を出ると直ぐ此処の鉄工所に入った。あまり冗談は云わなかったが、無口な人の場合によくあるように、彼が一寸云う冗談は何処か人とちがったコッケイなところを持っていた。機械の側でばかり暮らしてきたので、背丈が縦にのびる前に、横の方へ広がっていた。足も龍吉などよりは短かく、少しガマ足になっ ていた。─境遇は同じように貧乏ではあったが、龍吉のように神経を使う眼まぐるしさや、始終他人ヒトの気配ばかり覗がって来なければならないようなせいかつでなかっ たせいか、彼より何処か拘らない、鈍い重さのようなものを感じさせるところがあった。  ◇「工場」にしっくり合った人のように思われた。龍吉はそういう人間はあまり好きではなかったが。

岸本◆彼は自分がドブの中に蹴落されることがあっても、職工だと云われることより は屈辱を感じなかった。 ◆左手に金の指環
◇ゆうべの火事 ああいう時は何を措いても行くものだよ。後々のために!

109 山形 ワイ談 山形に従うと、渡辺がワイ談をするようになったら、それは彼が「一 段と偉く」なった時だった。─山形は他の人より見当のつかない処を持っていた。そ れでいて真面目になると、渡辺などよりも激しくムキになった。◆彼にくらべると、たった一本調子の渡辺や龍吉は、何処か子供だった。そんな気がした。

117 あれが組合だよ! 組合? 話だけには聞いていて、初めて見るものだった。
◆彼は思わず四囲アタリをキョロキョロと見回した。こんな処にいて、ケイサツに眼をつけられないだろうかと思った。
◆彼は知らずに、組合の人と云えば「岩城ビル」の立石のように悍ましい身体をした人 か、それとも又山形のような人かとばかり思っていたのだった。「鬼をもひしがんずる」(彼はそういう言葉を知っていた)─恐ろしい人でなければならないように考えていたのだ。

153 「結合の前の分離」 無慈悲的に 政治的闘争への転化!これが合言葉  政党の問題 「職業的革命家」養成の問題 東京の急進的な学生が 「レーニン」の写真

  「加藤の理屈に太刀打ちするのは面倒なんだ。あれは一足の靴が全体としてどのような出来栄えであるかということを見ないで、その靴を色々にひっくりかえしてみて、どこかに極くなんでもないたった一か所キズがあると、そこからその靴全体が少しの役 にも立たないのだという理屈の進め方をするんで、骨なんだ」 

163  ─彼は、自分の云うことが何時でも正しいし、労働者にも直ぐ分るのは、自分が偉いからでも、頭が良いからでもなく、このように労働者が実際にどう考えているかを誰よりもよく知っているからだと思っていた。

164 評議会と総同盟の分裂 加藤 理屈の文字面にとらわれて労働者の頭を引きずり廻しているご自分でも・・・次から次へとくるビラや声明書に引きずり廻されているのだ。作者附記
「序篇」を終わる 全篇の極く小部分 「前篇」では福本イズムの擡頭 「後篇」では福本イ ズムの没落から3・15まで これからまだ一年以上も連載して行かなければならないの で・・・

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2008年8月27日 (水)

日文協近代部会 2006年10月15日 二葉亭 漱石 啄木 広津 文学史の可能性

[1]
A 武田泰淳 「蝮のすえ」 
「俺は死刑になる。それは天罰だ。天罰でなくても  いい、しかし罰だ。;;だが俺を罰したところで、すまんよ、すみはせんよ。俺は又生まれかわってくる。多分は同じ日本人として生まれかわってくるんだからな。…………もしかしたら、この  人種は、つまり俺たちは、絶滅された方がいいかも知れんよ。どっちにしろ、このまま只ですまんよ。すむはずがない、これは苦笑で終わる問題じゃない。皮肉で終わる問題じゃないんだ。な、  君もふくまれているんだ。インテリーもふくまれているんだからな」

B 堀田善衛『記念碑』
 アメリカから帰国した伊沢は、期待を裏切って、その論調は次第に愛国行進曲調になり、「日本の草莽の民の忠誠心に感激した」と言うまでになった。
 続編「奇妙な青春」にはアメリカに占領された戦後の日本で、民主主義の担い手として活躍する姿が描かれている。そのアメリカの政策が変わったら、今度はどう変わるのか。
 康子の弟の安原克巳は共産主義者だったが転向して、参謀本部の依頼で豪州の鉱物資源の調査をするようになり、シンガポール陥落の提灯行列に参加して、宮城前で最敬礼するまでになった。もちろん、戦後は共産主義者として活躍するのである。
 彼らが時代とともに転向を繰り返すのは、彼らの思想が日本の現実そのものに根ざしたものでなかったからである。戦争で「西洋風の付焼刃みたいな教養」が洗い流されると、日本的虚無感にひたり、非合理主義的な国体思想や神国思想に流されていく。
『……あなたはそれでも自前で戦って来たつもりなの、持ち出しで生きてきたひとや死んだひとがいっぱい、いる……』
「悠久の大義」とか「肇国の精神」とか、意味内容の不明な思想を熱烈に説き、現実に対する生身の人間としての自分の責任を回避する菊夫に対する康子の批判である。
 康子は兄の安原大佐から届けられた手記を読み、悲惨な戦場の現実に心を打たれる。

[2]
A 中野重治 啄木に関する断片 
 明治の詩人中私の胸に特にしばしば往来する一系列の詩人がある。北村透谷、長谷川二葉亭、国木田独歩、石川啄木。透谷は「人生に相渉るとは何の謂ぞ」において山路愛山の俗人的見解を駁撃することによつて人生に相渉つた。二葉亭は文学者の名を嫌つて終に「文学は男子一生の事業と為すに足らず」と宣した。独歩は山林の中に存する自由にあくがれ、北海道における開墾事業を具体的に夢みた。そして啄木は時代の閉塞を認知して終に「明日の考察」に到達した。彼らを他の明治詩人から区別するところの彼らに共通の特徴は、彼らが単に完成する芸術を創ることそのこと(いうまでもなくかようなものは事実ない。〕を目ざさずして、直ちに人生の全般的考察を目ざした点に、そのために彼らが物質的にも精神的にも幾多の苦悶を経て薄幸におわつた点に、しかもそれらすべてにかかわらず、彼らが未完成のままに残した多くの仕事が、矛盾と焦躁と動乱とのなかに住む我々の胸に幾多の考うべきものを与えずにはおかない点にある。

B 北村透谷 
⑴ 人生に相渉るとは何の謂ぞ 
 吾人は記憶す、人間は戦ふ為に生れたるを。戦ふは戦ふ為に戦ふにあらずして、戦ふべきものあるが故に戦ふものなるを」(中略)事業は尊ぶべし、勝利は尊ぶべし、然れども高大なる戦士は、斯の如く勝利を携へて帰らざることあるなり、彼の一生は勝利を目的とて戦はず、別に大に企図するところあり、空を撃ち虚を狙ひ、空の空なる事業をなして、戦争の中途に何れへか去ることを常とするものあるなり。

⑵ 徳川氏時代の平民的理想
 わが徳川時代平民の理想を査察せんとするは、我邦の生命を知らんとの切望あればなり。山沢を漫渉して、渓澗の炎暑の候にも涸れざるを見る時に、我は地底の水脈の苟且(ゆるかせ)にすべからざるを思ふ、社界の外面に顕はれたる思想上の現象に注ぐ眼光は、須らく地下に鑿下して幾多の土層以下に流るゝ大江を徹視せん事を要す、徳川氏の興亡は甚しく留意すべきにあらず、然も徳川氏三百年を流るゝ地底の大江我が眼前に横たはる時、我は是を観察するを楽しむ、誰れか知らむ、徳川氏時代に流れたる地下の大江は、明治の政治的革新にてしがらみ留むべきものにあらざるを。

[3]
A 広津和郎 
⑴ 一本の糸 昭和14・9 『中央公論』
320 適度の知性と適度の懐疑性と適度の適応性と、日本の作家は実に適度の都合の好さでそれを持っている。 ****その何事にも及第し、何事にも適応して行く現実適応主義が実に何年も何年もつづいた。

◆◇◆若い時に二葉亭に感動した。 ◇◆男子一生の仕事とは思えない
新聞記者としての彼を主筆や社長の位置につかせたら隠れた政治家の彼を大臣の地位にまつり上げたら、彼は政治はおれには向かんと云って三日で辞表を叩きつけたろう。それは◇何事にも満足というものを知らない彼の理想主義が、彼を追い立てるのである。それは現実適応性とは凡そ違う。 何事が理想かといえば個々のことは云えても、大きな意味での一貫した答は出来ない。そして亦何事が目的かといえば、これ亦個々のことは云えても、大きな意味での一貫した答は出来ない。それは無理想無目的に近い。それだのに現在に満足が出来ず、生きて動きたいのである。
自分はこれはやっぱり文学者の性格であると思う。

***併し二葉亭の一生を考える事が、大概の作家の作物を読むより私に面白いという事は、私は自分がやっぱり作者とその背景とを別にして見る事の出来ない種類の読者なのであろう。

 その二葉亭のあたえた文学の糸は、二葉亭だけでぽつりと切れている。私がいつも淋しく思うのは、そうした糸を手繰り上げる作家がいつになっても出て来ないことである。

⑵ 自由と責任の問題
現代に於いてこの思想をもっとも力強く主張しているのはアルツィバーセフである。
極端な個人主義

私もこの世に範疇を作って、人間の自由を束縛しようとする或る一派の思想家の態度を好まない。

自由と責任の問題
アルツィバーセフ その結果を引き受ける責任は毫末もないという思想

この絶対自由を与えられているからこそ、人間は責任を感じなければならないのである。
自由を感ずるという事は、やがて感ずる事ではないか。

私は近頃ちょっとした事からも直ぐこうした心臓の圧迫を感ずる。

若しこの感情を正当なものであると是認したならば、私は一生駈足しても、始終このハアトの痛みから脱する訳には行くまい。
是が最も人間的な感情であるなどと、私には自惚れる事は出来ない。

