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2008年4月23日 (水)

[AML 19229] ラサの動きについて  A

一読者です。日本でもオリンピックの火を運ぶランナーの件で話題になりそうなので、著者によって「転載歓迎」とされているラサの動きに関する文章を貼り付けておきます。長いので、二回に分けて送ります。
   
   
    転載歓迎ここから-------------------------------------
   
      拉薩(ラサ)の動きについて ----何を隠そうとしているのか---- 
                 情報操作の方法   by三重諏井盾(みえす=いたて)
   

 2008年3月14日の拉薩(ラサ)の暴動の翌15日、CNNのサイトに「焼死の死者10人と新華社、僧院封鎖か チベット暴動」という見出しの記事が出た。そして中国の新華社通信が伝えた内容として、犠牲者の人数やその職業などについて述べられた。この記事ではいくつかのソースから情報を伝えるという形式をとって殺害や放
火などの事件について触れている。だが、よく記事を読んでみても、“誰が”犠牲者を殺害したのかについての明確な記述がない。警察側が殺したのか、チベット仏教僧侶側が殺したのか、この最も重要な点がはっきりしない文が続く。このような書き方の記事を見た人々の中には、中国政府が“自分たちが市民を殺したこと”
を認めたかのように信じる読者が生まれるだろうことは容易に想像がつく。だが、西日本新聞3月16日付朝刊が伝える3月15日の新華社電には、西蔵(チベット)自治区当局者は放火や略奪で市民が巻き添えになったとの見方を示したことが明かされている。つまり、西蔵(チベット)自治区当局者は、自分たちが市民を殺したと述
べたのではなく、市民を殺したのは暴動参加者であり何人もの市民を殺した暴動参加者を告発するというスタンスだったことを知ることができる。このことはもちろん上記のCNNのページの報道ではよく分からないようにされている。このような報道手法は、先ごろ米政府がおこなったイラクへの戦争に関する報道を思い起こさせる
。< BR>   だが今回が、イラクに戦争をしかけた時と異なるのは、西側諸国の一方的な大量報道作戦によって相手の口の封じ込めをめざす動きがあまりうまくいっていないという点である。なぜか。
 イラクの時にも、イラクからイラク人自身による声を世界に伝えようとするインターネット・サイトは、リバーベンドの日記をはじめとして存在していた。彼女ら、彼らはいわゆる西側メディアがイラクに関して歪曲した報道をおこなったり、虚偽報道を繰り返したりしている問題を指摘していた。だが、イラクは中東の小さな国
であり、たとえば日本にあるイラク大使館は、毎日一人からの嫌がらせ電話が一日中かかってくるだけでかなりの迷惑になるほどの人手不足という状態であった(注1)。だからイラクの人々が、西側メディアのさまざまな歪曲報道や虚偽報道の影響のもとにある人々にたいして真実の声を伝えようとしても、それらの声は西側メデ
ィアの大規模報道作戦によってかき消され、そうすることによって注意深い人でなければイラクの人々の声に気づかないようにされていた。
 また、イラクから真実を伝えようとしたジャーナリストは、時に米軍に消される危険を冒してイラクにとどまらなければならなかった。実際、イラクの人々が大量に犠牲となる可能性のあった市街戦を米軍がはじめる前(2003年4月)に、そのような犠牲者の存在を世界に知らせる可能性のある報道関係者のいるオフィスビルやホ
テルを、米軍はあらかじめ襲っておいた。幼いこどもを持つ記者が、そのテレビ局の入っていたオフィスビルで米軍による空からの襲撃によって殺されたり(注2)、各国の報道関係者が宿泊しているホテルを米政府の戦車が襲い、カメラマンたちが米軍戦車からの砲弾によって重傷を負わせられたり殺されたりした(2003年4月10日
付毎日新聞朝刊)。そのホテルで生き残った報道関係者にもその後米軍の監視の目が光り、米国政府は米国政府にとってそこが主権の及ばない外国の土地であることは気にしないことにしてそのホテルに押し入り、報道関係者にたいする調査活動をおこなった(注3)。これらをとおして米政府による情報操作はいっそう西側諸国の
人々の目と耳をコントロールするようになり、不正な選挙によって大統領の座を手にした男を最高権力者として仰ぐ米国政府は、自由にイラクの人々を殺すことのできる特権的な地位を手に入れた。
  だが、今回は当時とはおもむきがやや異なる。
 第一に、米政府の言うことやCNNなどの一部のメディアが語ることは、どこからどこまでが本当のことで、どこからどこまでがウソなのか分かりにくくされていることをイラクの経験をとおして知っている先進的な人々は、今回の拉薩(ラサ)関連の件でもすでに気をつけている。警戒は始まっている。そう簡単にはだまされない。
 第二点として、今回は中国政府の発表がいくつかの国語に翻訳されているため、インターネットをとおしてそれらを比較的容易かつ迅速に知ることができ、そうすることによって西側が語る「中国政府の発表」と元々の本当の「中国政府の発表」とを比べることができるし、従って西側の発表がどれだけ「中国政府の発表」を歪曲
しているか、西側の報道がどれだけある特定の勢力に偏向しているか、西側の発表が西側に住む人々をどこへ連れて行こうとしているのかを知ることができる。
 前回のイラクの悲劇の時と異なる点の第三点として、今はインターネットで動画を送ったり見たりすることがいっそう容易になった。したがって現地で撮影された状況を、まったく他の国にいても、テレビを録画することもせずに簡単に見ることができるようになった。
 今回が米国政府による前回のイラクにおける悲惨な破壊行為の時と異なる点の第四点として、中国の人々は世界各地に住んでおり、留学生もたくさんいるという点がある。彼らはそれぞれ滞在先の地元の報道を知ることができるとともに、中国各地にいる友達の生の声をチャットによって知ることもできる。西側メディアの歪曲報
道や虚偽報道があまりにもひどい時、それらに気づいた人はインターネットをとおしてそれらの問題を指摘する情報を的確に発信することができる。彼らは発言の権利を取り戻すことができる。
   
