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2007年5月

2007年5月28日 (月)

宮本百合子 五月の歓喜

宮本顕治の公判

顕治の第一審公判は1944年12月までつづき、無期懲役の判決が出た。控訴審の判決も同様で、1945年六月初旬、大審院は上告を棄却し、無期徒刑囚として網走刑務所に移された。

一九四五年五月十日の顕治宛書簡

「今メレジュコフスキーの『ミケランジェロ』を読んでいて、ルネッサンスという人間万歳の時代においても、法王やメディチや我がままな権力に仕えなければならなかった偉大な人々の苦悩に同情を禁じえません。」

   ミケランジェロの憂鬱は、彼の大いさに準じて巨大に反映したルネッサンスの暗さね、明け切れぬ夜の影です。この頃しみじみ思うの。未来の大芸術家は、記念すべき時代の実に 高貴な人間歓喜をどう表現するだろうか、と」「ミケランジェロが彼の雄大さで表現し得 なかった歓喜が現代にあるということは、神さえ無垢な心におどろくでしょう」と百合子は書いた。表面はミケランジェロについて書いているこの手紙は、検閲官には理  解できない暗号的表現で、ベルリン陥落の喜び、ファシズムに対する民主主義の勝利、日本軍国主義の終末の時が間近に迫ったことの喜び、この人間解放の歓喜の時代に、なお獄中にある顕治やその同志たちの苦悩を思う心を表現したのであった。

戦後に書いた自筆年譜

一月三十日から東京に本式の空襲がはじまり、五月には顕治が収監されている巣鴨拘置所だけを残して周辺が焼野原となったが、空襲の時、他の被告の監房の鎖ははずされたが、治安維持法被告の非転向者の監房は外からかたく錠をかけられた。

「この空襲と宮本の網走行(6月)の異常な伴奏として五月二日のベルリン陥落つづいてドイツ無条件降伏が伝えられた」

「日本のどんなに多くの人間がその頃胸をとどろかせて朝々の新聞を拡げたろう。新聞には地図入りでベルリンに迫るソ連軍と連合軍の進路が示された。北フランスでどんどんと追い払われてゆくナチス軍の敗退の足どりがしるされた。レニングラードの市民の英雄的な闘い、遂に陥落しなかったモスクワ。ひとつひとつの民主的人民の勝利の勝利の前進が日本の狂気のようなファシズム下の生活の中へもひびきわたってきた」

一九四五年八月十八日付顕治宛書簡(八月十六日に書いたと思われる)
「いかに視野をひろく、視線を遠く歴史の彼方を眺めやっているにしろ、不屈なその胸に、八月十五日の夜、覆わなくてよくなった電燈の明るさは、一つの歴史の感情としてしみ入ります」

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2007年5月12日 (土)