けれども今の私のように、その感情によって始終ハアトを痛められ、始終焦燥に駆られているのも、道徳的であるとは云えない。

一方に傾けば無責任になり。一方に傾けば又自滅となる。--人間のこの感情は不思議な作用を我々の生活にしているものであると思う。

⑶ 如何に時局に対処するか 昭和12年9月22日~23日 読売新聞
 芸術と実行

***散文芸術は実行世界の直ぐ隣にあり実行世界によって絶えず刺戟されて行く以外に、散文芸術の後世はあり得ないと云ったような考えが始終私の頭にあった。

296 併しこの一二年になって、私の頭には、散文芸術が実行世界の隣りであり、そこに特色があるという事がたとい説明されたところで、それが何であろうというような疑念が少しずつ萌し始めたのである。---実行生活の隣りであるという事によって、実行生活との近づきを散文芸術がその特色とするというならば、それはその実行生活の隣りであるというその「隣り」の一線を撤去してしまえば、もっと好い筈ではないか。---何故それは実行生活そのものになってはいけないのであるか。

⑷ 「散文精神について」 昭和11・10・27~29『東京日日新聞』
私はそれが新しくいわれはじめた事の最大の理由はやっぱり今われくが当面している現実--日本の文化の進みを阻害するあの強力な壁--の圧力にあると思う。つまりこの壁にぶっつかっての作家達の心構えが散文精神という言葉になって現れたのであると思う。
  それは一口にいえば現実探究の精神--善悪ともに結論を急がずにひた押しに押して行く現実探究精神とでもいうべきであろう。

⑸ 「再び散文精神について」 昭和23・10 『光』
今は意味がなくなった言葉ではないと思う。その精神は今も益々必要であると思う。まだまだその精神をゆるめて好い時代は日本には来ていない。われわれの頭の上の重圧はまだ解けてはいない。いや、今後いろいろな形でいろいろな重圧が来る事が予想される。

***文学者は狭い領域に引っ込んでいる時でない事を私は益々主張したいと思っている位である。

私は近頃ヒュウマニズムの最も重要な性質としてあげるべきは歴史に対する責任であると思っている。歴史を無視して観念上で天高く飛翔する天才主義者や、歴史の動きの表面で泡立つ現象に一々喜んだり悲観したりする現象主義者を私は好まない。

⑹「再び『異邦人』について」 昭和26・10 『群像』
***限定された自由 ◆◇最も大きな不条理である死
◆◇つまり、人生の不条理に負けず、それを回避せず、それをごまかさず、真正面からそれに明晰なる頭脳を以て戦い挑み、そして終に精神的にそれを克服する。---そこに同じ傾向の思想家達と違った彼の思想の特色があるのである。
◆◇一つの哲学小説 実験小説 として 読み直して見ると、この甚だしく曖昧な小説の意味も少しずつ解って来る。
486 「アルツィバアシェフ論」 その必至的な死を自分の自由意志によって支配しようと考える。***自分で自分を焼き殺す。◆◇実験小説
併しここまで行けば人はWHAT IS LIFE から HOW TO LIVE に移行しなければならない。
WHAT IS LIFE には先がない 併し HOW TO LIVE には死はない。
WHAT IS LIFE で割り出された死が忘れられたところに、 HOW TO LIVE が始まるのである。死がないという事は、死があるという事ほど明瞭には証明が立たない。併し証明の立たないところに複雑な不死の実感があるのである。つまり人間の生きている気持に死はないのである。それだからこそ HOW TO LIVE が成立つのである。
◆◇アルツィバアシェフの「死」の思想に対して
487 ◆◇不条理観は確実である。誰もWHAT IS LIFE を考える時、それを否定しはしない。併し事実生きている人間はそれを忘れて生きているのである。いや、不条理観を頭に置きながらでも、 HOW TO LIVE を考える事は成立つのである。キリスト教の神の観念に長い間支配されていた人々には、神に代った不条理観が新鮮で大事なのかも知れないが、神なくして、「無」から出発して、而も長い間生きて来た東洋人には、こんな思想は実は解り切った思想なのである。
◇実験室の思想も実践に移されて役に立たなければ何もならない。人間に与えられた条件の中の根源的な曖昧さに人間が動かされている事によって、個人の責任が無視されるなどという思想は、実行の世界ではナンセンスである。そこで個人の責任を考えれば、
HOW TO LIVE に移行しなければならない。そしてそれが何億の人間の生きている姿なのである。この HOW TO LIVE によって個人の責任観念がはっきりして来る。
B 石川啄木 
⑴「林中書」
教育の眞の目的は、「人間」を作る事である。決して、学者や、技師や、事務家や、教師や、商人や、農夫や、官吏などを作る事ではない。何処までも「人間」を作る事である。唯「人間」を作る事である。これで澤山だ。智識を授けるなどは、眞の教育の一小部分に過ぎぬ。

⑵「食うべき詩」
「詩人」とか「天才」とか、そのころの青年をわけもなく酔わしめた揮発性の言葉が、いつの間にか私を酔わしめなくなった。恋の醒めぎわのような空虚の感が、自分で自分を考える時はもちろん、詩作上の先輩に逢い、もしくはその人たちの作を読む時にも、始終私を離れなかった。

最も手取早くいえば私は詩人という特殊なる人間の存在を否定する。詩を書く人を他の人が詩人と呼ぶのは差支ないが、その当人が自分は詩人であると思ってはいけない、いけないといっては妥当を欠くかもしれないが、そう思うことによってその人の書く詩は堕落する……我々に不必要なものになる。詩人たる資格は三つある。詩人はまず第一に「人」でなければならぬ。第二に「人」でなければならぬ。第三に「人」でなければならぬ。そうしてじつに普通人のもっているすべての物をもっているところの人でなければならぬ。

⑶「巻煙草」「スバル」第2巻 第1号 明治43年1月1日
 文学者が呉服星や美術商や玩具屋でない限り、「新らしい試み」という事は無意義ではあるまいか。事新らしく云うまでもないが文学は自己の発表である。試み試みと自分でいう人は、発表の形式の研究者であって、発表すべき自己その物を閑却してる人のように見えない事がないでもない。

⑷「時代閉塞の現状」
 かくて我々の今後の方針は、以上三次の経験によってほぼ限定されているのである。すなわち我々の理想はもはや「善」や「美」に対する空想であるわけはない。いっさいの空想を峻拒して、そこに残るただ一つの真実――「必要」! これじつに我々が未来に向って求むべきいっさいである。我々は今最も厳密に、大胆に、自由に「今日」を研究して、そこに我々自身にとっての「明日」の必要を発見しなければならぬ。必要は最も確実なる理想である。

 文学――かの自然主義運動の前半、彼らの「真実」の発見と承認とが、「批評」として刺戟をもっていた時代が過ぎて以来、ようやくただの記述、ただの説話に傾いてきている文学も、かくてまたその眠れる精神が目を覚してくるのではあるまいか。なぜなれば、我々全青年の心が「明日」を占領した時、その時「今日」のいっさいが初めて最も適切なる批評を享くるからである。時代に没頭していては時代を批評することができない。私の文学に求むるところは批評である。

[4]
A 二葉亭四迷

⑴「平凡」1907(明治40)年(「其面影」1906年)
人生の外《ほか》に出で、人生を望み見て、人生を思議する時、人生は遂に不可得なり。

人生に目的ありと見、なしと見る、共に理智の作用のみ。理智の眼《まなこ》を抉出  して目的を見ざる処に、至味存す。

理想は幻影のみ。

凡人《ぼんにん》は聖人の縮図なり。

二十世紀の文明は思想を超脱せんとする人間の努力たるべし。
      
此様《こん》な事ならまだ幾らでも列べられるだろうが、列べたって詰らない。皆啌《うそ》だ。啌《うそ》でない事を一つ書いて置こう。

私はポチが殺された当座は、人間の顔が皆犬殺しに見えた。是丈は本当の事だ。

⑵ 私は懐疑派だ (明治四十一年二月「文章世界」)

 私は何も仏(ほとけ)を信じてる訳じゃないが、禅で悟を開くとか、見性成仏(けんしょうじょうぶつ)とかいった趣きが心の中(うち)には有る。そんなら今が幸福だと満足して、此上に社会改良も何も不必要かと云うに然うでもない、大変パラドクサルになって了って……ある意味じゃ此儘幸福だが、他の意味じゃ不幸福だ。一見矛盾しているようだが私の心では為(し)て居らん。ここが象徴派(シムボリスト)と同じ所へ来ている証拠じゃないかと思う。だから人が文学や哲学を難有(ありがた)がるのは余程後れていやせんかと考えられる。第一其等が有難いと云うな、偽(うそ)の有難いんだ。何となれば、文学哲学の価値を一旦根底から疑って掛らんけりゃ、真の価値は解らんじゃないか。ところが日本の文学の発達を考えて見るに果してそう云うモーメントが有ったか、有るまい。  今の文学者なざ殊に、西洋の影響を受けていきなり文学は有難いものとして担ぎ廻って居る。これじゃ未だ未だ途中だ。何にしても、文学を尊ぶ気風を一旦壊して見るんだね。すると其敗滅(ルーインス)の上に築かれて来る文学に対する態度は「文学も悪くはないな!」ぐらいな処(とこ)になる。心持ちは第一義に居ても、人間の行為は第二義になって現われるんだから、ま、文学でも仕方がないと云うように、価値が定(き)まって来るんじゃないかと思う。
    (以下略)
   
B 夏目漱石 
⑴ 文芸は男子一生の事業とするに足らざる乎
……若し文学者の職業が男子の一生の事業とするに足らぬと云うならば、政治家の職業も亦男子一生の事業とするに足らないとも言えるし、軍人の職業も男子の一生の事業とするに足らぬとも言える。それを又逆にして、若し、文学者の職業を男子一生の事業とするに足ると云うならば、大工も豆腐屋も下駄の歯入れ屋も男子一生の事業とするに足ると言っても差支えない。