   すでにほころびを見せ始めている西側メディアの虚偽報道とはいったいどのようなものなのか。
 英国の読者は漢字を読むことができないだろうとタカをくくっていたBBCは、救急車を“軍隊だということ”に仕立て上げた。「英国BBCが同社ウェブサイトで発表した『引き続く混乱を語る西蔵(チベット)人』と題する報道では、医療関係者に協力して負傷者を救急車へ運ぶ西蔵現地の公安や武装警察の写真の説明が『多くの軍
隊が拉薩に』とあり、明らかな救急車のマークと医療関係者の赤十字のマークを無視して いる」(注4)(写真は『人民網日本語版』2008年3月27日「 西側メディアの拉薩事件に関する虚偽報道(1)」参照)。ただし、BBCによるこのごまかしは漢字文化圏に暮らす我々日本人には通用しないごまかしである。
 「ドイツN-TVテレビ局の司会は『西蔵の新たな抗議活動』と言っているが、写真のラマ教僧侶と警察はネパールのものである。」(写真は『人民網日本語版』2008年3月27日「 西側メディアの拉薩事件に関する虚偽報道(1)」参照)
 「ドイツRTLテレビ局ウェブサイトでは、ネパールで発生した事件を西蔵(チベット)・拉薩(ラサ)のものとしている」。「その後事実が明らかになり、謝罪声明を発表した。」(注4)(写真は『人民網日本語版』2008年3月27日「 西側メディアの拉薩事件に関する虚偽報道(2)」参照)