啄木 1911年 二月十四日 本郷より 小田島理平洽宛

1911年 二月十四日 本郷より 小田島理平洽宛


啄木拝
この手紙はもっと早く書くはずでありましたが、入院以来何だか妙に怠け者になってしまってとうとうこんなに延びました、用向は一昨日米内山健幼君が見舞に来てくれられた時話したところが、同君から詳しく言ってやってくれるとの事でしたから、ここには簡単に書きます、雑誌「樹木と果実」発行の企ての事は、「スバル」「創作」二誌の広告でご承知下すったことと言い交すが、あれは土岐君と共に私が今後出来るだけ死身になってやろうとしてレる仕事なのであります、広告文にも多少書いておいたぱずでしたが、雑誌の目的は、単に文学雑誌たるのみでなく、保証金を納めざる雑誌としての可能の範囲において、現代の社会組織、経済組織、政治組織ないしいろいろの制度に対する根本批評を青年が進んでやるような機運を作りたいというにあります、今まで我々青年は余りにすべてのことを父兄に任せ過ぎていた、私はそう感じます、それも、任せておいて少しも差支がなければその方もいいのですが、事実において、我々青年の父兄の営業方針は今やこの日本という一つの銀行を恐るべき取付の日に導いています、ごく簡単な一例を挙げれば、彼等は今なお日本魂というものが日本の隅々にまで充満してるように言いますけれども、毎年徴兵検査を受ける壮丁の少くとも十分の九までは、皆その検査を一生の大厄と思っています、帝国軍人ということが既に名誉ではなくて苦痛であることは、君もよくご存じのはずです、いくら立派な建物を待った銀行でも、一度こういう資本欠乏の事実が暴露すれば、たちまち取付に会って破産する外ありません、そうしてこういう矛盾は今やすべての事に認められます、日本はようやくその営業方針を変えなければならなくなった、そうしてそれを変える者は我々青年の外にありません、我々はかつて我々の好きなロシヤの青年のなしたごとくに、我々の目を広く社会の上に移し、出来うべくんば、我々の手と足とをも他日その方に延ばしたいと思うのであります、我々は文学本位の文学から一足踏み出して「人民の中に行」きたいのであります、それでこの手紙の意味は、君の賛成と援助とをこの企ての上に期待する我々の心を表わすにあります、雑誌の経済は、我々の力を尽して集めうるだけを集め、その不足を函館の一女から借りることになってします、それでもしご賛成下さることが出来たならば、早速前金購読者をご勧誘して頂きたいのであります、企てに対して、私の入院は一つの打撃でありました。昨日土岐君が来て、何なら発行日を十日か半月延ばそうと言ってレました、それはまだきまりませんがしかし出すにはきっと出します、
そしてどんな苦痛があっても継続します、前金は発行所すなわち私の家へ送って
頂いても、ここへでもどこでもよろしゅうござします、それから申しかねますが、
前記の事情言不足分の借金をする耶合がありますから、出来るだけ早く……いずれ米内山君からも申上げて下さるはずです、
私の病気は
421
慢性腹膜炎とかなそうで、去る四日に入院しました、別に痛みはないのですが、腹がだんだん膨れるのです、七日に第一回の手術をやって濃黄色の水をI升五合ばかりとりましたが、手術中に貧血を起して中止しました、また二三日中に下腹に穴をあけられることと思ってます、痛くないだけに気分はほとんど変りなく、食わせられるだけのお粥では不足なほど食慾もありますが、困ったことには長くなりそうな事です、ことによると今年の花はこの病院の窓から眺めねばならぬかも知れません、
奥さんによろしく
   十四日朝
 孤舟兄 侍史
                           啄木
高野君へは小天地の時の借金をまだ払わずにあるのでお願いしにくいので
すが、兄からどうぞよろしく

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2007年5月10日 (木)

「MD時代の安全保障とは何か」

「MD時代の安全保障とは何か」

■『from 911/USAレポート』第301回
    
 ■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)

 日米二か国の安保協議は以前は「日本の外相、防衛庁長官」+「アメリカの駐日大
使、太平洋軍司令官」で行われていました。それがアメリカ側も「国務長官、国防長
官」が出るようになったのは90年代からですが、お互いの対等性を示すために日本
から「閣僚が2名」アメリカからも「閣僚が2名」で「2プラス2」というニックネ
ームがついたのでしょう。恐らくは両国の作業部門が作った愛称を日本のメディアが
「何となく格好良い」からと「時事用語」に仕立て上げたということだと思います。
勿論そのニュアンスは「対等の相手にしてもらって良かった」という肯定的なもので
しょう。

 ですが、今回の会談の結果はどうでしょう。対等どころか、首脳会談以上の「完敗」
ではありませんか。報道によりますと、日本はアメリカに「軍事情報に関する機密保
持協定」の締結を迫られて合意したというのです。その合意に至る経緯について閣僚
同士の会話のニュアンスは知る由もありませんが、報道を通じて日本の世論に対して
は次のようなストーリーで説明されているようです。

「久間防衛大臣のイラク戦争批判発言に、アメリカの当局は不快感を持っており、そ
のために大臣は米政府の高官になかなか会ってもらえなかったが、今回ようやく会談
に漕ぎ着けて、席上、大臣は自分の発言に対して陳謝した。またイージス艦情報漏洩
事件についても米当局は不快感を持っていたので軍事機密保持について強化をするた
めに協定を結ぶ方向で合意した」