  で、今迄言ったような訳だから、文学は男子一生の事業とするに足らぬとか云う人が出て来ても、些っとも驚くことはない。又、文学は無類飛切の好い職業で、人生にとって之れ程意味あり、価値ある職業はないと云う人があっても、又決して喜ぶには当らない。文学に大きな価値があるとか無いとか、深い意味があるとか無いとか、両方で争って見た所で、それは要するに水掛け議論たるに過ぎない。

⑵ 長谷川君と余
その時余の受けた感じは、品位のある紳士らしい男――文学者でもない、新聞社員でもない、また政客でも軍人でもない、あらゆる職業以外に厳然として存在する一種品位のある紳士から受くる社交的の快味であった。そうして、この品位は単に門地階級から生ずる貴族的のものではない、半分は性情、半分は修養から来ているという事を悟った。しかもその修養のうちには、自制とか克己とかいういわゆる漢学者から受け襲(つ)いで、強いて己を矯めた痕迹がないと云う事を発見した。そうしてその幾分は学問の結果自(おのずか)らここに至ったものと鑑定した。また幾分は学問と反対の方面、すなわち俗に云う苦労をして、野暮を洗い落として、そうして再び野暮に安住しているところから起ったものと判断した。

⑶「イズムの功過」――明治四三、七、二三『東京朝日新聞』――抜粋
イズムは既に経過せる事実を土台として成立するものである。過去を総束するものである。経験の歴史を簡略にするものである。与えられたる事実の輪廓である。型である。この型を以て未来に臨むのは、天の展開する未来の内容を、人の頭で拵えた器に盛終せようと、あらかじめ待ち設けると一般である。器械的な自然界の現象のうち、尤も単調な重複を厭わざるものには、すぐこの型を応用して実生活の便宜を計る事が出来るかも知れない。科学者の研究が未来に反射するというのはこのためである。しかし人間精神上の生活において、吾人がもし一イズムに支配されんとするとき、吾人は直《ただち》に与えられたる輪廓のために生存するの苦痛を感ずるものである。単に与えられたる輪廓の方便として生存するのは、形骸のために器械の用をなすと一般だからである。その時わが精神の発展が自個天然の法則に遵って、自己に真実なる輪廓を、自らと自らに付与し得ざる屈辱を憤る事さえある。

⑷「彼岸過迄」について
 実をいうと自分は自然派の作家でもなければ象徴派の作家でもない。近頃しばしば耳にするネオ浪漫派の作家ではなおさらない。

 自分はまた自分の作物を新しい新しいと吹聴する事も好まない。今の世にむやみに新しがっているものは三越呉服店とヤンキーとそれから文壇における一部の作家と評家だろうと自分はとうから考えている。

 東京大阪を通じて計算すると、吾朝日新聞の購読者は実に何十万という多数に上っている。その内で自分の作物を読んでくれる人は何人あるか知らないが、その何人かの大部分はおそらく文壇の裏通りも露路も覗いた経験はあるまい。全くただの人間として大自然の空気を真率に呼吸しつつ穏当に生息しているだけだろうと思う。自分はこれらの教育あるかつ尋常なる士人の前にわが作物を公にし得る自分を幸福と信じている。

啄木 朝日入社 
●1909年 明治42年 満23歳 3月1日 朝日新聞社出社。
弓町より(食ふべき詩) 「東京毎日新聞」明治42年11月30日、12月2,3,4,5,6,7日
二葉亭の死を入社そうそうに知る。
二葉亭全集の校正、ついで編集
38 巻煙草 「スバル」第2巻 第1号 明治43年1月1日
39 性急な思想 「東京毎日新聞」明治43年2月13,14,15日
40 硝子窓 「新小説」第15巻第6号明治43年6月1日

二葉亭 
1906年 - 10月、「其面影」の連載を始める。
1907年 - 10月、「平凡」の連載を始める。
1908年 - 6月、ロシアのペテルブルクへ派遣される。
1909年 - 3月、肺炎、肺結核のため入院。4月に出国。5月10日、ベンガル湾上で客死。享年45歳。
1910年 - 朝日新聞社より全集出版。その校閲は石川啄木。

「行人」 香厳 神
坊さんの名はたしか香厳(きょうげん)とか云いました。俗にいう一を問えば十を答え、十を問えば百を答えるといった風の、聡明霊利(そうめいれいり)に生れついた人なのだそうです。ところがその聡明霊利が悟道(ごどう)の邪魔になって、いつまで経(た)っても道に入れなかったと兄さんは語りました。悟(さとり)を知らない私にもこの意味はよく通じます。自分の智慧(ちえ)に苦しみ抜いている兄さんにはなおさら痛切に解っているでしょう。兄さんは「全く多知多解(たちたげ)が煩(わずらい)をなしたのだ」ととくに注意したくらいです。

「どうかして香厳になりたい」と兄さんが云います。兄さんの意味はあなたにもよく解るでしょう。いっさいの重荷を卸(おろ)して楽(らく)になりたいのです。兄さんはその 重荷を預かって貰う神をもっていないのです。だから掃溜(はきだめ)か何かへ棄(す)ててしまいたいと云うのです。兄さんは聡明な点においてよくこの香厳(きょうげん)という坊さんに似ています。だからなおのこと香厳が羨(うらや)ましいのでしょう。

n188 講義を作るためばかりに生まれた人間じゃない。 然し講義を作ったり書物を読んだりする必要があるために肝心の人間らしい心持ちを人間らしく満足させる事が出来なくなってしまったたのだ。 でなければ先方で満足させてくれる事が出来なくなったのだ。
   
[32]336  「こうして髭を生やしたり、 洋服を着たり、 シガーを銜えたりするところを上部から見ると、 如何にも一人前の紳士らしいが、 実際僕の心は宿なしの乞食みたように朝から晩までうろうろしている。 二六時中不安に追い懸けられている。 情けない程落付けない。 仕舞には世の中で自分程修養の出来ていない気の毒な人間はあるまいと思う。 そういう時に、 電車やなにかで、 不図眼を上げて向う側を見ると、 如何にも苦のなさそうな顔に出っ食わすことがある。 邪念の萌さないぽかんとした顔に注ぐ瞬間に、 僕はしみじみ嬉しいという刺激を総身にうける。 僕の心は旱魃に枯れかかった稲の穂が膏雨を得たように蘇える。 同時にその顔--何も考えていない、 全く落付払ったその顔が、大変 気高く見える。
 
◆ ほとんど宗教心に近い敬虔の念をもって、 その顔の前に跪いて感謝の意を表したくなる。 自然に対する僕の態度も全く同じ事だ。 昔のように唯うつくしいから玩ぶという心持は今の僕には起こる余裕がない」

337 「人間の不安は科学の発展から来る。 進んで止まることを知らない科学は、 かつて我々に止まることを許してくれたことがない。 徒歩から俥、 俥から馬車、 馬車から汽車、汽車から自動車、 それから航空船、 それから飛行機と何処まで行っても休ませてくれない。何処まで伴れて行かれるか分からない。 実に恐ろしい。」

◆「人間全体が幾世紀かの後に到着すべき運命を、 僕は僕一人で僕一代のうちに・・・ 僕は人間全体の不安を、 自分一人に集めて、 そのまた不安を、 一刻一分の短時間に煮詰めた恐ろしさを経験している。

1) 広告文 
1. 今日騒々雑々たる文学界に、敢然清浄なる集団を形づくる
今日僕らの「時代の青春」の歌

 専ら青春の歌の高き調べ以外を拒み、昨日の習俗を案ぜず、明日の真諦をめざして
滞らぬ。わが時代の青春!この浪曼的なものの今日の充満を心情において捉え得るも
のの友情である。芸術人の天賦を真に意識し、現状反抗を強いられし者の集いである。
日本浪曼派はここに自体が一つのイロニーである。

2. 日本浪曼派は悉く総てに秀でて、至上に清らかに美しい存在である。僕ら亦希求し憧憬する、最も高貴に激烈なものを。美しいものの擁護のため、最も崇高なものの顕彰のため、この必至の伝統芸術人復興の使命を、茲に特に高邁急迫に表現する一方法である。

既に結ばれた僕らの友情は最も深く尤も濃かである。
世の宏覧の知識人に呼びかけ、心ある識者文人のあつき支持と援助を冀う次第であ
る。

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幸徳秋水 『二十世紀の怪物 帝国主義』 

鎌倉市民アカデミア 資料 補遺

平和新聞 第4回  幸徳秋水 『二十世紀の怪物 帝国主義』 

彼等は戦争の罪悪にして且つ害毒なることを知れり、彼等は可及的之を避けんと希(ねが)はざるはなし。彼等は平和と博愛の、正義にして且つ福利なることを知れり、彼等は可及的速に之が実現を望まざるはなし。而かも何ぞ断々乎として其戦争に対す
る準備を廃して、以て平和と博愛の福利を享けざるや。

『二十世紀の怪物 帝国主義』一九〇一(明治三四)年の四月刊行
二十世紀 帝国主義戦争の時代 二度の世界大戦 想像を絶する大きな犠牲「戦争の罪悪にして且つ有害なること」
しかも今なお、三万発もの核兵器が残され、現代科学の粋を集め、莫大な財貨を集中して、軍事力の増強がはかられている。

「英國は南阿を伐てり、米国は比律賓(フィリピン)を討てり、独逸は膠州(こうしゅう)を取れり、露國は満洲を奪へり、佛国はフアシヨダを征せり、伊太利はアビシニアに戦へり。是れ近時の帝国主義を行ふ所以の較著なる現象也。帝国主義の向ふ所、軍備、若くば軍備を後援とせる外交の之に伴はざるなし。」

「蓋し国家経営の目的は、社会永遠の進歩に在り、人類全般の福利に在り。然り単に現在の繁栄に在らずして永遠の進歩に在り、単に小数階級の権勢に在らずして全般の福利に在り。」

「今や此愛国的病菌は朝野上下に蔓延し、帝国主義的ペストは世界列国に伝染し、二十世紀の文明を破毀し尽さずんば已まざらんとす。」

内村鑑三、堺利彦とともに『万朝報』を退社し、堺とともに『平民新聞』を創刊
開戦直前に「吾人は飽くまで戦争を非認す」、開戦後も「戦争来」「兵士を送る」「嗚呼増税!」など 「露国社会党に与うる書」では平和のために国境を越えた連帯・共同を呼びかけた。幸徳の勇敢な戦いは今日にいたるまで光を失っていない。

平和新聞⑪ 2001年4月 石川啄木 新らしき都の基礎  伊豆利彦

やがて世界の戦は来らん!
不死鳥の如き空中軍艦が空に群れて、
その下にあらゆる都府が毀たれん!
戦は永く続かん! 人々の半ばは骨となるならん!
然る後、あはれ、然る後、我等の
『新らしき都』はいづこに建つべきか?