CNNは拉薩(ラサ)の写真を3月17日にウェブサイトに掲載した。もともとの写真には、軍関係車両に石を投げる暴徒らと、石を投げられている車両が写っていた。もちろん、CNNの担当者はこの写真をCNNのウェブサイトに掲載するときに、石を投げている暴徒たちが写っている部分を写真から切り取って隠しておくことを忘れなか
った。CNNのウェブサイトには、石など投げようものなら戦車やヘリを持ち出して卑劣に殺しにやってくるあのイスラエル軍ほどの野蛮さはかもし出していないにしても、軍関係車両の部分がきっちり入れられた写真が載せられていた。CNNの担当者は、この写真をちょっと見た人には「中国政府は平和的な行動に対して暴力をふるっ
た」かのようなイメージを植え付けることに成功する確率が高く、これまでだったら西側諸国の人々に、中国に対する否定的なイメージを信じさせるのに役立ち、こうして反中国的な国際世論を作りあげることができるはずであった。
 ところが今回、彼らにとって事はそううまく運ばなかった。石を投げている暴徒らの写っている部分をCNN担当者が切り取って隠していることに気づいた人がいた。それに気づいた人がいただけではなく、それをインターネットで告発する人がいた。告発する人がいただけでなく、それを公開するウェブサイトが立ち上げられた(t
tp://www.anti-cnn.com)。するとそのウェブサイトに、歪曲報道や虚偽報道がほかにもあることを伝える多くの人があらわれた。こうしてこのウェブサイトは充実していった。もちろん、中国と中国人を悪逆非道の極悪人として描きたい一部の勢力は、これらの虚偽報道の事実を人々の目から隠ぺいしようと工作し、実際、このウ
ェブサイトに卑劣なクラック攻撃をしかけてきた。だがそれは、虚偽報道の事実を世界の人々にたいして隠しておこうとする一部の勢力の卑劣な常套手段を世界に知らせることになった。
 西側メディアの虚偽報道を告発するウェブサイト(注6)のひとつである上記アンチCNNサイトには、次のような説明が記されている。このサイトは、事実を歪曲した一部のメディアによる客観性を欠いた報道や虚偽報道を明らかにするためにつくられた。これは個人のボランティアが自発的に開設した非営利・非政府のウェブサイ
トである。
 そして、西側メディアに反対しているのではなく、一部メディアの客観性を欠いた報道を正そうとしていること、また、西側の人々に反対しているのではなく、誤った偏見にとらわれてしまった人々の良心がその偏見のわなから抜け出る手助けをしようと手を差しのべていることが読みとれる。
  ドイツの“Bild”紙は、ネパールでの警官隊と僧侶の衝突写真の一部分を切り取って掲載し、「北京オリンピックをボイコットすべきか?」という見出しを付けた(注7)。“レコードチャイナ”は中国に批判的な記事も配信しているウェブサイトであるが、そのようなサイトですらこの件を報じている。
 CNNが西蔵(チベット)自治区を「国家」と言いあらわすヘマをやらかしてしまったことについてCNN自身は「たった2回だけ」だと主張したが(注8)、そのような弁明に対して、虚偽報道の回数が少なければ構わないという態度に疑問を呈したり(
ttp://www.visfile.com/tibet.html)、1回の虚偽報道であってもそれを問題視する声が上がっている。「2回までなら虚偽報道しても謝罪しなくてOK」ということになれば、読者にしてみればどの記事が真実であり、どの記事が虚偽報道なのかがいっそう分かりにくくなり、三度目の報道からやっとその報道を信用できるというの
では“何度目の虚偽報道なのか”を各記事ごとにいちいち数えておかないといけないのだから、えらく面倒な話である。一応付け加えておけば、CNNの外の世界における常識では、報道機関が虚偽報道を一回でもおこなうことは問題となることになっているので、多くの報道機関は読者や視聴者からある程度の信頼を付与されてきた
。だがCNNは自分で自分の記事の信憑性を失わせて悦に入っている。「人として生まれたからにはCNNみたいになってはいけない」というセリフがはやるというのも(注9)、自然のなりゆきである。
 アンチCNNサイトには、ドイツの“N-TV”が、ネパール警察がチベット仏教系活動家を取り締まっているシーンと、中国警察とを、視聴者が混同するように配置をしたことが記されている(注10)。
  米国のワシントン・ポストも、ネパール警察がチベット派活動家を取り締まっている写真を使いつつも、中国警察が取り締まっているとする小細工によって虚偽報道をおこなった(注11)。
 イラクに米国政府が戦争をしかけるにあたって重要な煽りの役を引き受けることをとおして、多くのイラクの幼い子どもたちが残酷に殺されるのを手伝った米“FOX”は、当然今回もぬかりなく虚偽報道をおこなっている。今回FOXが選んだ手口は、インド警察と中国警察をすり替えるというやり方だった。FOXはインド警察がチベ
ット派活動家を取り締まっている写真を中国のものであると偽って使用した。だが米FOXのこの見えすいた手口は、インド警察の制服が写真の中に写っていたため一発で見破られてしまい、これが中国の写真ではないことが明らかにされた(注12)。ごまかしによって被害者を加害者に仕立て上げることをとおして視聴者にウソを信
じさせ、人々の良心を汚そうとするFOXのお決まりの粗雑で野蛮な報道手法がまたばれてしまった。
 ドイツの“N24”の虚偽報道も明らかにされている(注13)。この報道ではネパールの写真が、中国における死者として報じられている。偏向した虚偽報道を告発するウェブサイトでは、取り締まっている警察官の着ている服装がネパール警察の制服であることが指摘されている。ネパールの写真を“中国である”としてすり替え
るお粗末なやり口だった。
 ドイツの“N-TV”のアナウンサーが偽りを口にしたことも示されている(注14)。アナウンサーが「チベットの新たな抗議者」と述べ、その後ろにある写真の説明にも「チベットにおける新たな抗議者ら」と記されているのであるが、その写真の中にいる警官はネパールの警官である。この会社はネパールと中国との国境線を自由
に書き換える特権をどこからさずかったのか? せいぜいどこからともなくさずかったのであろう。
  ドイツの“RTL”が、チベット関連の報道の中にネパール警察による取り締まりの写真を悪意をもって混ぜ込んでいることも告発されている(注15)。