 新聞記事などを総合すると、そのようなことになります。何とも奇妙な話です。さ
て、その久間防衛大臣の「発言」ですが、「イラク戦争開戦時にイラクには核兵器は
なかった」というものでした。これに対して日本の報道ではまるで「同盟国アメリカ
を批判する発言で、大変に失礼」であるとか「閣内不一致で政府の方針に反するでは
ないか」と久間氏に散々な対応でした。ですが、2006年の時点では他でもないア
メリカの中間選挙で、イラク戦争を批判した民主党が勝利したように、こうした批判
ないし疑念というのはアメリカにとっても、すでに「多数意見」になっているのです。

 また多くのアメリカの同盟国で同じような批判があります。アメリカに次いで大き
な部隊をイラクに送って大きな犠牲を出した英国でも、撤兵が決まる中で、もうすぐ
ブレア首相が辞任するらしいという政局の流れには、この「イラク戦争批判」の世論
があるのは疑いえないでしょう。ちなみに英国とは、オスマントルコ帝国崩壊に際し
て積極的にこの旧メソポタミアの地に利権を確立し、イラクという人工の国境線を引
いた張本人に違いありません。その英国ですら、そしてアメリカ本国ですら多数派の
意見を代弁することが、どうしてそこまで批判されるのでしょう。

 まして、アメリカの場合は来年に大統領選挙が行われ、民主党政権が成立する可能
性も高いのです。日米関係を長期とは言わず数年のレンジで考えてみるとしても、久
間氏のような発言は野党的な政争の言葉ではなく、冷静な政府部内からのあるいは与
党内からの発言としてはもっと出てもおかしくないでしょう。まして、マスコミが久
間大臣を支持するどころか「アメリカに失礼」という論調で批判するというのは私に
は理解を越えています。

 それにしても「久間発言という正論」を言ってしまった代償として「機密情報管理」
が強化されるというのは(表面的な解説だとしても)何という皮肉でしょう。では、
どうして「機密情報管理」が問題なのでしょうか。日米同盟における軍事情報管理が
進むと、日本での報道の自由や基本的人権が侵されるようになるからでしょうか。そ
うかもしれません。ですが、もっと深刻な理由が二つあるのです。

 その第一は他でもない「久間発言」に関係しています。2002年の暮れから20
03年の初頭にかけてブッシュ政権はイラクとの戦端を開こうと躍起になっていまし
た。例えば当時のパウエル国務長官が国連で演説し、ノイズだらけの盗聴テープを聞
かせたり、衛星からの写真を見せたりして「イラクには大量破壊兵器(WMD)が存
在する」と国際社会を説得しようとしていました。

 日米同盟における情報管理というと「高価なイージス艦やMDシステムの機密」だ
と思いがちですが、機密として管理する「情報」にはこうした「開戦理由となる証拠」
というような政治的なものも含まれるのです。例えば当時パウエル氏は「移動型の生
物化学兵器の実験室」だという衛星写真を見せて「大変に凶悪だ」と憤って見せ、国
際社会のかなりの部分も「アメリカがこんな衛星写真という機密情報を公開してまで
訴えてくるのだから本気だ」という受け止め方をしました。

 ですが後年パウエル氏本人が語っているように、その「凶悪な移動実験室」はその
地を占領してみたら「単なる空っぽのトレーラー」だったということが判明したので
す。要するにこの「情報」というのは、良く言えば思い込み、悪く言えば捏造であり、
公平な言い方をするにしても「明らかに政治的意図で発表された情報」ということに
なります。

 情報機密管理について、日米がより強固な管理体制に踏み込むというのはそうした
「政治的判断を含む情報」に関しても「アメリカの言うことを聞く」ということに他
なりません。例えばイラク戦争に先立つアフガン戦争においても、実際にタリバンの
支配地区に「アルカイダのテロ訓練キャンプ」があり、それが911のテロと関係が
あるという「動かぬ証拠」があるとして、アメリカはその内容を日本の小泉首相(当
時)を含む同盟国の首脳に公開しました。ですが、公開は首脳に限られ厳格に機密扱
いが要請されたのです。