 この詩(一部省略)の原形は一九〇九年(明治四二)四月十三日の日記に記されている。この日記はローマ字で書かれ、この詩もローマ字で書かれた。当時啄木は妻子と老母を北海道に残して単身上京し、朝日新聞の校正係をしていたが、小説は思うように書けず、家族を呼び寄せることも出来ずに、失意と焦燥のうちに荒れはてた生活をしていた。

 日露開戦直後の啄木は戦争を讃美して、

「戦いの為の戦いではない。正義のため、文明のため、平和のため、終局の理想のために戦うのである」というような文章(「戦雲余録」)を『岩手日報』に発表したりしていた。

「ああ、哀れなる驕慢児!汝は、汝の兵卒が露西亜の兵卒と競争して優勝旗を獲たために、軍事ならざる他の一切のことまでも世界一なようにおごっている。何と情ない話ではないか」(「林中書」一九〇八)

「敗けるということを知らぬのが日本人の最大不幸だ」乃木大将の開戦前の言葉

ロシアは専制君主国で日本は立憲国である。しかし、日本人は与えられた自由と権利をどれほど尊んでいるだろうか。彼らはこれを金力や官力にすこぶる安値で売り渡りすことはないか。何万という人間の権利と自由を代表する代議士まで、これを自己の利害や野心のために捨ててかえりみないということはないか。 

ロシアの人民 労働者の権利を守るためにガボン僧正を先頭に血の行進
トルストイは一切の不自由の中にいて真の自由を求めて戦った。

「日本人は近代の文明を衣服にしてまとうている」が、「露人はこれを深く腹中に蔵している」。

「予は華やかな明治一切の文物よりも、浮浪者上がりの幾度となく監獄の門をくぐった、肺病患者のゴルキイの方が、真の文明のために、はるかにはるかに祝すべきだと考える……」

ついに世界戦争に突入して国土を焼尽した日本の未来を予見し、何の差別もない自由な社会の夢を語っている。時代におしつぶされ、現実に変革の可能性を見出すことが出来なかった啄木は、日本の敗北にしか、新しい社会を実現する可能性を見出すことが出来なかったのである。

メールアドレス xyztizmk@nifty.com
ホームページhttp://homepage2.nifty.com/tizu/

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鎌倉アカデミア 夏目漱石 新しい人間とモラル 

 鎌倉アカデミア 夏目漱石 新しい人間とモラル   1997年9月9日  伊豆利彦

  漱石の生きた時代 
出生1867年(慶応3) ペリー来航1853 (嘉永6)幕末維新動乱の時代 近代化の洪水
死亡1916年(大正5) 第一次世界大戦1914~1918 ロシア革命1917年
没後81年 英国留学1900年~1903年☆20世紀の初頭 ◆100年の後 ◆維新後50年
動乱の時代 西南戦争 自由民権 憲法発布 日清戦争 日露戦争
義和団事件 ボーア戦争 日英同盟  第一次世界大戦

 [1]「マードック先生の日本歴史」(1911 年3 月)
1)「維新革命と同時に生まれた余から見ると、 明治の歴史は即ち余の歴史である」自分にとって至極当たり前の日本の歴史が、西洋人であるマードック先生には極めて驚くべきものだった。
[明治の日本を西洋人の眼で照らし出し、日本の近代をもう一つの眼で見る。]
2)「歴史は過去を振返った時始めて生れるものである。悲しいかな今の吾等は刻々に押し流されて、瞬時も一所に彽徊して、吾等が歩んで来た道を顧みる暇を有たない。吾等の過去は存在せざる過去の如くに、未来の為に蹂躙されつつある。吾等は歴史を有せざる成り上がり者の如くに、ただ、前へ前へと押されて行く」
3)「財力、脳力、体力、道徳力、の非常に懸け隔たった国民が、鼻と鼻を突き合わせた時、低い方は急に自己の過去を失ってしまう」◆我等の二つの眼は「二つながら、昼夜ともに前を望んでいる。そうして足の眼に及ばざるを恨みとして、焦慮アセリ に焦慮アセツ て、汗を流したり呼息イキを切らしたりする」「恐るべき神経衰弱はペストより劇ハゲしき病毒を社会に植付けつつある」 
4)「夜番の為に正宗の名刀と南蛮鉄の具足とを買うべく余儀なくせられたる家族は、沢庵の尻尾を噛って日夜齷齪するにも拘わらず、夜番の方では頻りに刀と具足の不足を訴えている」
5)「吾等は渾身の気力を挙げて、吾等が過去を破壊しつつ、斃れるまで前進するのである」
6)「吾等は吾等の現在から刻々に追い捲られて、吾等の未来を斯の如く悲観している」

[2]◆◇漱石と英国 漱石における東洋と西洋  帝国主義の時代多元論
A 文学論序 
 帰朝後の三年有半もまた不愉快も三年有半なり、 されども余は日本の臣民なり。 不愉快なるがゆえに日本を去るの理由を認め得ず。 日本の臣民たる光栄と権利を有する余は、 五千万人中に生息して、 少なくとも五千万分一の光栄と権利を支持せんと欲す。 この光栄と権利を五千万分一以下に切り詰められたる時、 余は余が存在を否定し、 もしくは余が本国を去るの挙に出ずるあたわず、 むしろ力の続くかぎり、 これを五千万分一に回復せんことを努むべし。 これ余が微少なる意志にあらず。 余が意志以上の意志なり、 余が意志以上の意志は、 余の意志をもっていかんともするあたわざるなり。 余の意志以上の意志は余に命じて、 日本臣民たるの光栄と権利を支持するために、 いかなる不愉快をも避くるなかれという。

B 「欧州今日文明の失敗」
貧富の懸隔 ◆幾多有為の人材を年々餓死凍死無教育に終らせている。 
「カールマークスの所論の如きは単に純粋の理屈としても欠点有之べくとは存候へども今日の世界に此説の出づるは当然の事と存候」
◆フランス革命はやはり封建制度を倒して資本主義に変化したに過ぎず、第二のフランス革命
◇日本の紳商なる者は理非を弁ぜず、宗教心などもなく、ただ我がままの心があるばかり「見ヨ  見ヨ彼等ノ頭上ニ電光ノ忽然ト閃ク時節アラン」

C 留学当時のノート「日本人の目的」
「(1)文明ノ大勢ニ従ヒchanceヲminimum ニスルコト
(2)外国ニ抵抗シ、 之ヲ圧伏スルコト
(3)宇内ヲ統一スルコト
(4)然ル後世界全体ヲ改造スルコト」

D 英国時代の日記
a 夜下宿ノ三階デツクヅク日本の前途を考ウ。日本ハ真面目ナラザルベカラズ。日本人ノ眼ハヨリ大ナラザルベカラズ。 [ 倫敦消息]
b 英人ハ天下一ノ強国ト思ヘリ仏人モ天下一ノ強国ト思ヘリ独乙人モシカ思ヘリ彼等ハ過去ニ歴史アルコトヲ忘レツツアルナリ羅馬ハ亡ビタリ希臘モ亡ビタリ今ノ英国仏国独乙ハ亡ブルノ期ナキカ、日本ハ過去ニ於テ比較的ニ満足ナル歴史ヲ有シタリ、比較的ニ満足ナル現在ヲ有シツツアリ、未来ハ如何アルベキカ。

E 断片明治34年4月頃
ア(1) 金の有力なるを知りし事。
(2) 金の有力なるを知ると同時に金あるものが勢力を得し事。
(3) 金あるものの多数は無学無智野鄙なる事。
(4) 無学不徳義にても金あれば世に勢力を有するに至る事を事実に示したる故、 国民は窮屈なる 徳義を棄て、 ただ金をとりて威張らんとするに至りし事。
(5) 自由主義は秩序を壊乱せる事。
(6) その結果愚なるもの無教育なるもの齢ヨワイ するに足らざるもの不徳義のものをも士大夫の社会に入れたる事。
(7) 昔時は金の力を以て社会的の地位は高まらざりし事。 御用達は一個の賤業にして金あるため尊敬は受けざりし事。
 (8) 猿が手を持つから始めて「クライブ」に終わる教育の恐るべき事。
イ(1) 今の文化は金で買へる文化なり。 金で買へる文化が最もよき文化なるか。 若し然らずんば日本が万事において西洋を崇拝するは愚なり。
(2) 義侠といふ語が西洋にない。 これは観念がないからだ。 小説などにはこのsacrifice といふことを綴ったものが少ない。
(3) 道徳は習慣だ。 強者の都合のよきものが道徳の形にあらはれる。 孝は親の権力の強き処、 忠は君の権力の強き処、 貞は男子の権力の強き処にあらはれる。
(4) 金さへあれば何でも我が意の如くさと云ふ様な顔をして居る奴にはたてをついて困らしてやるがいい。 日本を背負って立つ様な風をする政治家には民間で大議論を吐いて驚かしてやるがいい。 天下の学者は我一人だといはぬばかりのものにはむづかしい質問をかけてへこましてやるがいい。 己れは日本一の力持だといふものは小股をすくってなげてやるがいい。 軍人は国家の柱石だなどいふ奴には……
(5) 日本の昔の道徳はsubordination がよく出来て居る。 君臣、 父子、 夫婦
是は社会を統一して器械的に働かす為に尤も必要である。 今はだめ