ドイツの“Spiegel”が、本末転倒の記事を載せていることも記されている(注16)。道路を守る盾の並んだ写真について、このSpiegelの担当者は中国の取り締まりが残虐非道であるかのようなイメージを人々に植え付ける意図をもって「軍が無慈悲な行動で反応した」と訴える作戦に出たが、もともとこの写真を撮影した持ち主
であり、その後ラサからネパールに旅行を続けた旅行者のブログに述べられていた事実によってウソがばれた。そのブログの著者は14日の暴動の前日、ラサの状況について聞いていたのと比べて自分が拉薩(ラサ)に到着してからがあまりにも何も起こらなかったので、旅行業関係者が業務の価格を高くするためにわざとラサの状況
について大げさに危険そうなことを言っているのではないかと疑っていたほどなのだが、その後15日の彼のブログには(注17)、14日の騒動が非常に早い段階から一般市民を襲いはじめたことについてそのブログ作者、およびその相部屋だった目撃者の誰もが認めていることが記されている。すなわち、冷酷な行動をおこなったのは
Spiegelの担当者が人々に信じさせようとした側とは逆の側だった。自分が撮った写真ではないにもかかわらず、その写真の前後関係を好き勝手に想像することによって作りあげた空想上の物語を事実として報道してしまうSpeigelの担当者の無責任な軽薄さはいただけない。
 無責任な軽薄さという点では、欧米の一部メディアにひけをとらない日本のあの新聞が思い起こされる。以前から歪曲報道や偏向報道、虚偽報道をおこなうことでしばしば問題になってきた日本のあの新聞についてここで触れないで済ますことは、無責任な軽薄さにおいて随一のあの新聞の名声を汚すことになろう。
 あの新聞は1997年1月1日号紙上で藤岡信勝氏が櫻井よし子氏との対談において明らかに事実に反する発言をしたことについて、その後紙上で読者に訂正と謝罪をしなかった(注18)。明治政府国家を美化しようする藤岡氏のねらいは、1902年の「教科書疑獄事件」の事実によって手痛いしっぺ返しを受けることになる。
 このように虚偽報道を訂正しないあの新聞は、2003年9月29日、「昭和の日」法案を必死にあおっておきながら、それが廃案になるとそれを報じないことにした(『季刊 戦争責任研究』第43号 2004年春季号 p.86)。
 このように重要事実を伏せる傾向があるという点で問題となっているあの新聞は、2002年3月に沖縄で自衛隊員が少女暴行をおこなった件でも、3月31日までその紙面で触れないでおくことを選んだ(注19)。
  広島県教職員組合を卑劣なテロリストが銃撃した一連の事件で「救う会熊本」の理事が逮捕されたとき、例のあの新聞はテロの犯人と「救う会」との関連について触れることを用心深く避けた(注20)。だがこれは、このような右翼テロリストとあの新聞とのあいだの関係について、読者の心に疑惑の念を生じさせる。
 米国がイラクに戦争をしかけたときにもあの新聞は、「米国はイラクの大量破壊兵器隠匿施設を実は掌握しており‥‥‥施設を急襲し大量破壊兵器を発見するもようを米テレビなどを使って世界に公開する計画」(2003年3月21日付)などというはなしをまじめに記事にすることによって(注21)、自分自身が信用に値する存在で
はないことを人々に知らせることに貢献した。こんにち、そのような大量破壊兵器は存在しなかったことが明らかになっているが、当時、ブッシュは大量破壊兵器がイラクにあると繰り返していた。それを信じた一部の米国人はイラク人をおおぜい殺した。だが大量破壊兵器の存在について、今なお生きているブッシュの言っていた