 理由としては「当方がどこまで知っているかを敵に知られては困る」という戦術面
での「もっともらしい」ものでした。確かにそうした面はあるのかもしれませんが、
それ以上に「マスコミから突っ込まれると反論が面倒」という理由も大きいのでしょ
う。イラクの際にはブッシュ政権は正に「自分の都合の良い情報」だけを信じて自滅
しているのですから、こうした情報公開は必要なのですが、どうしても「自信のない
政権」は政治的に隠したがります。

 政治的に言えば「公開しても良さそうな情報」をわざわざ隠すというのは信憑性に
自信がないか、あるいは「おどろおどろしい効果」を出そうとしているのか、いずれ
にしても「非公開とすること自体が政治的」なのだと考えるのが常識でしょう。です
から、アメリカとの情報機密管理などというのは、ある意味では「のらりくらり」と
しながら自身の政治的決定の自由度は確保しておくというのが知恵だったのではない
でしょうか。野党は人権うんぬんというようなトンチンカンな批判をしていましたが、
そのおかげで「結果的にはバランス」していたのがこれまでの状況だったのだとも言
えるでしょう。

 いずれにしても「久間発言のおわび」として自国の政治的自由度を差し出すという
ことが、納得できるストーリーとして報道されるというのは異常です。もう一つ、今
回は改憲問題や、集団的自衛権の問題でMDシステムの法制が問題になっています。
そんな中、額賀福志郎元防衛庁長官などを中心に「アメリカを狙ったミサイルを日本
が撃墜しないことで、アメリカで何十万という犠牲者が出たら大変」などという理屈
で、浪花節的な心情に訴える主張が見られますが、これも奇妙な話に他なりません。

 というのはMDというのは仮にそれが相当の効果を持ったとすると、人類の兵器史
上で非常に特異な存在になるからです。まずMDの大きな特徴としては「専守防衛兵
器という性格から世論の支持を得やすい」ことがあります。ヒロシマ、ナガサキの惨
状を知っている人類にとって、これ以上の高性能な核ミサイル配備による抑止力拡大
は非常に抵抗があるでしょう。ですが、相手のWMD搭載ミサイルを撃墜するという
技術なら理解が得やすいのです。また仮想敵国にとっても、相手が攻撃型兵器を配備
してくる場合ほどには、国際世論に向けて大声で非難はできないでしょう。ただし、
戦略的にはMDは「恐怖の均衡」を得る手段であることには変わらないわけで、自国
にとっては有利、仮想敵にとっては不利になる明確な効果は計算できることになりま
す。

 ここまでは過去においても議論されていると思います。ですが、MDにはもう一つ
の側面があります。それは地対空迎撃ミサイルなどのハード面ではなく、ソフトの面
でのノウハウ、つまり情報戦争の側面を強く持っているということです。ソフトと言
うと、実際に相手のミサイル発射を探知し、追跡し、撃墜するためのシステムという
要素も勿論あります。ですが、それ以上に重要なのは政治的側面です。

 政治的に見たMDの最大の特徴は「一国が他国の領土に対してWMD攻撃を決意し
たにも関わらずその意図を挫折させる」というインパクトだけではありません。その
ような国家の存亡を賭けたWMD戦争の重要な戦闘行為であるにも関わらず「その戦
闘の評価が政治的プロセスを必要とする」という点です。MDの絡んだ戦争とはたい
へんに政治的で陰湿なものになるのです。

 その一つの良い例が、1998年の「テポドン(?)」三陸沖着水事件です。当初
は北朝鮮のミサイルが日本列島を飛び越したと大騒ぎになったのですが、北朝鮮の
「人工衛星打ち上げ失敗」という弁解に対して、他でもないアメリカがさっさとその
説明を受け入れたという経緯があります。この一件にしても、いまだに真相はヤブの
中であって、日本、北朝鮮、米国の三か国のどの見解にも「政治」はあっても「事実」
は浮かび上がっては来ません。