F 「 倫敦消息」
①「こちらへ来てからどういうものかいやに人間が真面目マジメ になってね。色々な事を見たり聞キイたりするにつけて日本の将来という問題がしきりに頭の中に起る」
②日本の将来 この国の文学美術 この国の物質的開化 その進歩の裏面 いかなる潮流
紳士一般の人間鷹揚で勤勉同時に癪に障ること
日本の社会の有様たのもしくない情けないような心持 日本の紳士 徳育 体育 美育 ◆得意
 ◆浮華  
 ◆彼等がいかに現在の日本に満足して一般の国民を堕落の淵に誘いつつあるかを知らざるほど近視眼であるか いろいろな不平 日本の上流社会の事に関して長い手紙
③新聞 第1 に支那事件魯国新聞朝鮮で朝鮮こそいい迷惑◆「トルストイ」
④「魯西亞と日本は争わんとして争わざらんとしつつある。支那は天子蒙塵の辱を受けつつある。英国はトランスヴァール( 南アフリカ) の金剛石を掘り出して軍事の穴を填めんとしつつある。此多事なる世界は昼となく夜となく回転しつつ波瀾を生じつつある」

[3]「愚見数則」
「月給の高下にて、 教師の価値を定むる勿れ」
「人を観よ、金時計を観る勿れ、洋服を観る勿れ、泥棒は我々より立派に出で立つものなり」
「理想なきものの言語動作を見よ、醜陋の極なり」
「理想は見識より出づ、見識は学問より生ず、学問をして人間が上等にならぬ位なら、初めから無学でいる方がよし」
「世に悪人ある以上は、喧嘩は免るべからず、社会が完全にならぬ間は、不平騒動なかるべからず、学校も生徒が騒動をすればこそ、漸々改良するなれ、無事平穏は御目出度に相違なきも、時としては、憂うべきの現象なり」

[4]『坊ちゃん』
a 世の中に正直が勝たないで、 外に勝つものがあるか。 考えて見ろ。 今夜中に勝てなければ、あした勝つ。 あした勝てなければ、 あさって勝つ。 あさって勝てなければ、 下宿から弁当を取り寄せて勝つまでここに居る。
b◎山嵐《教育の精神は単に学問を授けるばかりではない、 高尚な、 正直な、 武士的な元気を鼓吹すると同時に、 野卑な、 軽躁な、 暴慢な悪風を掃蕩するにあると思います。 》
c 向こうが人ならおれも人だ。
 ☆月給で買われた身体 *40円の月給[住田校長月給60円]
◆月給の多い方が豪いのじゃろうがなもし
d おれだって人間だ 
◆議論のいい人が善人とはきまらない。 遣り込められる方が悪人とはきまらない。
◆《金力や威力や理屈で人の心が買える者なら、 》
e ハイカラ野郎の、 ペテン師の、 イカサマ師の、 猫被ネコッカブ りの香具師ヤシの、 モモンガーの、わんわん鳴けば犬も同然な奴 
◆世の中はいかさま師ばかりで、 お互いに乗せっこをしているのかも知れない
f 向こうが人ならおれも人だ] 愚迂多良童子グウタラドウジ を極め込んでいれば、 向は益々増長するばかり、 大きく云えば世の中の為にならない
g ◆証拠がありますか◆貴様等は奸物だから、 こうやって天誅を加えるんだ。 これに懲りて以来つつしむがいい。 いくら言葉巧みに弁解が立っても正義は許さんぞ。

[5]『草枕』
「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」 「唯の人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい」
「越す事のならぬ世が住みにくければ、 住みにくい所をどれほどか、 寛容クツロゲて、 束ツカの間マ の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ」
◆◇◆『草枕』脱稿直後の深田康算にあてた手紙
自分も一種の社会主義者だから、電車賃値上げ反対運動に社会主義者の堺利彦と共に参加したと新聞に書かれても構わない

[6]『二百十日』 
 a 「文明の革命」  血を流さない、頭による革命
「文明の皮」をかぶって、貧しい人間、たよるもののない不幸な人々を苦しめる「文明の怪獣」
 b 「世の中には頭のいい豆腐屋が何人いるか分らない。それでも生涯豆腐屋さ。気の毒なものだ」
「その豆腐屋連が馬車に乗ったり、別荘を建てたりして、自分だけのの中の様な顔をしているから駄目だよ」「やり給えじゃいけない。君もやらくちあ」
c 「豆腐屋だって人間だ」 「饂飩屋だって正業だ。 金を積んで、貧乏人を圧迫する様な人間より遥ハルかに尊タット いさ」「田舎者の精神に、文明の教育を施すと立派な人物が出来るんだがな」
 d「文明の皮」「奇麗な顔をして、下卑ゲビた事ばかりやってる」
◆身分がよかったり金があったりする者が「下卑ゲビた根性を社会全体に蔓延させる」から「大変な害毒だ」
◆◆華族や金持ちは「文明の皮」をかぶった「文明の怪獣」「二十世紀の桀紂」だ
e 「華族や金持ちの出ない日はないね」  「いや、 日に何遍云っても云い足りない位、 毒々しくって図迂々々しい者だよ」「例えば今日悪いことをするぜ、 成功しない。」「 成功しないのは当り前だ」「すると、 同じ様なわるい事を明日やる。 それでも成功しない。 すると、 明後日になって、 又同じ事をやる。 成功する迄は毎日々々同じ事をやる。 三百六十五日でも七百五十日でも、 わるい事を同じ様に重ねて行く。 重ねてさえ行けば、 わるい事が、 ひっくり返って、 いい事になると思ってる。 言語道断だ」「そんなものを成功させたら、 社会は滅茶苦茶だ」
f 「我々が世の中に生活している第一の目的は、 こういう文明の怪獣をを打ち殺して、 金も力もない、 平民に幾分でも安慰を与えるにあるだろう」
   g「あると思うなら、 僕と一所にやれ」
   ◇「仏国の革命なんてえのも当然の現象さ。あんなに金持ちや貴族が乱暴をすりゃ、ああなるのは自然の理屈だからね。ほら、あの轟々鳴って吹き出すのと同じ事さ」「僕の精神はあれだよ」

[7]戦闘の精神 
  自分が何者であるかは生きてみなければ分からない  倒れるまで『野分』

a 寺田寅彦宛書簡  M38・2・7
「漱石が熊本で死んだら熊本の漱石で。 漱石が英国で死んだら英国の漱石である。 漱石が千駄木で死ねば又千駄木の漱石で終わる。 今日まで生き延びたから色々の漱石を諸君に御目にかけることが出来た。 是から十年後には又十年後の漱石が出来る。 俗人は知らず漱石は一個の頑塊なり変化せずと思う。 此故に彼等は皆失敗す。 漱石を知らんとせば彼等自らを知らざる可からず。 這般の理を解するものは寅彦先生のみ」Dynamic Low on Mr.K Natume

b 森田草平宛書簡
①★☆自己 1905 明治39 2月13日
他人は決して己以上遥かに卓絶したものではない又決して己以下に遥かに劣ったものではない。 特別の理由がない人には僕は此心で対して居る。 夫で一向差支はあるまいと思ふ。 君弱いことを云ってはいけない。 僕も弱い男だが弱いなりに死ぬ迄やるのである。 やりたくなくったったてやらなければならん。 君もその通りである。 死ぬのもよい。 然し死ぬよりも美しい女の同情でも得て死ぬ気がなくなる方がよかろう 。
② 1906年 2月13日
天下に己れ以外のものを信頼するより果敢なきはあらず。 而も己れ程頼みにならぬものはない。 どうするのがよいか。 森田君此問題を考へたことがありますか。
③「百年の後百の博士は土と化し千の教授も泥と変ずべし」
人若し向上の信を抱いで原事をなす時貴キ事神人ヲ超越シテ蓋天蓋地に自我ヲ観ズ。天子様ノ御威光デモ是許リハドウモ出来ン。漱石ハ喧嘩ヲスル度ニ此域ニ出入ス。白楊先生は如何

c 内田魯庵宛書簡 1906明治39 1月5 日
拝啓イワンの馬鹿御寄贈を蒙り深謝早速読了致候小生イワンの原書を読まざりし為め却て一段の興味を覚え候。 どうかしてイワンの様な大馬鹿になって見たいと存候。
出来るならば一日でもなって見たいと存候。 近頃少々感ずる事有之イワンが大変頼母しく相成候。 イワンの教訓は西洋的にあらず寧ろ東洋的と存候。 右不敢取御礼迄。 草々頓首。

d 狩野亨吉宛書簡1906年10月23日 
ア「自分の立脚地から云ふと感じのいい愉快の多い所に行くよりも感じの悪い、 愉快の少ない所に居ってあく迄喧嘩をして見たい」 「それでなくては生甲斐のない様な心持ちがする。何の為めに世の中に生れているのかわからない気がする」
イ「僕は世の中を一大修羅場と心得ている。そうしてその内に立って花々しく打死をするか敵を降参させるかどっちかにして見たいと思っている」
ウ「打死をしても自分が天分を尽くして死んだという慰籍原があればそれで結構である」
「 尤も烈しい世の中に立って(自分の為め、家族の為めは暫らく措く)どの位人が自分の感化をうけて、どの位自分が社会的分子となって未来の青年の肉や血となって生存し得るかをためして見たい」
エ◇「彼等がかく迄に残酷なものであると知ったら、こっちも命がけで死ぬ迄勝負をすればよかった」
オ ◆自分が戦わなければ、それだけ「社会の悪徳を増長」させることになる。これからはこんな場合には「 決して退くまい。否進んで当の敵を打ち斃してやろう」と決心した。