ことは真実ではなく、処刑されたフセイン大統領の言っていたことが真実だった。
 イラクの幼い子どもたちの目を奪い(ドキュメンタリー映画『リトル・バーズ~イラク戦火の家族たち~』)、あるいは腕を奪い、あるいは残忍に殺すことなどをはじめとする米国政府の大量の卑劣な暴力をあおったあげく、ブッシュでさえ困るようななんの意味もない釈明にすがりついたあの新聞は(注22)、イラク市民が米国
政府の暴力によって押し付けられた血の犠牲について自己の無責任な軽薄さを隠すことに汲々としている(注23)。
 客観的事実を知るために読まれるというよりは、あの新聞が毎回どのように事実をねじ曲げたかを笑いのネタにするためにしか役立たないという観点から読まれるという光栄ある嘘つきの位にあぐらをかいて喜んでいるほど自虐的な、例のあの新聞は、今回のチベットの暴動についてどのような偏向報道をしたか。
  3月15日、産経新聞は拉薩(ラサ)の記事において米国政府系放送局(すなわちダライ・ラマ派側)の発表内容をそのまま見出しに使った。市民を殺したのはまるで警察官側であるかのような印象を読者に対して与える狙いがうかがえる。
 翌3月16日、あの新聞は予想通りダライ・ラマ派側の発表を見出しに使うという行為を繰り返した。また、第1面の本文のはじめにもってきた文においては、「僧侶らによる大規模騒乱で、国営新華社通信は15日、死者が10人に達したと伝えた」となっており、誰が殺したのかはっきりしない文にされている。犠牲者たちが誰によっ
てその尊い命を奪われたかを示す部分をこっそり削り取り、紙面の始めのほうだけ読んだ読者の中のある程度が、「警察官が殺したんだろう」と誤解する可能性が生じるように記事を書いたこの記者は、その削った部分をどこに隠したのか。それは下のほう、すなわち読者がしばらく読まないと気づかない位置に短くこっそり隠して
あった。「新華社電によると死亡した市民10人はいずれも騒乱の巻き添えとなった。」常日ごろの偏向報道体質を責められることが多くてつらい立場の例の新聞のこの記者は、“騒乱が市民を殺した”ことを示す部分を削ったまま葬ってしまうほどの思い切った偏向報道をすることができず、こっそり下の方に付け足すことで罪の責
めを逃れようとするのが最も安全かつ最も誰にもバレにくい方法だと考えた。先頭の文章を「僧侶らによる大規模騒乱の巻き添えで、死者が10人に達したと新華社は15日伝えた」などとすれば字数はほとんどかわらないにも関わらず、あえてそうすることを避けて情報を分散させたのは、そうすることによって、読者の心を誤解へ導
くというこの記者の任務を立派に果たせるだろうとの軽薄な願いがあってのことだと言われても致しかたあるまい。
 ページをめくっていくとやっと第6面の端のほうで、暴徒化した僧侶らによる店舗や銀行からの盗み、略奪、車の横転、僧侶らによるバス停の破壊行為、放火による炎上などのシーンが中国において報道されていることをこの新聞も認めてはいるものの、全体として、中国政府の声よりも国外で反対活動を行っている反政府勢力側
の主張を繰り返す偏向した紙面になっていることから、これら盗み・放火・略奪などの不法行為があたかも正当であるかのような印象を、読者に対して強めようとするこの新聞の狙いがうかがえる。
 公の報道機関という見せかけの栄光がとっくに消え失せた産経新聞の偏向報道は、事実の前でなんの説得力も持たず、かえって自分の浅はかな手口を同業者と日本の人々にさらして自分を笑いものにすることにせっせと貢献してばかりいる。

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