 実戦となれば、こうした政治は黙るどころかフル稼働することになるでしょう。例
えば、ここで仮に北朝鮮が戦争を決意し、全く何の予兆もなく核ミサイルを米国向け
に発射したとします。またそれを運良く、日本の装備している迎撃ミサイルが上昇中
のミサイルを日本海上空で撃墜したとします。額賀氏の心配とは反対のケースです。
ならばアメリカは「日本は我が国の何十万という人命を救った」と感謝しながら「自
国を狙ってきた」北朝鮮に宣戦布告すると共に、同時に日本に被害が出ないように即
時に北朝鮮を屈服させてくれるでしょうか。

 私はまずそうならないと思います。ここにMDの重要な性格つまり「政治的なプロ
セスを経ないと戦闘評価ができない」という問題が出てきます。いくつかのシナリオ
に分けて考えてみましょう。

(1)アメリカが戦争を望まないケース
 様々な理由によりアメリカが戦争を望まないケースがあり得ます。他の戦争にパワ
ーを取られていて対応が不可能であるとか、選挙戦の最中で政権としては外交の成功
をアピールしたいので戦争は避けたいケース、中国などと参戦しない密約がある場合
などです。その場合は、仮に日本のMDが、本当にアメリカを狙った北朝鮮のミサイ
ルを撃墜しても「なかったこと」にされてしまう可能性があります。撃墜の結果を示
すデータ、迎撃時の破片の回収、放射能の測定値など「撃墜した後の政治的ドラマ」
の材料は全部アメリカが握っている以上、「なかったこと」にするのは比較的簡単な
のです。ここではMDによる戦闘が「一基の攻撃型ミサイルと一基の迎撃ミサイル」
という小さな物体同士が「空中で衝突、爆発」するという特殊な戦闘になるという性
格が大きく反映します。CNNやBBCなどを通じて国際世論が納得するような「動
かぬ証拠」はないのです。その場合に仮に日本がどうしても「自分の功績を発表した
い」と言えば「情報機密保護」の協定をタテにアメリカは許さないと思います。

(2)アメリカが戦争を決意したケース
 勿論(1)は少々荒唐無稽なところがあります。いくら政治的な事情があっても、
自国へ向けた核ミサイルを発射した国に対してアメリカが参戦を自重するというのは
考えにくいからです。では、アメリカが戦争を決意したケースではどうでしょう。ア
メリカに住んでいる私には強い実感があります。その場合は100%「撃墜したのは
アメリカのMDだった」と国内外に向けて発表するに違いありません。そしてMDを
管理しているシステムの性格上、それは十分に可能なのです。前号でもお話ししたよ
うにアメリカは熱血漢のカウボーイ国家です。世論を沸騰させるため、また国際社会
に対して自国の反撃理由を説得力あるものにするために「撃墜したのは自分だ。北朝
鮮は許さない」ということになるでしょう。「日本よ撃墜してくれてありがとう。戦
争になるが、それは私に任せなさい」という発表をするというシナリオは政治的効果
を考えると非常に少ないと思います。

(3)アメリカが日本に感謝するケース
 前項の(2)では非常に少ないと申し上げましたが、アメリカが日本に感謝するケ
ースというのは皆無ではありません。ですが、それは「守ってくれたので心から感謝
する」というような甘いものではないと思います。アメリカが「日本の迎撃成功に感
謝する」というのは、日本も同時に参戦せよというメッセージを内外に宣言したとい
うことに他なりません。ではどうして日本を同時参戦させたいのでしょう。その場合
のアメリカの意図は、北朝鮮の攻撃圧力を地理的に近い日本へと分散させることにあ
ると考えるべきでしょう。日本を裏切るのではなく、日本と共に戦うとは思いますが、
戦争の過程で被害が避けられないとしたら、米国本土への直接攻撃ではなく、日本へ
の攻撃に圧力を振り向けたいという意図が裏にはあると見るべきでしょう。