 e 高浜虚子宛 1936 年(明治39)7 月3 日の手紙
「正しい人が汚名をきて罪に処せられる程悲惨なことはあるまい」今の考えは「どうかそんな人になって見たい。世界総体を相手にしてハリツケにでもなつてハリツケの上から下を見て此馬鹿野郎と心のうちで軽蔑して死んで見たい」
◆◆『猫』第十一「人が認めないことをすれば、どんないい事をしても罪人さ、だから世の中に罪人ほどあてにならないものはない。耶蘇もあんな世に生まれれば罪人さ」

f 鈴木三重吉宛 10 月26日
子供の時から幸福な生活を求めつづけ、不幸を避けようとばかりして来たのはあやまり「 キタナイ者でも、 イやなものでも一切避け」 ず、 進んでその中に飛び込まなければ何もできない。この世には戦わなければならない敵が前後左右にたくさんいるのだから、「苟も文学を以て生命とするものならば単に美という丈では満足が出来ない。丁度維新の当士勤王家が困苦をなめた様な了見にならなくては駄目だらうと思う」「 間違ったら神経衰弱でも気違でも入牢でも何でもする気でなくては文学者になれまいと思う」「 僕は一面に於て俳諧的文学に出入すると同時に一面に於て死ぬか生きるか、命のやりとりをする様な維新の志士の如き烈しい精神で文学をやって見たい。」

g 森田草平宛 1911年明治44 1月3 日
正月早々苦情を申し候。われ等は新しきものの味方に候。故に「新潮」式の古臭き文字を好まず候。草平氏と長江氏はどこ迄言っても似たる処甚だ古く候。 

[8]『虞美人草』
A「君は日本の運命を考えたことがあるのか」
 「日本とロシアの戦争じゃない。人種と人  種の戦争だよ」
 「アメリカを見ろ、印度を見ろ、アフリカを見ろ」

B 悲劇は遂に来た。来るべき悲劇はとうから予想していた。予想した悲劇を為すが儘の発展に任せて、隻手をだに下さぬは、業深き人の所為に対して隻手の無能なるを知るが故である。悲劇の偉大なるを知るが故である。悲劇の偉大なる勢力を味わわしめて、三世に跨がる業を根柢から洗わんが為である。不親切な為ではない。隻手を挙ぐれば隻手を失い、一目を動かせば、一目を眇す。手と目とを害ソコノ うて、しかも第二者の業は依然として変らぬ。のみならず時々に刻々に深くなる。手を袖に、眼を閉ずるは恐るるのではない。手と目より偉大なる自然の制裁を親切に感受して、石火の一拶に本来の面目に逢着せしむるの微意に外ならぬ。

C ( 悲劇は)忽然として生を変じて死となすが故に偉大なのである。忘れたる死を不用意の際に点出するから偉大なのである。巫山戯フザケ たるものが急に襟を正すから偉大なのである。襟を正して道義の必要を今更の如く感ずるから偉大なのである。人生の第一義は道義にありとの命題を脳裏に樹立するが故に偉大なのである。

D 死を忘るるものは贅沢になる。 一浮も生中である。 一沈も生中である。 一挙手も一投足も悉く生中にあるが故に、 如何に踴るも、 如何に狂うも、 如何に巫山戯るも、 大丈夫生中を出ずる気遣いなしと思う。 贅沢は高じて大胆になる。 大胆は道義を蹂躙して大自在に跳梁する。
 万人は日に日に生にむかって進むが故に、 大自在に跳梁して毫も生中を脱するの虞オソレ なしと自信するが故に、 ─道義は不必要となる。
 道義に重きを置かざる万人は、道義を犠牲にしてあらゆる喜劇を演じて得意である。巫山戯る。騒ぐ。欺く。嘲弄する。馬鹿にする。踏む。蹴る。─悉く万人が喜劇より受くる快楽である。この快楽は生に向って進むに従って分化発展するが故に─この快楽は道義を犠牲にして始めて享受し得るが故に─喜劇の進歩は底止する所を知らずして、道義の観念は日を追うて下クダる。道義の観念が極度に衰えて、生を欲する万人の社会を満足に維持しがたき時、悲劇は突然として起る。ここに於いて万人の眼は悉く自己の出立点に向う。始めて生の隣に死が住む事を知る。縄は新たに張らねばならぬを知る。第二義以下の活動の無意味なるを知る。而シカして始めて悲劇の偉大なるを知る。……

E 「此所では喜劇ばかり流行ハヤる」

[9]『三四郎』
A 爺さん 旅順以後急に同情を催して
自分の子も戦争中兵隊に取られて彼地アッチ で死んでしまった。
//一体戦争は何の為にするのものだか解らない。
// 後で景気でも好くなればだが、 大事な子は殺される、 物価ショシキは高くなる。 こんな馬鹿げたものはない。 世の好い時分に出稼ぎなどと云うものはなかった。 みんな戦争の御蔭だ。 何しろ信心が大切だ。 生きて働いているに違いない。 もう少し待っていればきっと帰って来る。

B 西洋人 お互いは憐れだなあ 

C 熊本より東京は広い。 東京より日本は広い。 日本より……
 △日本より頭の中の方が広いでしょう
△囚われちゃ駄目だ。 いくら日本の為を思ったって贔屓の引き倒しになるばかりだ。
▲熊本 国賊取扱
◆真実に熊本を出た様な気がした。 同時に熊本に居た時の自分は非常に卑怯であったと悟った。

[10]『彼岸過迄』について  明治四十五年一月
去年の八月頃 
◇自分の当然やるべき仕事  義務  久し振りだから成るべく面白いものを書かなければ済まないという気  社友の好意  読者の好意  念力だけでは
◆自然派の作家でもなければ象徴派の作家でもない。・・・ネオ浪漫派の作家では尚更ない。
◆固定した色に染め付けられているという自信を持ち得ぬ  又そんな自信を不必要とするものである。ただ自分は自分であるという自信を持っている。[「イズムの功過」]
◆新しいくと吹聴することも好まない。今の世にむやみに新しがっているものは三越呉服店とヤンキーとそれから文壇における一部の作家と評家だろう
◆文壇に濫用される空疎な流行語を藉りて自分の作品の商標としたくない
◆ただ自分らしいものが書きたい
◇朝日新聞の購読者  何十万( 東西あわせて26万) 文壇の裏通りも露路も覗いた経験はあるまい
全くただの人間として大自然の空気を真率に呼吸しつつ穏当に生息しているだけだろう
自分はこれらの教育あるかつ尋常なる士人の前に我が作物を公にし得る自分を幸福と信じている

[11] 私の個人主義
A  自己の本領 自己本位 出発点の回想 自己を語る
B  権力 自分の個性を他人の頭の上に無理矢理圧し付ける道具
  金力 他人の上に誘惑として使用し得る道具として至極重宝なもの
 権力を振り蒔いて、 他を自分のようなものに仕立上げようとする
◆ 金を誘惑の道具として、 其誘惑の力で他を自分に気に入るように変化させようとする
C  私の考えによると、 責任を解しない金力家は、 世の中にあってはならないものです。
◆金銭  至極重宝  どんな形にでも変わって行くことが出来る [永日小品]
◆そのうちでも人間の精神を買う手段に使用出来るのだから恐ろしい[ 野分] 人間の徳義心を買い占める、 即ち其人の魂を堕落させる道具とするのです。
◆相場で儲けた金が徳義的倫理的に大きな威力不都合実際その通りに金が活動するなら・・・
◆見識の必要見識に応じて、 責任を以てわが富を処置しなければ世の中に済まない いな自分自身にも済むまい
◆もし人格のないものが無闇に個性を発展しようとすると、 他を妨害する、 権力を用いようとすると、 濫用に流れる、 金力を使おうとすれば、 社会の腐敗をもたらす。

個人主義  金力権力の点に於て其通りで、 俺の好かない奴だから畳んでしまえとか、 気に喰わない者だから遣っ付けてしまえとか、 悪いこともないのに、 ただそれらを濫用したら何うでしょう。 人間の個性はそれで全く破壊されると同時に、 人間の不幸も其処から起こらなければなりません。 たとえば私が何も不都合を働かないのに、 単に政府に気に入らないからと云って、 警視総監が巡査に私の家を取り巻かせたら何んなものでしょう。 警視総監に夫丈の権力はあるかも知れないが、 徳義はそういう権力の使用を彼に許さないのであります。 ◇又は三井とか岩崎とかいう豪商が、 私を嫌うという丈の意味で、 私の家の召使を買収して事ごとに私に反抗させたなら、 是又何んなものでしょう。 もし彼等の金力の背後に人格というものが多少ともあるならば、 彼等は決してこんな無法を働く気にはなれないのであります。

◆党派心がなくて、 理非がある主義  朋党を結び団体を作って、 権力や金力のために盲動しないということなのです。 ◆人に知られぬ淋しさ
◆個人主義は人を目標として向背を決する前に、 まず理非を明らめて、 去就を定めるのだから、 或場合にはたった一人ぼっちになって、 淋しい心持がするのです。 それはその筈です。 槙雑木マキザッポウでも束になっていれば心丈夫ですから。
◆一体何々主義ということは私のあまり好まない所で、人間がそう一つ主義に片付けられる者ではあるまいとは思いますが・・・・・
◆国家主義個人主義なるものを蹂躙しなければ国家が亡びるような事を唱導するものも少なくはありません。 けれどもそんな馬鹿気た筈は決してありようがないのです。 事実私共は国家主義でもあり、  世界主義でもあり、 同時に又個人主義でもあるのであります。 [ 野分]
◆私のいう個人主義のうちには、 火事が済んでもまだ火事頭巾が必要だと云って、 用もないのに窮屈がる人に対する忠告も含まれている・・・・
◆国が強く、 戦争の憂が少なく、 そうして他から犯される憂なければない程、 国家的観念は少なくなって然るべき訳で、 其空虚を充たす為に個人主義が這入って来るのは理の当然・・・・
◆日本が今が今潰れるとか滅亡の憂目にあうとかいう国柄でない以上は、 そう国家々々と騒ぎ廻る必要はない筈です。 火事の起こらない先に火事装束をつけて窮屈な思いをしながら、 町内中を駈け歩くのと一般であります。
◆国家を標準とする以上、 国家を一団と見る以上、 余程低級な道徳に甘んじて平気でいなければならないのに……徳義心の高い個人主義に矢張重きを置く方が、 私にはどうしても当然のように思われます。

