メディア時評 神奈川新聞 2008年5月
アドバイザー
田畑 光永
ジャーナリスト。 1935年、東京生まれ。東京外国語大学卒業後、TBSニュースキャスター。
前神奈川大学経営学部教授。
このニカ月ほど「チベット」の文字が本紙をはじめ各メディアに連日大きく登場したことはなかったはずだ。中国大陸の西南部、平均海抜四、〇〇〇メ-トル以上という高原は普段はめったにニュースに出現しない。
発端は三月十四日の騒擾事件だが、あえて言えば、この事件そのものは、中東の他で日常的に起こっている出来事と比べて特段に大きいわけではない。そこがチベットであり、また今夏、北京でオリンピックが開かれるから、特に注目を集めたわけである。
確かに中国政府の態度はチベットに民族問題があることすら認めず、ダライ・ラマを分裂主義者と決めつけて対話を拒否するなど、一方的で居丈高である。それが急速な経済発展で日増しに存在感を高める中国へのなんとはなしの反感を世界的に増幅して、「人権を踏みにじられながら独立をもとめる哀れなチベットに肩入れする報道となったように見える。
すると、それが逆に中国人のナショナリズムを刺激して、西側報道ひいては西側政府への反感を募らせ、フランス資本のスーパーヘの不買運動にまで発展した。危険な連鎖というほかない。
私自身は三十年前と四年前に一週間ほどラサに滞在した経験しかないが、その四半世紀の間の変化はとて つもなく大きかった。
ひと言でいえば、チベットのラサの上に漢民族の地方都市が覆いかぶさったという印象であった。格段に増えた観光客を相手に商売するのは圧倒的に漢民族であり、出稼ぎを含めるとラサの人口は漢民族の方が多いというのは頷けた。
そういう状況に憤懣を募らせているチベット人は多かろう。3月14日の事件で中央政府側が放映したテレビ画面で、漢人商店などを襲って暴れていたのは見るからにこういう人たちであった。ベット文化が崩壊すると危機感を募らせている。もっともなことである。
しかし同時に、あの高地でいつまでもヤク(牛)を追い、裸麦を育てるだけで事足りると考えるチベット人も多くはあるまい。高原は高原に合った生活の質の向上を図る道を探らなければならない。独立すればすべてがうまくいくという単純な話ではないだろう。
ダライラマが独立を求めず、「高度の自治」を求めているのは理性的である。チベットにどういう未来像を描くかについては中国政府との緊密な強調が不可欠である。伝統と文化を守るには漢民族の流入をどの程度に抑えるか、豊富といわれる希土類資源の開発にしてもチベット人の権益をどう保護するかなどなど、理性的で粘り強い話し合い以外に解決策はない。ように見える。
これまでダライ・ラマ側との対話を拒否していた中国政府も対話へ踏み出した。国際社会は黙ってそれを見守るしかない。判官びいきは時に必要なメディアの特性の一つだが、一方自国であれ他国であれ、また、故意にそうするわけでないにせよ、ナショナリズムを煽ることになる報道は厳に自制しなければならない。
ナショナリズムを煽ることは人心を掴むには安易な方法であるが、そこから建設的な結果が生まれることはまずないのだ。
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