(4)日本が悪者になるケース
 ここまでの(1)から(3)と比べると可能性は低いのですが、日本にとっては悪
夢のようなシナリオがあります。それは何らかの理由で発射直後の上昇中の核ミサイ
ルを迎撃できた、軍事的には「理想的な迎撃」のケースです。ただ、この場合に北朝
鮮領内で深刻な放射能被害が出たらどうでしょう。北朝鮮当局は「日本に責任がある」
と言い出すでしょう。その場合に「日本が迎撃したから自分のミサイルが撃墜されて
自国に被害が出た」とは言わないと思います。それではストーリーとして格好が悪く、
国内外に対して政治的に得点ができないからです。その代わりに事実を歪めて「日本
が核攻撃してきた。この放射能被害は動かぬ証拠だ」そう言ってくる可能性が高いと
見るべきでしょう。勿論、日本は反論することになりますが、物証は全て敵国領内で
敵国が保全している中で、頼りはアメリカの情報だけということになります。

 尚、この(4)のバリエーションとしては、ロシアもしくは韓国に被害が出るとい
うケースもあるでしょう。特にロシアの場合は北朝鮮からアメリカ本土に向かう大気
圏コースをかすめているために、迎撃が成功した際に何らかの被害が出る可能性があ
ります。迎撃ミサイルの領空通過の問題、万が一被害が出た際の救援の問題、更に最
も重要な証拠の収集に関する協力の問題など、日本のMDが有効に機能するためには、
この二か国との何らかの合意なり条約なりが必要でしょう。

 彼等と相談することなく万が一の場合は超法規的にやるというのはムチャクチャで
すし、周辺国との外交問題はアメリカ頼みというのも甘いと言わざるを得ません。一
方で、中にはMD使用は日本の領海、領空に限定というような意見もあるようですが、
これは全く非現実的です。領空を過ぎたらアメリカに向かうのを指をくわえて見てい
るなどということはMD戦争の本質としてあり得ないのですし、そもそも迎撃地点が
領空内かどうかなどという情報はアメリカに握られていて、政治的計算の上で加工さ
れた上で発表されるからです。ですが、仮にそうであっても、周辺国との合意は日本
の安全を高める上で必要であることには変わりはありません。

 そう言っても、(1)から(4)はあくまで仮の話です。北朝鮮問題はこうした軍
事的暴発を避けるように外交を通じて国境を開かせ、自由の風を徐々に入れる中で政
権交代と、過去の犯罪の真相への完全究明がされなくてはならないと思います。です
が、MDを物理的に配備してゆくのであれば、MDという兵器の政治的性格について
は緻密な議論が避けては通れません。簡単に要約するならばMDの性格とは、(ア)
専守防衛型兵器として理解が得やすいが軍事戦略上はミサイル戦争に参戦する装備以
外の何物でもない、(イ)迎撃の成否、迎撃したミサイルの国籍、迎撃されたミサイ
ルの国籍、そのミサイルの標的、装備していた弾頭の種類といった戦闘評価が全て高
度に秘匿された「ハイテク情報」でしか得られない中で、政治的プロセスを通らなく
ては戦闘評価ができない、要は「事実が加工できる」あるいは「意図的に加工された
事実しか出てこない」ということだと思います。そうした舌戦や心理戦を勝ち抜けな
い者にとっては、MDは自分へ刃を突きつけてくると言っても過言ではないでしょう。

 私はMDを装備することで日本の安全保障は新しい段階を迎えると思います。にも
かかわらず、今のような曖昧な同盟のままで「機密情報管理」などでアメリカの言い
なりになるのは日本にとっては危険を増大させる一方で、安全を減少させる結果につ
ながると思います。そのような政治判断は安全保障とは呼べないでしょう。