[11]『点頭録』
「また正月が来た」
A  多病な身体が又一年生き延びるにつけて、自分の為すべきことはそれ丈量において増すのみならず、質においても幾分か改良されないとも限らない。・・・・ 自分は出来る丈余命のあらん限りを最善に利用したいと心掛けている。

B 寿命は自分の極キ めるものでないから、固より予測は出来ない。自分は多病だけれども、趙州の初発心の時よりもまだ十年も若い。たとい百二十迄生きないにしても、力の続く間、努力すればまだ少しは何か出来る様に思う。それで私は天寿の許す限り趙州の顰みにならって奮励する心組でいる。古仏と云われた人の真似も長命も無論わが分ではないかも知れないけれども、羸弱なら羸弱なりに、現にわが眼前に開展する月日に対して、あらゆる意味に於いての感謝の意を致して、自己の天分の有り丈を尽そうと思うのである。自分は点頭録の最初に是丈の事を云っておかなければ気が済まなくなった。

「軍国主義」
A 自分は常にあの弾丸とあの硝薬とあの毒瓦斯とそれからあの肉団と鮮血とが、我々人類の未来の運命に何ド の位貢献しているだろうかと考える。そうして或る時は気の毒になる。或る時は悲しくなる。又或る時は馬鹿々々しくなる。最後に折々は滑稽にさえ感ずる場合もあるという残酷な事実を告白  せざるを得ない。
B 人道の為の争いとも、信仰の為の闘いとも、又意義ある文明の為の衝突とも見做す事の出来ないこの砲火の響を、自分はただ軍国主義の発現として考えるより外に翻訳の仕様がなかった」
C 待対世界の凡てのものが悉く条件つきで其存在を許されている以上、向後に回復されべき欧洲の平和にも、亦絶対の権威が伴っていない事だけは誰の眼にも明かである。然し彼等が其平和の必要条件として、それとは全く両立しがたい腕力の二字を常に念頭に置くべく強いられるに至っては、彼等と雖も今更ながら天のアイロニーに驚かざるを得まい。現代に所謂列強の平和とはつまり腕力の平均に外ならないという平凡な理屈を彼等は又新しく天から教えられたのである。土俵の真中で四つに組んで動かない力士は、外観上至極平和そうに見える。今迄彼等の享有した平和も、実はそれ程に高価で、又それ程に苦痛性を帯びていたのである。しかも彼等は相撲取のようにそれを自覚していなかったために突然罰せられた。換言すれば生存上腕力の必要を向後当分の間忘れる事の出来ないように遣付けられた。軍国主義が今迄彼等に及ぼした、又是から先彼等に及ぼす影響は決して浅いものではない。又短いものでもなかろう。

「トライチケ」
A◆どんな犠牲を払っても勝て。 ◆◆実社会を至極手荒いものに考えた。仁義博愛は口に云うべくして政治上に行うべきものでないと信じた。斯くして彼はあらゆる人道的及び自由主義の運動に反対したのである。
B 個人の場合でも唯喧嘩に強いのは自慢にならない。徒らに他を傷アヤめる丈である。 国と国とも同じ事で、単に勝つ見込みがあるからと云って、妄りに干戈を動かされては近所が迷惑する丈である。文明を破壊する以外に何の効果もない。勝ったものは勝った後で、其損害を償う以上の貢献を、大きな文明に対してしなければならない筈である。自分は今の独乙にそれ丈の事を仕終せる精神と実力があるか何うかを危ぶまざるを得ないのである。

『思ひ出す事など』
[7] ア  三世にわたる生物全体の進化論と、(ことに) 物理の原則に因って無慈悲に運行し情義なく発展する太陽系の歴史を基礎として、 その間に微かな生を営む人間を考えて見ると、 吾等如きものの一喜一憂は無意味と云わん程に勢力のないという事実に気が付かずにはいられない。
イ  この山とこの水とこの空気と太陽の御蔭によって生息する吾等人間の運命は、 吾等が生くべき条件の備わる間の一瞬時---永劫に展開すべき宇宙歴史の長きより見たる一瞬時---を貪るに過ぎないのだから、 はかないと云わんよりも、 ほんの偶然の命と……
ウ  平生の吾等はただ人を相手にのみ生きている。 その生きるための空気に就いては、 あるのが当然だと思って未だ甞て心遣さえしたことがない。
  ◆人間のために出来た空気ではなくて、 空気のために出来た人間なのである。
◆今にもあれこの空気の成分に多少の変化が起こるならば……
エ  人間の自惚れ  ◆支那人  中華ではない  ◆黒船  日本だけが神国でない
◆地球が宇宙の中心でなかったことを◆進化論を知り、 星雲説を想像する現代の吾等は辛きディスイリュージョンを嘗めている。
オ  人間の生死  人間を本位とする吾等から云えば大事件に相違ないが、 ……自己が自然に成り済ました気分で観察したら……

[17]  大いなるものは小さいものを含んで、 その小さいものに気が付いているが、 含まれたる小さいものは自分の存在を知るばかりで、 己等の寄り集まって拵えている全部に対しては風馬牛の如く無頓着であるとは、 ゼームスが……

[19]ア  自活の計に追われる動物として  ◆この相撲に等しい程の緊張
  ◆自己と世間の間に、 互殺の平和を
 イ  かく単に自活自営の立場に立って見渡した世の中は悉く敵である。
 ウ  四十を越した男  自然に淘汰されんとした男  善良な人間になりたい
 ◆そうしてこの幸福な考えをわれに打ち壊す者を、 永久の敵とすべく心に誓った。

 [23]ア  好意の干乾びた社会  義務  感謝  ◆情
イ 「自我の主張」 それ程世の中は切り詰められたのである。 それ程今の世の中は青年を虐待 
ウ  雀の子か烏の子  医師は職業である  看護婦も職業である  一点の好意
エ  この感情が遠からず単に一片の記憶に変化してしまいそうなのを切に恐れている。
『社会と自分』
 A「現代日本の開化」
「開化が進めば進むほど競争が益マスマス劇ハゲしくなって生活はいよいよ困難になるような気がする」「競争その他からいらいらしなければならない心配を勘定に入れると、吾人の幸福は野蛮時代とそう変りはなさそうである」「外発的な開化」多くの無理◆『それから』「 進化の裏面を見ると何時でも退化であるのは、古今を通じて悲しむべき現象」

B「道楽と職業」
 「現代の文明は完全な人間を日に日に片輪者に打崩しつつ進む」

C「中味と形式」
(1) 形式は内容のための形式であって、形式のために内容が出来るのではない・・・・内容が変れば外形  というものは自然の勢いで変って来なければならぬ・・・・・
*一種の形式を事実より前に備えて置いて、 その形式から我々の生活を割出そうとするならば、・・・・ その無理を遂行しようとすれば、 学校なら騒動が起る、 一国では革命が起る。
(2) 何故徳川氏が亡びて、維新の革命がどうして起ったか。つまり一つの型を永久に持続する事を中  味の方で拒むからなんでしょう。なるほど一時は在来の型で抑得られるかも知れないが、どうしたって内容に伴れ添わない形式は何時か爆発しなければならぬと見るのが穏当で合理的な見解であると思う。
◆観念に対する事実の優位性  現実を理論に従属させ、形式に囚われがちな学者の欠陥
◇現に生活している普通の人たち「実生活の経験を嘗めているもの」の現実の必要

D「文芸と道徳」
1.「完全な一種の理想的の型」旧時代の道徳権力者に都合のいいような義務の負担◆無理想、無解決を標榜して、結局は現代の不条理、人間と社会の弱点をすべてを容認する自然主義
2.人間の歴史は今日の不満足を次日物足りる様に改造し次日の不平を又其翌日柔らげて・・・・
3,☆現代には現代の理想が必要・・・・現に生活している普通の人々の生活の必要が生み出すもの◇現在生活の陥欠を補う新らしい意義を帯びた一種の浪漫的道徳◇「活社会の要する道徳」

『行人』
[32]336「こうして髭を生やしたり、 洋服を着たり、 シガーを銜えたりするところを上部から見ると、 如何にも一人前の紳士らしいが、 実際僕の心は宿なしの乞食みたように朝から晩までうろうろしている。 二六時中不安に追い懸けられている。 情けない程落付けない。 仕舞には世の中で自分程修養の出来ていない気の毒な人間はあるまいと思う。 そういう時に、 電車やなにかで、 不図眼を上げて向う側を見ると、 如何にも苦のなさそうな顔に出っ食わすことがある。 邪念の萌さないぽかんとした顔に注ぐ瞬間に、 僕はしみじみ嬉しいという刺激を総身にうける。 僕の心は旱魃に枯れかかった稲の穂が膏雨を得たように蘇える。 同時にその顔---何も考えていない、 全く落付払ったその顔が、 大変気高く見える。 ◆ほとんど宗教心に近い敬虔の念をもって、 その顔の前に跪いて感謝の意を表したくなる。 自然に対する僕の態度も全く同じ事だ。 昔のように唯うつくしいから玩ぶという心持は今の僕には起こる余裕がない」
337  「人間の不安は科学の発展から来る。 進んで止まることを知らない科学は、 かつて我々に止まることを許してくれたことがない。 徒歩から俥、 俥から馬車、 馬車から汽車、 汽車から自動車、 それから航空船、 それから飛行機と何処まで行っても休ませてくれない。 何処まで伴れて行かれるか分からない。 実に恐ろしい。」
◆「 人間全体が幾世紀かの後に到着すべき運命を、 僕は僕一人で僕一代のうちに・・・ 僕は人間全体の不安を、 自分一人に集めて、 そのまた不安を、 一刻一分の短時間に煮詰めた恐ろしさを経験している。
[38]343 宗教 血と涙で書かれた宗教の二字が、 最後の手段として、 躍り叫んでいる事を知っていました。