 そのアメリカでは、3日に英国のエリザベス女王がバージニア植民地の入植400
年記念式典に列席するためにバージニア州に到着し、大歓迎を受けています。州都の
リッチモンドをはじめ、バージニアにユニオンジャックのあふれる映像を見ると、一
体何が起きたのか頭がクラクラしてきます。勿論、そこに大きな政治的意味はないの
です。ですが、女王の自信満々の表情からは、「この人はもしかすると、この地を今
でも英連邦の領土と思っているのかもしれない」と思えてくるのです。考えてみれば
「バージニア」とは同じエリザベスの名を持つイングランド女王の先代、エリザベス
1世のニックネームである「処女王」にちなんだものなのですから、何らかの感慨は
あるでしょう。

 エリザベス2世という人は今でも法的には英連邦各国の元首なのであって、例えば
本人が「大好き」と公言しているカナダ訪問の際には「カナダ女王」として行動して
いるのは事実です。ですから、バージニア州が独立以前の植民地時代からの歴史を祝
う際には「主役」になってしまうのでしょう。そこに何の実態もありません。ですが、
人々は、そして女王本人もそれが面白いからやっているのであって、それ以上の意味
はないのです。強いて現実的な意味を探せば、地元には今回の「ロイヤル・ビジット」
を契機に、国際的にバージニアという観光地を売り込みたいという思惑があるそうで
すが、そのぐらいでしょう。

 思えば課税への反抗を鎮圧できずに独立を許し、その後長い間に国力も完全に逆転
した、米英の関係はむしろそれが実態です。ですが、女王のように胸を張っていれば、
それはそれなりの威厳に見えてしまうのです。考えれば名誉とか、国の威信というの
はそんなものであって、ワシントンを訪問する日本の政府首脳も、「いつまでも不名
誉な戦敗国の代表はイヤだなあ」という顔で行くから何でも言うことを聞かされるの
ではないでしょうか。吉田茂元首相のように「米軍の駐留はタダで傭兵を雇っている
ようなもの」と言ってのける豪胆さも時には必要なのでしょう。

 そんなアングロサクソン流のハッタリはイヤだ、そう考えるのならMDなど最初か
ら協力しなければ良かったのです。MDシステムというのは、ハッタリという文化的
なノウハウがなければ操れる代物ではないのですから。

(訂正)先週号の記事の中で、日本の政府専用機であるボーイング747のことを
「低燃費」と記述していますが、これは「高燃費」もしくは「低効率」の誤りでした。
ジャンボの愛称で世界の空を席捲した747ですが、最新モデルの「ダッシュ400」
タイプにしても燃料効率は「ボーイング777」や「787」そして「エアバスA3
80」には劣っており、他でもないANAなどは急ピッチで退役させようとしている
のです。お詫びかたがた訂正させていただきます。

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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『「関係の空気」「場の空気」』(講談社現代新書)
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061498444/jmm05-22>

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2007年5月 2日 (水)

憲法60年―戦後からの脱却より発展を

 日本国憲法はあす、満60歳になる。

朝日社説(2007/05/02)
http://www.asahi.com/paper/editorial.html

 60回目の記念日を迎える環境は、これまでとはだいぶ違う。時の安倍首相が「改憲を政治日程に乗せる」と明言し、7月の参院選挙では争点にしたいと意気込んでいるからだ。

 そのための手続き法である国民投票法案が、間もなく国会で成立する運びだ。これだけ空気がざわつくのは初めてのことだろう。

 なぜ憲法改正が必要なのか。安倍氏は雄弁に語ってきた。そのポイントは次のようなものだ。

◇祖父譲りの改憲論

 いまの憲法は占領時代に、GHQ(連合国軍総司令部)の素人が短期間で書き上げ、日本に押しつけたものだ。時代は移り、9条など現実にそぐわない条文も出てきた。国の基本法である憲法を、国民自らの手で白地から書くという決意と精神によって、この国に改革の気概がみなぎってくる。そうすることで精神的に占領を終わらせることになる――

 占領時代とか、GHQの押しつけとか、今の若者世代にはぴんとこない表現だろう。それもそのはずだ。こうした論法は、首相が尊敬してやまない祖父、日米開戦時の閣僚だった岸信介元首相らが半世紀も前に言っていたことだった。「占領の後遺症の根絶」「真の独立の回復」などがキーワードだった。

 そもそもは敗戦や米軍による占領への屈辱感が根底にあったに違いない。だが、憲法ができて年月がたつうちに、攻撃の対象は「押しつけ憲法」「占領」から、それに基づいて形づくられた戦後日本の歩みそのものにも向かざるを得なくなる。

 「戦後レジームからの脱却」を言う安倍首相から、「戦後」に否定的な視線が感じられるのもそのためだろう。

 さて、そんな安倍氏とはまったく逆に、憲法によって戦後日本は世界史にもまれな幸運なスタートを切ったという見方もある。

◇「日米合作」の反論

 お笑いコンビ「爆笑問題」の太田光さんは、ベストセラー「憲法九条を世界遺産に」のなかで、憲法の制定過程についてこう語っている。

 「日本人の、15年も続いた戦争に嫌気がさしているピークの感情と、この国を二度と戦争を起こさせない国にしようというアメリカの思惑が重なった瞬間に、ぽっとできた。これはもう誰が作ったとかいう次元を超えたものだ」

 「この憲法は、敗戦後の日本人が自ら選んだ思想であり、生き方なんだと思う」

 こうした言葉からはっきり読み取れるのは、戦後日本社会に対する太田さんの肯定的な視線であり、楽観主義だ。

 太田さんも読んだという「敗北を抱きしめて」の著者で、米国の日本史研究者ジョン・ダワー・マサチューセッツ工科大教授は、次のように書いている。

 「なんと多くの日本人が平和と民主主義の理想を真剣に考えていたことか! もちろん、平和と民主主義こそ、私自身の国がたたかい取ろうと努力している当のものにほかならない。日本人も私たちと同じ夢と希望をもち、同じ理想とたたかいを共有しているのだ」

 憲法を米国の「押しつけ」ととらえるのではなく、理想に突き動かされた日米両国の人々による「合作」と見る。そんな柔らかな見方でふたりには共通するものがある。

 憲法によって、私たちの社会は大きく変貌(へんぼう)した。

 男女の平等が保障され、だれもが選挙権をもつ。何を主張をしようと、どんな宗教を信じても自由であり、不敬罪や治安維持法などは存立しえない社会になった。天皇から国民へ主権が移り、国民が主人公になった。

 太田さんたちが評価するのは、この自由と民主主義の価値が憲法によって日本にもたらされ、さらには戦後社会に深く根付いたということだろう。

◇外交政策の十八番

 不思議なのは、憲法について否定的なことを言う安倍氏が、自由や民主主義の価値を語るときはうってかわって肯定的な姿勢に転じることだ。いまや、外交政策の「十八番(おはこ)」に使っている。

 「日本と米国は普遍的な価値を共有している」として、日米同盟の強化を言う。「共通の価値」を持つ豪州やインドと連携して中国を牽制(けんせい)する。NATO(北大西洋条約機構)とも連携する。総称して「価値の外交」とも呼ばれる。

 こうして首相が高くうたい上げる「価値」は、実はいまの憲法が日本社会にもたらし、国民が戦後60年をかけて培ってきたものにほかならない。そのことに安倍氏は気づいているのだろうか。

 この「戦後」と、首相が脱却を言う「戦後レジーム」とはどこで重なり合うのだろうか。「精神的に占領を終わらせる」と言うけれど、終わった時、どんな展望が開け、社会がつくられていくのだろうか。戦前的な価値を重んじる社会に戻ることにつながらないのか。

 「戦後」に問題がなかったわけではないし、憲法に改めるべき点があってもおかしくはない。しかし、憲法がもたらした自由と民主主義の価値は、発展させるべきではあっても、脱却するものでは決してない。

 首相は雄弁に改憲を主張するものの、9条改正以外に、目指すべき方向はほとんど語ろうとしない。だが、改憲を言うなら、まず「戦後」をきちんと語るのが先だろう。

 それなしに新しい「美しい国」へ誘(いざな)うのは、国民を惑わすだけだ。

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