『明暗』
A この肉体はいつ何時どんな変に会わないとも限らない。それどころか、今現にどんな変がこの肉体のうちに起りつつあるかも知れない。そうして自分は全く知らずにいる。恐ろしいことだ。
B◆それが彼女の自然であった。然し不幸な事に、自然全体は彼女より大きかった。彼女の遥か上にも続いていた。公平な光を放って、 可憐な彼女を殺そうとしてさえ憚らなかった。 ◆◆大きな自然は、彼女の小さい自然から出た行為を、遠慮なく蹂躙した。一歩ごとに彼女の目的を破壊して悔いなかった。
C もし夫が自分の思う通り自分を愛さないならば、腕の力で自由にして見せるという堅い決心であった。のべつにこの決心を実行して来た彼女は、詰りのべつに緊張していると同じ事であった。そうしてその緊張の極度は何処かで破裂するに極まっていた。
D 人間の境遇もしくは位地の懸絶といったところで大したものじゃないよ。 本式に云えば十人が十人ながら略同じ経験を、 違った形式で繰り返しているんだ。 それをもっと判然云うとね、 僕は僕で、 僕に最も切実な眼でそれを見るし、 君は又君で、 君に最も適切な眼でそれを見る。 まあその位の違だろうじゃないか。 だからさ、 順境にあるものが一寸面食らうか、 迷児つくか、 蹴爪ずくかすると、 そらすぐ目の球の色が変って来るんだ。

『硝子戸の中』
A(どんな人でも)心の奥には、私の知らない、又自分達さえ気のつかない、継続中のものがいくらでも潜んでいるのではなかろうか。もし彼等の胸に響くような大きな音で、それが一度に破裂したら、彼等は果してどう思うだろう。今と昔と又その昔の間に何等の因果を認める事の出来ない彼等は、そういう結果に陥った時、何と自分に解釈して見る気だろう。所詮我々は自分で夢の間に製造した爆裂弾を、思い思いに抱イダきながら、一人残らず、死という遠い所へ、談笑しつつ歩いて行くのではなかろうか。唯どんなものを抱ダ いているのか、他ヒトも知らず自分も知らないので仕合せなんだろう。
B 私は私の病気が継続であるという事に気が付いた時、欧州の戦争も恐らく何時の世からかの継続だろう考えた。けれども、それが何処からどう始まって、どう曲折して行くかの問題になると全く無知識なので、継続という言葉を解しない一般の人を、私は却って羨ましく思っている。

C これは社交ではありません。御互に体裁の好いことばかり云い合っていては、何時まで経タ ったって、啓発される筈も、利益を受ける訳もないのです。貴方は思い切って正直にならなければ駄目ですよ。

『道草』
 世の中に片付くなんてものは殆どありゃしない。一遍起ったことは何時までも続くのさ。ただ色々な形に変るから他ヒトにも自分にも解らなくなるだけさ。
『それから』
A この借金が君、何時になったら返せると思うか。そりゃ外債位は返せるだろう。けれども、そればかりが借金じゃありゃしない。日本は西洋から借金でもしなければ、到底立ち行かない国だ。それでいて、一等国を以て任じている。そうして、無理にも一等国の仲間入をしようとする。だから、あらゆる方面に向って、奥行を削って、一等国だけの間口を張っちまった。なまじい張れるから、なお悲惨なものだ。牛と競争をする蛙と同じ事で、もう君、腹が裂けるよ。その影響はみんな我々個人の上に反射しているから見給え。こう西洋の圧迫を受けている国民は、頭に余裕がないから、碌な仕事は出来ない。悉く切り詰めた教育で、そうして目の廻る程こき使われるから、揃って神経衰弱になっちまう。話をして見給え大抵は馬鹿だから。自分の事と、自分の今日の、只今の事より外に、何も考えてやしない。考えられない程疲労しているんだから仕方がない。精神の困憊と、身体の衰弱とは不幸にして伴なっている。のみならず、道徳の敗退も一所に来ている。日本国中何所を見渡したって、輝いてる断面は一寸四方も無いじゃないか。悉く暗黒だ。その間に立って僕一人が、何と云ったって、何を為たって、仕様がないさ。僕は元来怠けものだ。いや、君と一所に往来している時分から怠けものだ。あの時は強いて景気をつけていたから、君には有為多望の様に見えたんだろう。そりゃ今だって、日本の社会が精神的、徳義的、身体的に、大体の上に於て健全なら、僕は依然として有為多望なのさ。そうなれば遣る事はいくらでもあるからね。そうして僕の怠惰性に打ち勝つだけの刺激もまたいくらでも出来て来るだろうと思う。然しこれじゃ駄目だ。今の様なら僕は寧ろ自分だけになっている。そうして、君の所謂有のままの世界を、有のままで受取って、その中僕に尤も適したものに接触を保って満足する。進んで外の人を、此方の考え通りにするなんて、到底出来た話じゃありゃしないもの――」

B 文明の圧迫を受けて、その重荷の下に唸る、劇烈な生存競争場裏に立つ人で、真によく人の為に泣き得るものに、代助は未だ曾て出逢わなかった。                  

正義 一元論 一神教 
正義と戦争 
多元論 

本を読まなくなった 『こヽろ』 
『硝子戸の中』冒頭 新聞 
紙屑籠 『虞美人草』 学問 装飾用 装飾的学問 装飾的文学 詩人

世界観 英国からの手紙 倫のこと 
ノート 学問 
金◆◇「私の個人主義」

正直 「私の個人主義」
国家の道徳 個人の道徳 「私の個人主義」

文明 神経衰弱 ペスト 自然の制裁 
「現代日本の開化」 文明 幸福 
『行人』科学 現代の不安 

世界 『硝子戸の中』 大戦 継続中
自己と世界 點頭録 世界への関心 自己への関心 周囲 情報 大世界 
 肉体 アレゴリー 転移
マックス・ノルダウ 退化論

実行的 『思ひ出す事など』「中味と形式」 

『硝子戸の中』 女 死ぬことができないから 
 生きている人間として

『夢十夜』第一夜の女 第十夜 飛び込まなかった男 
世界は変化する 未来 百年の後 
 人々は 世界は変化しないと思っている 今 思考の前提

『三四郎』 日本は滅びるよ 豚の鼻 
『虞美人草』 悲劇論 世界滅却の日 

偏見 心の鏡
キリスト教 一神論 
東洋と西洋 

当たり前と思っている 『思ひ出す事など』 『吾輩は猫である』 

偽の世界 偽の夫婦 家族 偽の器 『行人』 『彼岸過迄』 

英国留学 東洋と西洋 偏見 神 文化 
『文学論』序
日本人 権利 

偏見 キリスト教 東洋と西洋 

『虞美人草』 道徳 平和 人間 希望 秩序 自然主義批判 
自然主義と帝国主義 弱肉強食 
好きなもの 『三四郎』 豚の鼻 『虞美人草』の藤尾 小夜のような女を踏みつぶす
民主主義と自由主義 

則天去私 
自然主義
生命主義 
自己肯定 自己否定 大きな自然
世界の中で 

海にもすめず山にも居られない 
頭の中の世界と頭の外の世界 
因果 偶然 『明暗』 

変化 時代 人間 

興味 意識の焦点 F+f 
見える世界と見えない世界 隠された世界 語られた世界 

戦争の時代 明治日本の発展 朝鮮 日韓併合 

国家と思想 政治による干渉 南北朝正閏論 美濃部博士 滝川事件 今の歴史教科書問題 
 

人間は罪を冒す 原罪という言葉 悪うを免れない 道徳 

相手の武器 露西亜 西洋 戦後文界の趨勢 
西洋と東洋 近代化 
水陸両棲類 [文芸と道徳]  牛と馬  あいのこ [芥川宛書簡]  

「イズムの功過」  統一病 [『思ひ出す事など』] オイケン

人間は一体何をしているのだ ガリヴァー旅行記 
鴎外 新聞国 

 「道楽と職業」戦争の時代 人間の自由 生活 分業の時代 現代 資本主義 
 B「文芸委員は何をするか」 [「学者と名誉」]

 エンドがない 
SOS3-117      漱石を読む会      『行人』レジメ                        1995・11・9
1:一郎の性格  学問真実正しい人魂の奥底偽の器あやす母と一郎
☆エンドとミーンズ自己鬱病  突飛な人間
2:直子温め得る和歌山の一夜鉢植の梅結婚制度
3:お貞
4:兄と弟二郎軽薄普通の人間『彼岸過迄』
5:父と母

6]344 Keine Bru 〃kke fu〃hrt von Mensch zu Mensch.
君は僕のお守りになって、 わざわざ一所に旅行しているんじゃないか。 好意そういう動機から出る君の言動は、 誠を装う偽りに過ぎないと思う。 朋友としての僕は君から離れるだけだ。
    Einsamkeit, du meine Heimat Einsamkeit!
345 偽りの器
[39]349 「 死ぬか、 気が違うか、 それでなければ宗教に入るか、 僕の前途にはこの三つのものしかない。 兄さんの命の流れは、 刹那々々にぽつぽつ中断されるのです。
[40]351 「 何故山の方へ歩いて行かない。」 「モシ向コウガ 此方へ来るべき義務ガアッタラドウダ」
352神平凡な唯の人間に過ぎない自然の野人相手に兄さんという烈しい煩悶家
[44]僕は絶対だ。 ◆研究的な僕が実行的な僕に変化出来るだろう 絶対の境地図を開いて地理を調査する人◆迂闊矛盾

『吾輩は猫である』 トン子とスン子 砂糖
『三四郎』 豚の鼻 好きなもの

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